2 外国で、一日3本ドクペを飲んでたヘビーユーザーの婆ちゃん
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同じく、東京は丸の内――
赤レンガに、近代の職人らの左官技術の粋のひとつ、セメント人造石洗い出しの装飾の美しい、威厳のある建物。
警察は特別調査課、その実は特務機関とでもいうべき組織。
その、クラシックかつ重厚な執務室にて、
――ズズ、ズ……
と、蕎麦を、すする音が響いた。
グレーまじりの髪に、黒ぶちメガネのアラフォー・ビューティ。
いち調査室の室長こと、松本清水子は蕎麦を食っていた
しかし、それは、“ただの蕎麦”ではなかった。
ぐわんと湾曲した瓦に乗るのは、抹茶色の茶そば。
その、瓦で焼かれた茶そばの上には、さらに、肉、卵にネギ……、そして、レモンや紅葉おろしがのせて彩られるという、まさにハーモニー。
瓦蕎麦――
すなわち、山口県は下関の誇る、郷土料理というかB級グルメである。
そんな瓦蕎麦を食す松本だが、その蕎麦のお供の飲みものには、お茶ではなく、ダークチェリー色のドクターペッパーが置かれてあった。
この松本だが、ドクターペッパー愛好家というか、ヘビー・ユーザーでもある。
そこへ、
――コン、コンッ……
と、執務室をノックする音が響いた。
同時に、
『――入るよ、松もっちゃん』
と、ドアの向こうから、中年の男と思しき声がした。
入る前提の声なのか、
――ギィッ……
と、ドアはすでに半分開くとともに、
「入り、ますね」
と、こちらは、すこし恐る恐るとした様子か、女の声が続いた。
「う~、い」
松本は振り向きもせず、半ば蕎麦を食いつつ、適当に返事した。
そうして、入ってきた男女ふたり組。
鉄道に乗って捜査する系の刑事ドラマにでも出てきそうな、昭和か平成風のスーツ姿の中年男。
その相方は、港区のラウンジにでも居てそうな、20代の女子。
こう見えて、いちおう特別調査課に所属する調査員の、西京太郎と瑠璃光寺玉のふたりだった。
特に所属している調査室はないものの、先述したように、まるで特急や新幹線に乗って捜査しにいく刑事ドラマのごとく、全国各地に赴いて調査、事件の解決をするというコンビであった。
紹介はそこそこに、
「瓦蕎麦かい? 松もっちゃん?」
「あん? そうだよ」
と、西京は、松本の瓦蕎麦に気づいて言った。
「しかし、瓦蕎麦にドクターペッパーって……、本当に、ドクペが好きなんだね。いったい? 一日、どんだけ飲んでるんだい?」
「さあ? 何本、飲んでんだろね? 最低、2、3本は飲んでっかも?」
と、自身のことだが、関心無かったように答える松本に、
「その……? と、糖分、とり過ぎにならないんですか?」
「ああ”? うるせえぞ、るりカス」
「る、るりカスて……」
と、瑠璃光寺が、理不尽にカス呼ばわりされてしまう。
「それに、アレよ? 気持ちの問題、だって。外国で、一日3本ドクペを飲んでたヘビーユーザーの婆ちゃんが、医者からやめとけって忠告されたけど、結局、医者のほうが先に死んだし――って話、あんじゃん?」
「ああ、」
「確かに、何か、ショート動画っぽいので観たことあるような気がしますね」
と、何が「確かに」なのか、松本の戯れ言に西京と瑠璃光寺はうなづいた。
そのようにしつつ、
「それで? 急に呼び出して、何の用だい? 僕は、駅に、駅弁を買いに行きたいんだけど?」
「ああ”? 駅弁、だって?」
と、要件を聞こうとする西京に、松本が聞き返す。
「うん」
「いや、何で? 昼飯に、わざわざ駅に行って、駅弁なんか買ってくんだよ? 列車に乗って、どっか行くってわけでもないのによ」
「まあ、僕は、駅弁が好きでね」
「はぁ、」
と、まるで、「僕は、おにぎりが好きなんだな」とのように答える西京に、松本はそう相槌するより他なかった。