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天宝院聖真

「というわけなんだよ」

「はぁ……インチキ霊能者ねぇ」


 あの忌々しいお天道様がようやくその御威光を鈍らせ始めた頃、お決まりの怪談話にやってきたかに思えた友人の田神たがみは、唐突にそんな話をし始めた。

 曰く、隣町で急速に広まっている霊能者の噂があるのだという。


【心霊現象超常現象、怪異に呪いまでズバッと解決!あの有名な天宝院聖真が貴方のお悩みを解決します!】


 だそうだ。


「で?だからなんだよ。そういう霊感商法なんて珍しいことでもないだろ。例のなんとか教会だって騒ぎになってるし」

「そうなんだけどさ、どうもその天宝院聖真、巷では聖真しょうま様なんて呼ばれてるみたいだけど、そいつがお前かお祖父様のことを知ってるみたいなんだよ」

「はぁ?」

「これは実際興味本位で集まりに参加したって職場の先輩から聞いたんだけどさ」


『どうもこの近くでは拝み屋を自称する不埒な家があると聞きます。私は許せない!本当に苦しんでいる皆様の不安を過剰に煽り、あまつさえ祈祷の真似事まで行うとは!ですがご安心下さい!この天宝院聖真にお任せ頂ければ、たとえ何が相手でもたちどころに解決して差し上げます!勿論お代は頂きません!ただお気持ちだけ頂ければそれでよいのです!私の使命は』


「みたいな感じで、終始おおとかキャー!みたいな声があがるくらいカルト的な人気に見えたって言ってたよ」

「まぁそりゃサクラだろうけど、拝み屋って名前ならうちだよなぁ……じいちゃんが地域とか知り合いにだけ小規模にやってるってだけで、知ってるやつなんてそんな居ない筈なんだけどな」

「だろ?まぁ噂かなんかで知って引き合いに出しただけかもしれないけど……なんか、許せなくてさ」

「はぁ?」

「だってそうだろ?上名かみなの場合お前もお祖父様も真摯に対応してくれるし、お金だって御駄賃程度にしか貰わないのにさ、さっきの奴は最初はお代は頂きませんなんて言っておきながら、後から法外な額をふっかけるって言うんだよ」

「そりゃそうだろ、それが目的なんだから」

「そりゃそうだろって、何か無いのかよ?」

「何かって言われてもな……そりゃ、本当に困ってる人の弱みにつけ込むような輩は許せねぇよ。だけど、所詮個人で出来ることなんて」

「あるよ!」


 こいつにしては珍しく突然声を荒げる。何かあったのだろうか、知り合いが被害に遭ったとか?


「な、なんだよ」


 思わずそう聞くと、目の前の友人はこれまた珍しいしたり顔で


「対決するんだよ。その天宝院聖真とお前が」

「やだよ」

「やだよじゃない、絶対やってもらう。じゃないと僕の気が収まらないんだよ!」

「大声出すなって。……何でお前はそこまで」

「……なんか、お前がバカにされた気がして、悔しいんだよ」


 ……はぁ、まったく。

 まぁ、いいさ。どうせやることもないのだし、たまにはこいつのワガママに付き合ってやるのもいいだろう。

 色々と理由をつけて悩むことも、断ることも出来るだろうが、こんな顔をされちゃあな。

 久々に、真面目にやってみますか。


 その後了承の返事をすると、予想通り奴は喜色満面といった表情で感謝を述べた。何がありがとうなんだか……全く。

 礼を言いたいのは、俺の方だ。




「それで、その神社に不吉な気配を感じると?」

「はい、そうなんです……この前参拝に行った時、ふと嫌な感じがして……その晩、枕元に鬼のような何かが出たんです!こんなことは初めてで、どうしたらいいか分からなくて……それで、噂に聞いた貴方様にお願いしたいと思って」

「ありがとうございます!貴方の判断は正しいですよ。この天宝院聖真にかかればたちどころに解決して差し上げます!勿論お代は頂きません!終わった後、ほんのお気持ちだけ頂ければいいのです!」

「あぁ、ありがとうございます!本当にどうしようかと思っていまして、これで救われます!それで、具体的にどうすればいいのでしょうか?」

「そうですね……まずは、その神社に案内して頂けますか?大丈夫、例え神様が相手だったとしても、この天宝院聖真にお任せ下さい!」

「ありがとうございます、ありがとうございます!では早速、今からでもいいでしょうか?」

「え、今から?……勿論構いませんとも!ですがこちらにも準備がありますので、10分少々こちらでお待ち頂けますか!」

「はい、分かりました!」


 移動時間も含めると、今から20分後くらいだと上名にメッセージを送る。すぐに、了解との返信があった。


「お待たせしました!それでは、参りましょうか!」


 大仰な服装に身を包んだ聖真様を車に乗せ、件の神社へ向かう。

 計画の大筋は自分が怪異に遭ったと天宝院聖真に相談し、上名が指定した神社へ案内するというだけのものだった。つまりこの後何が起きるのか、僕自身何も分からない。

 だが、こんなワクワク感があってもいいだろう。あいつはどうこのインチキ霊能者を懲らしめてくれるのか。逸る気をなんとか抑えながら、同乗者とのくだらない話に気を揉むのだった。




