16 あんのポンコツタヌキ
「まあ、つっても、移動する新幹線っていう狭い空間だしな……。ずっと、気がつかれずに尾行をするのは、けっこう無理があるのかもしれないな」
「そっすね……、相手は冷界人の、エリートのエージェントの可能性も、あるかもしれないですし……、」
と、擁護するように言う松本に、零泉が同意して補足する。
そこへ、
「そんで、さ?」
と、何か話そうとする松本に、
「は、」
零泉と、
「い?」
と、黒桐が、時間差で反応した。
ふたりが注目する中、
「もし、アンタたちが、さ? この、冷界人たちの立場だとすっと、どう、考える?」
松本が、本題の質問をした。
「そう、ですねぇ……?」
黒桐が、天井を仰ぎ、
「今回の調査をもとに、次回、作戦を実行しようと思っていても、自分たちの存在が、バレてしまっているわけっすもんね」
と、零泉が言い、
「だとすると、何らかの対策をされる可能性があり、作戦の実行が難しくなると、考えますかね……」
と、黒桐がまた、続きを言った。
「うん。そうすると、じゃあ、“今でしょ――?” って、なる可能性も、あるのかなって、」
「へ? 次回はキビいから、今でしょ――? っちゅう、ことすっか?」
思わずポカンとする零泉に、
「うん」
と、松本は頷く。
「け、けっこう、行き当たりばったりですね。もし、そうだとすると」
「まあ、仮の話だけど、さ……。まあ、最初から、今回の襲来で何かを決行する気満々かもしれんし……、そこは、分かんないけど」
松本が、黒桐に答える。
また、続けて、
「とりま、そんな感じで、さ? ワンチャンの、行き当たりばったり説で、冷界人の連中が何かをするって前提で、話を進めてっておっけ?」
「「は、はいッ――!」」
と、「いいか?」と問う松本に、ふたりの部下は「はい」と答える。
まあ、「はい」と答える以外に、無いのだが。
それはさておき、
「――で、今のところ、さ? もし、冷界人の――、ああ、めんどくせぇから、昭和くせぇ西京が言うみたいに、アベックて呼ぶわ」
「は、はい」
「で、さ? その、アベックたちが、何かを起こそうとするなら――」
「え、え」
零泉の相槌で、一拍はさみつつ、
「その、“条件”は、揃ってるよねー―?」
と、松本は聞いた。
“条件”――
先述したように、冷界人とはいえ、まったくの無から極低温や豪雪を起こせるわけではない。
何らか工作活動や作戦行動を行うにあたって、充分な冷気、降雪が必要になる。
「そっ、すね……」
零泉が、簡易的なVRギアを装着し、分析して確認してみる。
すると、個々のパソコンおよびプロジェクターには、現在の、リアルタイムの天気の状態と、直近の予測が表示される。
それによると、
「いま、西京はんたちの、こだま号が走っている名古屋ふくめて、広域に、雪が降ってますし……、これから、強まる可能性が、ありますねぇ」
「うん」
松本が相槌しながら、
「それで、さっき、さ? 西京のヤツが、東海道新幹線の、『雪のホットスポット』が何ちゃらとか、抜かしてたよな?」
「雪の、ホットスポット、ですか……?」
怪訝な顔する黒桐に、
「まあ、おかしな表現だけど、たぶん、東海道新幹線で、“雪のめっちゃ降るとこ”的な意味だろ」
「あ、ああっ……!」
「それで、“それ”ってのは、米原、関ケ原だろ? 伊吹山の近い」
「そ、う……、――ですねぇ!」
零泉が、途中、思い出して合点した。
「そっす、そっす! 伊吹山近辺の、米原、関ケ原っすね!」
「ああ、あそこは、けっこう、雪が降るもんな」
と、テンションのあがる零泉と、黒桐が互いに見合う。
また、松本が、
「んで、予測によると、いまは問題なく新幹線は走れてるけど……、ワンチャン、その、伊吹山近辺で、急激に雪が強まるかもしれないんよな?」
「はい。まあ……、ゲリラ豪雨ならぬ、ゲリラ豪雪っちゅう、感じっすかね? こうなると、新幹線が止まるか、ワンチャン、埋もれちゃうくらいの」
と、零泉が、VR分析でのシミュレーションをプロジェクターで見せながら、答える。
「新幹線が、雪に埋もれるって……」
黒桐が、驚愕する。
「それで、もし、“それ”に乗じる形で、あの冷界人連中が、アベックが行動を起こすとすれば……」
「少し、マズいかもっすね」
「……」
松本が、悪い予想に沈黙する。
沈黙したまま、少し考えていると、
「し、室長、」
「う、ん――?」
「こ、こういった場合、もしか、すると、」
と、零泉が、何かを思い出させそうすると、
「――ああ? 癪だけど、“アイツ”の、“あのタヌキ”の力を借りる必要が、あるかもな」
と、零泉が言い切る前に、松本は“タヌキ”こと、妖狐のことが思い浮かんだ。
妖狐に、電話をかける
ポンコツダヌキこと、妖狐の、神楽坂文。
それこそ、いちばん最初に、今回の冷界人たちの、ジェラート大佐たちの情報を寄こしたのは、この妖狐とその異世界の住人連中によるものである。
松本は、スマホを手に取って妖狐へとかける。
異世界間を隔てていても、通じる電話。
しかし、
――プッ、プー……
と、電話は、繋がらなかった。
「あ、ん?」
「つながら、ないっすか?」
顔をしかめる松本に、零泉が恐る恐ると聞く。
「もっかい、かけてみる」
再度、かけなおす。
しかし、
――プルルルル……、プルルルル……
と、呼びだし音が続くだけで、
――プッ、ツー……
と、やはり、切れてしまった。
「ちっ――!」
松本が、思わず机の天板を叩きそうになり、
「「ひぃっ――!?」」
と、ふたりの部下がビビる。
「――ったく! 何で、こんな肝心な時につながんねぇんだよ! あんのポンコツタヌキ!」
松本は苛立ち、憤ってみせた。