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第11話 特売は主婦の戦場

 一方、健一は鏡子と別れた後、人ごみの多い商店街にいた。


「思ったより時間掛かったけど、まだ大丈夫かな?」


 とりあえず携帯で楓に電話してみた。


 向こうはワンコールもしないうちに出た。


『もしもし、高峰君』


 携帯越しでも分かる張りのある綺麗な声だった。


「橘さん。こっちの用事は終わったんだけど、橘さんの用事は大丈夫?」


『はい、まだ大丈夫ですよ。それでは今からそちらに行きますので、どこに行けばいいですか?』


「商店街の近くの公園ってわかる?」


 この人ごみの多い商店街では楓を見つけにくいだろうと思った健一は近くの公園を待ち合わせにした。


『…………』


 しかし、楓からの返事はなかった。


「橘さん?」


『あっ、はい。公園ですね。それでは今から行きますので』


 電話を切ると健一は公園へと向かった。


 最後の楓の声は張りがなく、なんだか沈んだ声だった。


 公園に着くともう楓はいた。


「あ、いたいた」


 楓はブランコに座っていた。


 だけど人前で見るいつもの笑顔はなく寂しい表情をしていた。


「橘さん。ゴメン」


 声をかけられて健一に気付いた楓はいつもの笑顔に戻っていた。


「あ、高峰君。どうしたんですか? 急に謝ったりなんかして」


「俺が公園って言ったのに、なんだか遅れてきたから」


「そんなの全然気にしなくていいですよ。お願いしたのはこちらですから」


 とりあえず楓が怒ってなくて安心した。


「けどなんか暗い顔してたから」


「え、そんな顔してました?」


 自分の顔を触れて確かめた。


「もしかして何か考えてたの?」


「昔のことを少し思い出していたんですよ」


 そう言った楓の笑顔はそのままだったけど、声は携帯で喋ったさっきの沈んだ声だった。


「どんな?」


 この時の健一に悪気はなかった。


 ただ、デリカシーがなかっただけだ。


「そんなことより、少し急ぎましょう」


 一瞬また寂しそうな表情をしたけれど、ブランコから立つと表情を切り替えた。


 それを見た健一はそれ以上聞けなかった。


「そういえば、まだ聞いてなかったけど何処に行くの?」


 この質問に楓は言い辛いそうにしていた。


「それはですね……商店街の近くにある……デパートなんです」


「デパート?」


「ええ、今日そこの食品売り場で特売をするんです。それでお一人様につき卵と醤油(しょうゆ)が安く買えるんです」


「安くね……」


 健一はなんだか拍子抜けして、考えがどこかに飛んでしまいそうだった。


「いつも特売の時は、買い物してるの?」


「いつもじゃないですよ。たまに親に頼まれるんですよ」


「親御さん忙しいの?」


「それもあるんですけど、私が行くと必ず特売で買いたい物が買えるからよく頼まれるんですよ」


「へぇ~、買うの上手いんだね」


「そんなことなですよ。ただ買いたい物の順序を決めてそれを買うだけですよ」


 こんなことを話している二人の前にデパートが見えてきた。


「着いたね。それで俺は具体的に何をすればいいの?」


「私が商品を取ってきますから、高峰君はそれを持って一緒に並んでくれるだけでいいです」


「それだけでいいの?」


「はい! それでは、中に入りましょうか」




 デパートの中に入ると、そこには特売商品を買うために殺気立っている主婦のみなさんがいた。


 この空気に健一は息を飲んだ。


「なんかすごそうだね」


「始まるともっとすごいですよ」


 にこやかな笑顔を楓はしていた。


「けど、その特売っていつ始まるの?」


「もうすぐアナウンスで開始の合図を言ってくれます。そうだ! それまで、一緒に回りしませんか?」


「別にいいけど」


「それなら行きましょう」


 そう言うと、楓はうれしそうに進みだした。


 まず二人が向かった先は、総菜(そうざい)コーナー。


 ここには、唐揚げや鶏肉、お寿司まである。