「ここです」


 神社にほど近い駐車場に車を停めると、境内へと彼を案内する。そこまで寂れた神社ではないのだが、今は誰も居ない。上名が根回しでもしたのだろうか?

 彼はというと、しきりに辺りを見回しながら「むむっ」だの「あれは……」だの呟いている。その大仰な服装も相まって、テレビでよく放送されている霊能者企画の一コマを見ているようだ。


 参道を通り過ぎ、参拝所を右へ曲がるとそこには大きなご神木がある。今から嘘をついてしまいますが、許してくださいね。


「あれです!あの木を見た途端、嫌な気分になって……」

「ほう!では見てみましょう……」


 そう言うと、彼はご神木に手で触れたり、何かブツブツ言いながら周囲をぐるりと一周してきた。


「確かに……このご神木には人の恨みが凝縮されているようです。ひょっとすると、丑の刻参りにでも使われていたのでしょう」


 人の恨みて。上名曰く、この御神木はなんとかかんとかで何かにご利益があって……とにかく、とても古くとても有り難い御神木のハズだ。

 笑ってしまいそうになるのを堪えながら神妙な表情で聞いていると、ポケットの中のスマートフォンが3回振動した。準備ができたの合図だ。


「それで、どうすればいいのでしょう?」

「そうですね……まずは私がここの神様と交渉してみましょう。大丈夫!私は何人もの神様とお話した経験があるのですよ!」


 ……神様を何人などと言っている時点で程度が知れるが、言う通りにさせておこう。

 言い終えると彼はご神木に右の掌で触れ、左手を何やら動かしつつ、呪文めいた言葉を口にしていく。

 ……一度も聞いたことのない言葉だ。まさか、本当に何も知らないのか?


 半分呆れながらその光景を見ていると、一陣の風が境内に吹き渡った。

 心地よい風だなと辺りを見回すと、ご神木の周囲にある鎮守の森、その木々がまるで会話でもしているかのようにざわめき始めた。

 頬をなぜる風は変わらず優しさを帯びており、慈しみすら感じてしまう。

 だが彼はこの風、あるいは木々のざわめきが気に食わないのかご神木から手を離し、先程までの自信満々といった表情から、少し狼狽しているような、困ったような表情を浮かべ辺りをキョロキョロと見回している。


「どうしたんですか?」

「え?い、いえ、何でもありませんよ!これは少し厄介かもしれませんね!」


 そう言うと彼は再び神妙な表情で瞑目し、御神木に右の掌で触れようと――


ギャッッ!!!


 その瞬間、彼は悲鳴を上げると同時に尻餅をつくと、まるで御神木から逃げるかのように後退りを始めた。

 上名が何かしたのだろうが、それにしても尋常ではない怖がりようだ。流石に不憫になってしまい、彼に近づいて手を差し伸べる。


「だ、大丈夫ですか?」

「ひいぃぃっ!や、やめろ!来るな!」


 まるで、自分が化け物にでも視えているかのような怯え方だ。動転している彼は周囲に落ちている落ち葉や砂、小石を自分に向けて投げつけてきた。


「ちょ、止めて下さい!どうしたんですか!?」

「ば、化け物ぉぉ!!」


 慌てて両手で顔を庇うが、幸いなことに彼が投げたものは命中しなかった。

 ……いや、違う。彼が小石などを投げつけているのは、自分に対してではない。よく見れば自分の左手、参拝所の方に向かって投げつけているようだ。

 何だろう?特に嫌な気配も感じないので、何の気無しにそちらへ振り向く。


 するとそこには、テレビでしか見たことのない翁面が、空中にポツンと浮かんでいた。





 自分の目の前には、尻餅をつきながら何を憚ることもなく狂乱したように怯えている自称霊能者、天宝院聖真。横には糸も見えないのに空中に浮かんでいる翁面。

 ……正直ワケが分からないが、これが上名の計画なのだろう。確かにこの怯えようを見れば、彼がもう二度と霊感商法に手を出さないだろうということは目に見えている。だが、いくらなんでもやりすぎではないだろうか。とにかく彼を落ち着かせてやろうと、尻餅をついたままの彼に手を差し伸べる。すると


「やめろ!来るなぁ!!」


 彼はそう叫ぶやいなや迅速に起き上がり、自分が差し伸べた手を取るとそのまま後ろ手にし羽交い締めの状態を作る。


 ……え?


