第09話 なんとなく『お地蔵さんに傘』を被せなければいけない気持ちになってしまったゲーマーのオッサン。
小雪舞い散る山の中。
俺が雪車を引っ張り、後ろからジーナさんに押してもらいながらも、えっちらおっちらと道なき道を進む。
てか雪車ってもっとこう『すーーーー』って滑るものじゃないの?
想像してたより五倍くらい動かないんだけど。
なんだろう、この状況……国語の教科書で読んだ状況と似てるような?
ほら、雪に埋もれていたお地蔵さんに傘を被せてあげるやつ!
夜中に食べ物とか持ってきてもらえるなら俺だって傘……は無いけど家に大量にある桶だったら被せてあげるのに!!
……お礼を貰えるどころか逆に祟られそう。
村までの距離。『広域マップ』の情報だとおおよそ三キロ。
これ、一時間どころか三時間くらい掛かっちゃうかもしれないな。
黙々と、ただ黙々と荷物を運ぶ俺とジーナさん。
手袋をして靴下を履いていても、どんどん冷たくなってゆく指先。
吐く息は白く、風が吹くたびにチョッキの隙間から容赦なく冷気が入り込む。
鼻の奥がツンと痛み、最初は痛かった耳も感覚が鈍くなってきた。
踏むたびにギュッギュッと鳴る雪の音だけ聞いてれば楽しいお散歩って感じなんだけどねぇ……。
「思った以上に景色に変化が無いというか、雪しか見えないから遭難してるとしか思えないなこれ」
「遭難した時はかまくらを作って休憩するといいってお父さんが言ってた!」
「今日は諦めてそろそろ帰ろうか?」と口に出したくなるのをグッと我慢。
さすがに三時間はいらなかったが、たっぷり二時間かかり、どうにかこうにか村の入口……でいいのかな?
少しずつ民家に近づくも、どこ家もこの家も声がまったくしないんだけど。
もちろん人の気配はある……というか、マップに表示されてるから人はちゃんといるんだけど。
あと、戸の隙間や小さな窓からひっそりと視線も感じるし。
でもそれだけで、誰かが声を掛けてくることもないし、家の中から出てくることもない。
『田舎に住もう!』みたいなのに参加してる人たちの報告で、田舎の人間が排他的なのはわかってたつもりだけど……いや、さすがにそれはソースが偏り過ぎだな。
まるで陰湿なサスペンスドラマ、それともホラーゲームの世界にでも迷い込んでしまったような状況に、しなくていい緊張をする。
「てかさ、うちが特別アレなのかと思ってたんだけど、このあたりの家って全部『こん感じ(竪穴式住居)』なのかな?」
大きさ的にはうちよりもだいぶ大きいから、竪穴式住居と言うより二等辺三角形の茅葺き屋根の家って見た目なんだけどさ。
「ジーナが住んでたのは普通のおうちだったよ?」
……うん、この状況でその(たぶん辛い)話は止めておこうか。
というかやっと第一村人の子ども発見!
……俺たちを見るなり慌てて家の中へ駆け込んじゃったけど。
あの子、完全に不審者に怯える人間の目をしてたな。
旅の人間もそうそう来ないような村だろうし?
見慣れない人間が警戒されるのは仕方ないことだろうけれども!
「さすがにここまで歓迎されてないと取引どころじゃないな……」
もっとも、最初に『そうじゃないかな?』と思ってた通り、取り引き出来るほど金銭的余裕があるような村にも見えないし。
精神的な落胆も伴い、さらに重くなった雪車をズリズリと曳きながらマップで辺りを再確認。
「うーん……可能性があるとすれば……」
やっぱり領主の屋敷だけだろうな。
拡大していたマップを少し広げれば表示される大きな屋敷。
……たぶんこれだろう。
その屋敷の住人らしき、十ほど表示されているポーンを順番にタップ。
領主の情報を見てみるも……えぇぇぇ……これ、本当に相手してもらえるかな?
「ジーナさん、この村の領主様ってどんな人だったの?」
「どんな人なのかは知らないけど、ジーナが見たのは物凄い歳をとったお爺さんだった!」
「……そうなんだ」
ちなみにマップで見た情報によると領主の名前は『ルミーナ』。
爺さんどころか『八歳の女の子』だった。
「でもここまできちゃったし、回れ右するのもなぁ」
コンディションも『軽度の疲労』と手足の指、そして耳が『軽度の凍傷』になっていた。
取引が出来なかったとしても、荷物を献上してお湯をもらうことくらいは……出来たらいいな?
* * *
お貴族様、それも幼女と会うとかまったく気は進まないけど……領主の屋敷へとやってきた俺とジーナさん。
まぁ屋敷と言っても、ちょっと大きな田舎の農家くらいの規模しかないけど。
「門番はいない……というより『生け垣らしき』雪溜まりがあるだけで、門らしい門もないな」
ここまで来たからには何らかの成果くらいは欲しいんだけど……。
庭だけはそこそこ広いので、雪車を敷地内に入れさせてもらい、気持ちを他所行きに切り替えて玄関の扉を強めに叩く。
「先触れもない訪問、誠に失礼いたします!
私、雪深い森で遭難したところを、こちらのご領地に住まわれているジーナ嬢に助けられたミナモト・ヒカルという旅の……旅の……俺って何なんだろう?」
「んー……パパはパパ?
あと喋り方がいつもと違う。
なんかこう……頭良さそうで気持ちが悪い」
「色々と話がややこしくなるから、人前ではパパじゃなくヒカルって呼んで欲しいんだけど?
あと、頭が良さそうなのに気持ち悪いってどういうことだよ……。
……ゴホン、こちらのご領主様にはジーナ嬢もその家族共々お世話になったと聞きおよびましたので!
ご無礼とは思いますが、ご領主様のご尊顔を拝し奉るご栄誉を賜りたく、こうしてご挨拶に罷り越しました!」
ジーナさんが隣からちょっかいを入れるせいで、なんとなくコントみたいな挨拶になってるが……気にしても仕方がない。
多少慇懃すぎると思われるくらい丁寧に呼びかけたあとその場でじっと待つ。
しばらくして屋敷の奥から――
「……お昼寝してたら、いきなり変な人が来ちゃったのです。
こんな小さな屋敷なのですから。
そんなに大きな声を出さなくても、一度呼びかければ十分に聞こえるのですよ?」
年頃の女性を後ろに二人引き連れた幼い女の子が出てきた。
まさかご領主様自らお出迎えとは……。
暇だったのか、それとも幼女相手にどういう反応をするかを見たかったのか。
何にしてもこちらを試そうという魂胆なのだろう。
度が過ぎたゲーマーだけど、普段は営業職のおっさんでもあったからな?
田舎貴族の実力、この俺がしかと確かめされてもらおうではないか。