 ここにくれば、常に食欲をそそられる匂いが漂よっている。


「あ、これおいしそうですね」


「そうだね」


「これも今出来たので、温かいですね」


「そうだね」


「これは……冷えてますけど、これもおいしそうですね」


「そうだね」


 次に二人が向かった先は、アイスコーナー。


 ここには、カップや棒、コーンなど色々なアイスがある。


 ここにくれば、見ているだけで寒くなってくる。


「色々な種類があっておいしそうですね」


「そうだね」


「かと言って、食べ過ぎると良くないから困りますね」


「そうだね」


「やっぱり今の季節少し早いですから、こういうのはお風呂上りに食べたいですね」


「そうだね」


 次に二人が向かった先は、試食コーナー。


 ここには、お肉やソーセージ、果物まで試食できる。


 ここにくれば、タダで色んな物が食べられる。


「これおいしですね」


「そうだね」


「これなら買う人もたくさんいますね」


「そうだね」


「あっちもおいしそうですね」


「そうだね」


「……………」


 急に楓の足が止まった。これに気付いた健一も止まった。


「どうしたの?」


 不思議そうに尋ねる健一に対して、楓は消え入りそうな声で答えた。


「高峰君、もしかして私とじゃつまらないですか?」


「え、どうして?」


「だって高峰君さっきから、そうだねしか言ってないから」


「別につまんなくは無いけど、周りの空気が気になって」


 健一が言うように周りには主婦のみなさんがいて、みんな普通に買い物しているように見えるけど周りの空気は殺気だっていた。


「橘さんは平気なの?」


「ええ、私はこういうの慣れてますから」


「そうなんだ……」


 健一はため息交じりに言った。


「だったら今度は、上に行きましょう」


 そう言いながら今のいる一階から二階に上がった。


 楓に連れられ二人が向かった先は、動物コーナー。


 ここには、インコやハムスター、熱帯魚までいる。


 ここにくれば、癒しを求められる。


「やっぱり動物ってかわいいですね」


「橘さんは何か動物飼ってるの?」


「いいえ、私は飼ってませんがそれでもかわいいですよね」


 楓はさっきとうって変わって笑顔になっていた。


「あ、この熱帯魚の色も綺麗ですよ」


 健一はつかの間の休息を得たような気がした。


「けど、こんな特売の離れた場所にいてもいいの?」


「大丈夫ですよアナウンスがなりますから」


「いやそうじゃなくて早めに近くの場所に行っとかなくていいの?」


「その点も心配いりませんよ」


 楓のその声には、余裕すら感じ取れた。


 そこにアナウンスが流れた。


 ピンポンパンポン


『今から一階の食品コーナーで卵と醤油の特売をします。大変混雑しますからお気を付けください。なお、卵と醤油はお一人様一つ限りまでとなってます』


 ドドドドドドドドドド


 アナウンスが終わると突然地響きが鳴りだした。周りにいた動物はパニックを起こしていた。


 その地響きの正体は、食品コーナーに主婦(猛牛)が押し寄せているのだと知ったのは一階に降りてからのことだった。


「高峰君行きましょうか」


 二人が一階の食品コーナーに行くとそこは混雑しているというより、戦場に近かった。


「ちょっとこれ私が先に取ったのよ」


「なに言ってるのこれは私のよ」


「とっったっっっっっっっっどっっっっ―――――――――――――――」


 なんて言い争う声や雄叫びが聞えた。


 この光景に健一は圧倒されていた。その中に店の従業員が必死に、押さないでくださいと叫んでいるが、主婦(猛牛)は手がつけられるものではなかった。


「……橘さん」


「なんですか?」


「かえろっか」


「どうしてですか?」


「いや、だってこの状態を見るとねー」


 自分だったらこんなところに今から飛び込む勇気はない。


「はい。こんなのいつものことですから。では、ちょっと行ってきます」


 楓はまるでちょっとコンビニに行くかのように軽くさらりと言うと、主婦の軍団の中に消えていた。