 まさかこいつ、怪異相手に自分を人質にしているのか!?

 信じられない光景と自分の現状に流石に頭が混乱する。いくら追い詰められたとはいえ、普通は逃げ出すのではないだろうか!?

 しかし怪異は兎も角、現状は些か以上に危険な状況だ。自分よりも体格に優れ、しかも錯乱状態の人物に背後から羽交い締めにされているのだ。逃げ出そうと身を捩るが、腕を後ろで抑えられ、全く身動きが取れない。

 ようやく頭が危機的な状況だと受け入れたのか、先程までの楽観さはどこへやら、背中には嫌な汗をかき、必死に状況を打破する策を模索していた。

 その間も自分を羽交い締めにしている彼は止めろだの来るなだのと喚きたて、終いにはワケの分からない呪文めいた言葉を口にしている。その瞬間


その人間を離せば、見逃してやろう


 脳内に直接響くかのような、まるで何人もの声が重なり合った合成音声のような声が響き渡った。

 後ろの彼にも今の声が聞こえたのか、口を閉じて一瞬自分を押さえつける力が弱くなったかと思うと、再び力を込めて支離滅裂な言葉を口にしだす。

 羽交い締めにされているから当然なのだが、自分の耳元で囁かれているため非常にうるさい。いや、むしろ不愉快と言っていいだろう。この、こ、この感じ、感じじ


……その人間を離せ


 またも脳内に声が響く。だが先程までの声とは違い、ボヤけているような、まるで夢の中で聞く声のようだ。しかし、それに反比例するかのように、天宝院聖真の言葉は意味こそ分からないものの、確実に脳内に染み込んでくる。なんだロう、これは?あれ、じ、ジジ、自分はイったい何ヲ……?


 薄れゆく意識の中、自分が最後に聞いたのは馴染み深いあの声。そして、後ろで誰かが倒れるような音だった。





「…くん……くんやー?」


 ……あれ、何だろう、この匂いは……お線香?


「お。しゅうちゃーん!お友達が起きたよー!」


 いつの間にか、寝かされていたらしい。頭の上方で聞いたことのある声が響き、それに続いてドタドタと人が走ってくるような音がする。


「ばあちゃん、もういいよ。ありがとな」

「ええよ。今日はお友達は?」

「泊まってく。悪いけど、夕飯は1人分多くしてくれる?」

「はいよ。じゃ、ちゃんと見てあげるだよ」


 ……何だろう、何が……ここは?目を開けようとするが、上手く開かない。目ヤニでも固まっているのだろうか?目を擦ろうと手を動かそうとするが、不思議と重く、上手く動かせない。


「田神、俺だ。今は動くな」


 ……上名? 声が聞こえた後、そっと右手を握られる。


「はいなら1回、いいえなら2回力を入れろ。起きれそうか?」


 ……ダメだ、やはり上手く力が入らない。あらん限りの力を込めて右手を2回握るが、かろうじて伝わったのかどうか、自分でも判別しがたいほど微かな力しか入らなかった。


「よし、なら無理はするな。後でちゃんと説明するから、今はそのまま寝てろ。どこか痛んだり、気持ち悪かったりはしないか?変な気分だったり、些細なことでもおかしい感じがするなら、教えてくれ」


 ……先程同様、なんとか2回力を込める。


「…………はぁ。よし、じゃあ寝とけ。もし起きれたら、机の上にお茶のペットボトルと呼び鈴があるからな」


 ……グッ

 なんとか1回力を込めると握っていた手は離れ、上名が立ち上がったような気配がした。


「――――――。……すまん」


 何か呪文のような言葉が聞こえ、またも自分の意識は薄布に包まれていくかのように、柔らかな眠りの底へ沈んでいった。






 ……いい匂いがする。何だろう、お味噌汁?

