第16話 どうやら討伐軍が出陣したらしい。
ここはンシュ村の元領主屋敷――ではなく、山中にある『ミナモト邸』の広間。
「アレストロ家からの伝令? 早馬? らしき人間が三名。
こちらに向かってるようなんですけど。
といいますかそのうちの一人が、おそらくアレクシア様のお身内みたいで。
不法侵入ですし、こちらで『処理』してもよろしいですか?」
「良いはずがないだろう!? ……というか、身内だって?」
「はい。カインズ、アドルという名の騎士と一緒に『アレクサンドル』という方が馬を走らせているようです」
「アレクサンドル? 確かに私の弟の名だな。
というかお前……商隊に紛れていた私を見抜いただけではなく、私ですら忘れていた弟付きの騎士の名前まで知っているとは……一体この領の諜報力はどうなっているのだ!?」
調べたとかじゃなく、ただマップで名前を確認しただけなんだけどね?
ん? そもそもアレクシア嬢がどうしてうちの屋敷にいるのかって?
……それは今から三日前のこと。
こちらから持ち帰る品々の荷造りを終えたエイヴリンさんが帰路につくことになったんだけど……当然アレクシア嬢も商隊と一緒に帰ると思うじゃん?
ところが彼女、「嫌だ! 私はここに残る!」と駄々をこねだし。
もちろんエイヴリンさんも、お付きの騎士様たちも、そしてルミーナ嬢なんて心底嫌そうな顔で必死に諫めたんだけど……どうやっても聞きやしない。
「あれだぞ? 原因はお前が毎日うまい飯を出し続けたせいだからな?
もともとうちの食事は塩っ辛いだけで全然美味しくない。
焼いただけ、煮ただけの料理が……冬場はさらに酷くなるんだぞ?」
「いや、他所様が何を食べてるかなんて知りませんけど。
アレストロ領って海もあるんですよね? 冬でも魚介類くらい穫れるでしょう?」
冬といえばカニ鍋。ブリは照り焼き、ホタテはビラビラの見た目がアレなので貝柱だけフライで!
正月と言えばシャケだし、マグロだって初競りのニュースを見たことあるし、たぶん冬が旬だよね?
……もちろん、異世界だから同じような魚介類が獲れるとは限らないんだけどさ。
例えば目が飛び出してて、触手があって、足がいっぱい生えてて、硬い殻に覆われてて――いやそれただのエビじゃねぇか。
「どうせ雪が降れば何もすることなど無いのだし?」
「……雪が降るまで、まだ二月は余裕ありますけどね?」
俺のジト目から逃れようと、ツイと目を逸らすアレクシア嬢にため息をつきながらルミーナ嬢が突っ込む。
「そもそもあなたは王都で毎年行われる新年のパーティに出ないといけないのではないですか?
一応は第三王子殿下の婚約者という立場なのですし」
「そもそも、あいつの婚約者候補はお前だっただろうが!
それをテレジアの馬鹿のせいで……あのババア、いつかぶっ殺してやる!!」
いきなり穏やかじゃないことを言い出したアレクシア嬢。
ちなみに『テレジア』というのは、ネレイデス家当主の母親で――ルミーナ嬢にとっては怨敵ともいえる『あの女』のことである。
「といいますかルミーナ様に婚約者候補がいたんですね?」
「ふふっ、ヤキモチを焼かなくとも昔の話なのですよ?
そもそも、ミーナは年下になど興味は無いのです!!」
「えっ? ルミーナ様より年下なのにアレクシア様の婚約者……?」
「ちなみに第三王子殿下は御年六歳となられました」
「うわぁ……」
「そんな目で私を見るな!
こちらから申し出た婚約ではないからな!?」
……と、話がだいぶ逸れてしまったが。
そのまま駄々を押し通され、こちらに残ることになったアレクシア嬢とお供が二人。
「……三人だけでこのような屋敷に置いておかれるのは危険だと思わぬか?」
「少なくともこの領内に、あなたに危害を加えるような人間はおりませんが?」
「単純に私が寂しいのだ!
というか、どうして私を仲間ハズレにしようとするのだ!
あれだぞ? もしもそちらの屋敷に連れて行ってもらえるなら尻のひとモミくらいなら」
「わかりました、そこまでおっしゃるのなら仕方がありませんね」
「パパ!?」
「お父様、お尻が触りたいなら私のを触ればいいじゃないですか!!」
……という深い理由により招待することになったのだ。
もっとも、いまだに彼女の尻を触らせてもらえていないのだが。
あと、いくらなんでも義娘の尻を触るのはさすがに……。
* * *
その日の夕刻、ンシュ村に到着した三騎の騎士。
というかアレクシア嬢の弟さんとその護衛だな。
いつまで経っても戻らないお姉ちゃんが心配で迎えに来たのかと思えば、どうやらそうでもない――いや、迎えに来たのは確かなんだけどね?
というか、アレクくん。
歳は十五歳で金髪の男前なんだけど。
性格に少々難あり……まぁ普通の貴族の令息って感じの男の子でさ。
わざわざ出迎えに出たルミーナ嬢に、
「……ふん、侯爵家を追い出された小娘か。
出迎えご苦ろ――「口を慎め!!」――アイタッ!?」
などといきなりの暴言。
一緒に迎えに出たお姉ちゃんに力いっぱい頭を叩かれる。
その後もうちの娘さんをひと目見て、
「ほう……このような何も無い村の娘にしてはなかなかの器量良しではないか!
端女として俺の側で仕えさせ――「死にたいのかこの大馬鹿者がっ!!」――ゴバアッ!?」
止めに入った二人の騎士ともどもにボッコボコ。
三人仲良く庭で正座させられ、アレクシア嬢に小一時間言い含められたという。
「なんというか、到着早々うちのバカどもが申し訳ない」
「いえいえ、いかにも『貴族のバカ息子』って感じの人材で逆に新鮮でしたよ?」
「娘に声を掛けられただけで蜂の巣にしようとしたあなたがよく言うのです……」
「アレクシア様が動くのがあと三秒遅ければ、お父様のご命令が無くとも撃ち殺すところでした」
相変わらず『手が早い』うちの次女である。
「それで、まさか遠路はるばる喧嘩を売りに来たというわけではないのですよね?」
「ああ、そうそう! そのことなのだがな――」
そこから始まるアレクサンドル君の大冒険。
というか戦争が始まるってことで勝手に興奮して、見物だけでも出来ないかと王都から急いで北方領に戻ってきただけなんだけどさ。
もっとも、ワクワクしながら帰ってきたら戦争予定地――ネレイデス侯爵家の『反乱討伐軍』が向かう先であるンシュ村に大好きなお姉ちゃんが出向いていると知り、とるものもとりあえず駆けつけてきたらしいのだが。
「兵の数は一千とのことだ。
まぁ公称であるからその数を鵜呑みには出来んが……それでも五百を下ることはあるまい。
どうする? 一時的にでも我が家に避難しておくか?」
「ふふっ、おばさまがそのようにお気を使ってくださるとは嬉しいかぎりなのです!
でもご心配には及びませんよ?
相手が千であろうが万であろうがミーナにはヒカルがいるのです!」
「確かにあの『銃』という武器であれば多勢を相手にすることも出来るだろうが……本当に大丈夫なのか?」
チラリとこちらに目を向けるアレクシア嬢。
「そうですね、さすがに万を相手にするには時間が足りないと思いますが、千程度ならいかようにでも?」
もちろんうちのみんなが怪我をしないよう、色々と準備をしようとは思ってるんだけどね?