「大丈夫かな?」


 健一が見守るなかしばらくすると、楓が出てきた。


 その様子はとてもあの集団に行っていたとは思えないほど無傷だった。


 そして、その手には卵と醤油をしっかり二つずつ持っていた。


「はい、高峰君これ一つずつ持ってくださいね」


 そう言いながら渡されたが健一にはいまいち無傷なのに納得できなかった。


「橘さん、なんともない?」


「はい、なんともありませんよ」


「本当に?」


 健一はしつこかった。


 それもこれも楓が無傷だったからだ。


「心配してくださってありがとうございます。高峰君、優しいのですね。けど、私はなんともありませんよ」


 楓は無傷を証明するためその場でくるりと回った。


「それならいいけど……」


 二人は買い物を済ますと、デパートを後にした。




「今日は急だったのに、手伝ってくれてありがとう。高峰君」


「いや、こっちも普段見られない光景を見られてよかったよ」


 デパートでの主婦たちの殺気を思い出した。寒気がした。


「それでは、私はこれで帰ります。荷物を貸してください」


「いや、家まで送るよ」


「でも、手伝ってくれた上に荷物まで持ってもらってなんだか高峰君に悪いですよ。けっこう重いでしょ。それ」


 楓は申し訳なさそうに言った。


「これくらい大丈夫だよ。帰ってもヒマだし、それに女の子にこんな重いもの持たすわけにはいかないよ」


「高峰君……」


 楓はこの健一の優しさに心打たれた。


「では、お願いします。高峰君」


「まかして」


「そういえば学校が終わって商店街で高峰君に会いましたけど、その前の時間ってけっこうありましたよね? 何をしてたのですか?」


「会う前は、真悟の家に行ってたんだよ。本当は今日ずっと真悟ん家にいる予定だったんだけど途中妹

に買い物頼まれて……」


 頭の中でアニメ天でのことがよみがえった。


「それであの時間に私と会ったのですね」


 楓は納得したように言った。


「それにしても高峰君と佐藤君仲が良いんですね」


「まあ、中学の時からの知り合いだから」


 この健一の言葉に楓は急に難しい顔をして考え込んだ。


「あの、変なこと聞いてもいいですか?」


「なに?」


「あの、例えば仲の良い友達に変わった趣味があるのって高峰君はどう思います?」


「う~ん。まあ、その人が好きだったらいいんじゃないかな」


「では今度は、知り合って間もない人に変わった趣味があるとしたら?」


「どうしたの? 橘さん」


「いいから答えてください。すごく重要なことなんです」


 楓の目は真剣だった。


 健一を熱い視線で見て答えを待っていた。


 健一はこれに答えない訳にはいかなかった。


「う~ん。まあよほどの趣味じゃない限り大丈夫かな」


「そう…よほどですか……」


 楓は肩をがっくり落とした。


「なんか悩んでるの?」


「いえ、ちょっと聞いてみただけです。あ、もうここでいいですよ。私の家はこの近くですから」


「家まで行かなくていいの?」


「はい、もう充分ですから」


「そっか」


 健一は荷物を楓に渡した。


「今日は本当にありがとう。では、また明日」


「ああ、また明日」


 楓は少し歩くと健一の方に振り返って、手を振りながら言った。


「高峰君、これからも仲良くしてくださいね!」


 手を振る楓に健一も手を振った。


「さて、俺も帰るか」


 そう呟くと健一も家に帰りだした。


(今日、橘さんと買い物したのを真悟に言うと羨ましがるだろうな)


 真悟の羨ましがる顔を想像して健一はにやけていた。


(それにしても、今日は色々あったな)


 健一は物思いに今日一日のことを振り返っていた。


「ほんと、色々あったよ」


 健一は思い出すように独り言を漏らしていた。


「こんなこと考えてもしょうがないか。明日もあるから、帰って寝よ」


 気分よく帰り道を帰った。


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