 目を開け身を起こすと、そこは見知った友人の家だった。見れば机の上には緑茶のペットボトルとおりん、その横にはりん棒が置かれていた。

 ……おいおい、これで呼ぶのはなんというか、抵抗があるぞ。

 しかし、声を出そうにもまだうまく力が入らない。やむを得ずおりんを鳴らすと、ペットボトルのお茶を……ダメだ、開かない。何故だか分からないが、全身から力が抜けてしまっているようで、体を動かすのがやっとだ。しかし、このままでは上名にペットボトルを開けて貰うよう頼むことになる。

 ……結局、ペットボトルの蓋を回すのに今までの人生で一番の労力を使うことで、ようやくその中身にありつくことが出来た。


 やってきたのは、意外にも上名のお祖母様だった。食事の用意ができたからいらっしゃいと言ってくれたのだが、申し訳ないので断ろうと口を開く前に腕を引かれ、台所まで引っ張られてしまった。

 そこには上名とそのお祖父様も居り、テーブルの上には古式ゆかしい一汁三菜にお漬物を加えた夕食が並んでいた。

 よほどお腹が空いていたのか、挨拶もそこそこに貪るようにがっついてしまった。久々に食べたが、上名のお祖母様は本当に料理上手だ……その料理は、涙が出るほど美味かった。


 食事を終えるといつものように入浴を勧められたのだが、今日の風呂はなんと言うか…とにかく、良い匂いだった。

 風呂は命の洗濯とは誰の言葉だったか。まさにその通りで、風呂からあがって着替える頃にはすっかり体に力が戻っており、改めてお祖父様とお祖母様に挨拶と、感謝を伝えた。





「よう、戻ったな」

「戻ったな。じゃないよ、分かってるだろ?」

「……あぁ。今回は俺の落ち度だ、すまん」


 ……開いた口が塞がらないとはこういうことか。まさか、こいつが素直に非を認めて謝るなんて……


「ま、まぁいいけどさ。で?結局何が起きたんだ?」

「まず、大元の計画は多分お前の予想通りだよ。インチキ霊能者に本物を見せて怖がらせて、悪徳商法から手を引かせる。途中までは、上手くいってたんだけどな」

「途中までってのは、僕を羽交い締めにするまではってことか?」

「あぁ。だが、それだけならなんとでもなったんだ。問題はその後さ」

「その後?……あ、なんか変な呪文みたいな」

「無理に思い出すな」

「……そんなに危ないやつだったのか?」

「そうでもない。……だが、あのクズはそれこそ適当に、知識も何もなくそれっぽい言葉だけを覚えてたんだろう。それが逆にお前の体質に噛み合っちまったって感じだ」

「なるほど……それっぽいって、具体的にどんな呪文だったんだ?意味合いだけでもいいから教えてくれよ」

「……人身御供だよ」

「……えっ」

「要は、お前を生贄にしてあの場を逃れようとしてたワケだ。あそこまでのゴミカスだとは、流石に思わなかった。すまん」

「生贄……で、でも、あの浮かんでたお面なんかはお前がやってたんだろ?なら、僕が生贄になることなんて」

「無いよ。生きたままならな」

「……それって、つまり」

「まあ、生贄にも種類があるってことさ。自然界にだって生きたまま獲物を食べる動物もいれば、死肉を漁る動物もいるだろ?そういうことさ」

「……一歩間違えれば、死んでたってことか、僕は」

「んなワケないだろ、俺が居たんだから。だがまぁ、あれだけ至近距離から浴びせられたら、流石に守りきれなかったってだけさ」

「……それで、あの天宝院聖真?だっけ。彼はどうなったのさ」

「……」

「上名?」

「まぁ、その、なんだ。気にすんな。少なくとも、二度とその名前を聞くことは無いって」


 それきり、今日の話題はお開きになってしまった。

 あの空中に浮かんだお面はなんだったのか。結局、天宝院聖真はインチキ霊能者だったのか。(法外な報酬をとっていたことだけは確かだったようだが)


 気になることはあったが確かにその後、天宝院聖真の名前は見ることも聞くことも無く、ネットで検索してもヒットすらしなくなっていた。まぁ元々ネットで調べたことはなかったので、そこまで有名でも無かったのかもしれないが。


 しかし、あいつがあんなに心配してくれるなんて……してくれる?おいおい、これじゃあまるで、自分が心配されて嬉しいみたいじゃないか、バカバカしい。

 結局その後はいつものようにくだらない雑談やゲームをしたが、いつもより早い時間にお開きとなった。

 今日は疲れただろ。ということだったが、確かに体の芯というか、蓄積された疲労は残っていたようで、電気が消されるとすぐに、あの薄布のような睡魔が自分を迎えに来た。

 こいつの家で寝る時はいつもすぐに寝てしまうが、何か御香でも焚いているのだろうか?

 いずれにせよ、霊感商法の被害者が出なくなるというのは…喜ば……






「じいちゃん、あいつはS寺に送ったんだっけ?」

「おお。だけんどな、ありゃやり過ぎだべ。ほとんど」

「良いんだよ。誰の親友に手を出したのか、半分地獄で後悔したらいい」

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