13 インフラというのは、水道、電気、道路……、もっと言えばデータセンターなどのITインフラを含めて、すべて、ね? 『自然界に対する負債』
すると、その時、
「――?」
と、パク・ソユンは、ナニカの視線に気がついた。
その、視線をたどった先――
そこには、かっちりとポマードで七三に髪型を決めた、カジノのスタッフの男が、
「……」
と、まるで人形のような目で、ジッ……とこちらを見ていた。
また、パク・ソユンは、男の姿に気がつくと同時、
――シュ、ワァァッ……
と、チェーン・ソーを召還しっぱなしではさすがにマズいので、それを泡のように消失させた。
「もし、もし?」
カジノの黒服の七三男が、ゆるりと話しかけてきた。
「ん? 何でしょうか?」
パク・ソユンが、何事もなかったかのようにシレッと振り向くと、
「失礼ですが、お客様? いま、チェーンらしきものを使っていませんでしたか?」
と、男が、まるで体温を感じさせないような、冷たい機械のような目で、確認を取るように聞いてくる。
「ん? チェーン・ソー? 何のことでしょうか? 私は、チェーン・ソー・〇ンではありません」
※※『トランス島奇譚』より
また、さらに続けて、
「ある文明評論家だったか、学者によるとね? インフラとは一般的に、人類、社会にとっては資産のように思えるが、“そう”ではない――」
「――と、言いますと?」
と、言葉をためる西京に、瑠璃光寺が続きを促すと、
「エントロピーの法則って、あるよね?」
と、西京が、“とある言葉”をあげて聞いてきた。
「エントロピーの法則……? ああ、永久機関だったり、熱力学のアレですよね」
「うん」
と、西京は相づちして、
「まあ、細かいことはおいてね……、例えば、ちょうど、この新幹線の鉄路が、ね? 何のメンテナンスもしないとすると、そのうち、重大なインシデントにつながりかねい状態になったり……、あるいは、まったく使い物にならなくなってしまうように、ね? インフラというのは、絶えず、資源・エネルギー、人の手を投入し続ける必要がある――。つまり、ね? “負のエントロピー”を、加え続ける必要がある」
「負の、エントロピーを、加える?」
と、キョトンとする瑠璃光寺に、
「まあ、エントロピー経済学って、少々、胡散くさい分野が、あるらしいんだけどね……? 熱力学のエントロピーの視点を、経済に取り入れると、インフラというのは、水道、電気、道路……、もっと言えばデータセンターなどのITインフラを含めて、すべて、ね? 『自然界に対する負債』と、言えるらしくてね」
「自然界に対する、負債……、ですか?」
「うん」
何が、「うん」なのか、西京は頷きつつも、
「社会が、ね? 安価で、良質な資源・エネルギーを充分な量で、なおかつ、充分な労働人口を以って、投入し続けることが出来るかぎりはね……、インフラの新築や更新というのは可能である。それによって、古代より、文明社会は、経済成長だったり、発展を続けることが出来てきた――」
「……」
いったん、一呼吸ほど間をおいて、
「しかし、ある社会が、ね? 労働力が不足し、資源・エネルギーの高騰、さらには、いっきに広げ過ぎたインフラが寿命を迎え、やがて朽ちてくるとね……、その、インフラを更新、維持するコストは膨れ上がる。つまり、自然界からの“取り立て”が、複利のように、容赦ないものとなってくる」
「……」
と、沈黙して聞く瑠璃光寺の表情が、やや険しくなりながら、
「SNSでもね、人口減少に対する対策、インフラの更新など、今後の経済や社会の在り方に関する議論っていうのは、様々あるけどね? どの議論も、以前の、昭和や平成のころの世界のように、“充分な資源・エネルギー”、リソースを用いることが出来る――、っていうのを前提としている」
「まあ、そう、ですよね……」
「そもそも、ね? たぶん、昭和の、東海道新幹線を建設していたころの日本っていうのはね、人口が多すぎたんじゃないか、と――」
「何だかんだ、億、行きましたもんね」
「うん。それで、運よく、国内の炭鉱、海外からの安価な石油を利用できたこと……、億の人口に基づく労働力を、国内市場だけでなく、アメリカとお友達だったことからね、海外にも広く市場を展開できたこと……、それらの要因が重なって、高度経済成長という、富が好循環する社会を実現できた。それによって、ね? 津々浦々まで、当たり前のように、上下水道、電気、アスファルト舗装といった、高級なインフラを整備することができたんだ」
「はい」
と、何が「はい」なのか、瑠璃光寺が頷きながらも、
「ただ、今後の世界だと、その前提っていうのが、若干怪しくなってくる――」
「……」
と、西京の言葉に、沈黙して間を置きながら、
「そう、すると……? 人口減少をストップさせて、人口を増やすっていうのは、無理――か、諦めたほうが、いいってことですかね?」
「ま、あ……? そう、かもね……。あるいは、もっと……、人口を、半分ぐらいに減ら――、減ったほうが、いいのかもしれないね」
「人口を削減って……、よく、陰謀論であるような……」
訂正して言う西京に、瑠璃光寺が、すこし戦慄した表情をする。
「まあ、もしかすると……、今後の世界というのは、諸インフラの更新のために、ね? 人口を減らしたほうがいい――、減る前提で、社会を設計したほうがいい――、という流れが、来るのかもしれないけどね……」
「ま、あ……、そう、かもしれないですね……」




