第11話 「あなたたちはいったい何をしにきたのです?」
アレクシア・フォン・アレストロ。
隣領――アレストロ侯爵家のご令嬢にして後継者。
その名を知らぬ王国貴族はいないほどの女傑。
ルミーナ嬢の父君が存命の頃は、ネレイデス家にも度々顔を出していたらしいが……。
彼が亡くなり、その弟が跡を継いでからはぱったりと姿を見せなくなったという。
「それで、そんなお方がわざわざ商人の護衛を装って。
身分を隠してまでうちを訪れた理由はいったい何だったんです?」
マップで表示されているポーンからも彼女やその取り巻き、そして商隊の面々にこちらに対する敵意が無いことは分かってるんだけど、さすがに山超え谷超えしてまでやってきた『目的』がわからないと気持ちが悪いし?
様子を探るべく、お茶会という名の情報収集に赴いていたルミーナ嬢なんだけど……めずらしく心底疲れた表情をしていた。
「はぁ……。
それがどうやら『チョコレートが食べたかったから』らしいのです」
「……はい?」
「ですから、チョコが食べたかったと」
……確かに、砂糖ですらその中毒性は麻薬以上と言われし?
ましてやチョコレートともなれば、初めて口にした者が禁断症状に駆られて奇行に走っても……しかたないのか?
「なるほど。予測の範囲内の行動ではありますね」
「お菓子欲しさに、数日かけて上級貴族がやって来ることが予測できたのです!?」
いや、そこまで驚かなくとも。
「ルミーナ様だって他所の食事ではもう満足出来ないでしょう?
例えばですが、リアンナさん。
『俺のバナナ』がなければ一日が始まりませんよね?」
「確かに……毎朝、ヒカルさんの濃厚な『バナナミルク』を味わわなければ、その日一日ムラムラしてしまいますし」
「あななたちは食べ物の話をしているのですよね!?
なんだかわかりませんが、とてもいかがわしいことを言っている気がするのです!!」
ちなみにリアンナさん以外にも若手の多くは『朝バナナミルク派』。
アデレードさんやヴィオレッタは『朝青汁(緑黄色野菜ジュース)派』。
そしてルミーナ嬢は『ジャムをたっぷり入れたフレーバーティー派』である。
「何にしても、お付き合いを望んでいた隣領の、それも跡取り候補が自ら来てくれるなんて……これ、大チャンスじゃないです?」
「確かにこちらから出向き、何かしら譲歩をして、中立の立場で取引相手になって貰えれば御の字と思っておりましたが……まさか向こうから釣れてくれるとは。
それにしても、どこのパーティでもワインしか口にしないアレクシアおばさまが、あのように食べ物に興味をお持ちだったとは知りませんでした」
「なるほど。つまり、上級貴族であろうと気軽に口には出来ない『ヒカルさんの料理とお酒』で籠絡してやろうということですね?
そしてあわよくばあの豊満な肉体を逆に味見してやろうと……。
ヒカルさん、豊満具合で言うなれば私も熟れ熟れなのですがどうなっちゃいます?」
「どうにもならねぇよ……」
何故なら、俺の回りには常時警戒心バリバリの娘さんが二人もいるから!!
というわけで(?)、その日の夜は『お酒に合う晩ごはん』に決定。
「……いや俺、どうしても外せない付き合いで甘い系のカクテルを飲むことはあるけど、それ以外じゃ全然飲まないから『酒のアテ』とかよくわからないんだけど」
「うちでもお酒を嗜むのなんて、リアンナくらいなのです」
「見た目だけなら、アデレードさんが一番飲んで管を巻いてそうですけどね」
「それは一体どういう意味だ!?」
どういう意味もこういう意味も……そのままなんだけどさ。
さて、そんな俺でも知っているおつまみ。
まぁ居酒屋メニューというか『焼き鳥』か『串カツ』くらいしか無いんだけどさ。
あとはおでんとか?
「ジーナさん、串料理――揚げ物と焼き物だったらどっちが食べたい?」
「パパ!? いくらなんでもそれは究極の選択がすぎる!!」
頭から煙が出そうなほど真剣に悩み込むジーナさん。
「おねえちゃん、そんな時は今日と明日で分ければ二度美味しいですよ?」
「もしかしてヴィオレッタは天才!?」
最近は自分の意見というより、ジーナさんの意見を『代弁』している感のある、要領のいい次女である。
「じゃあ今日は焼き鳥……いや、人数も多いし鶏だけじゃ足りそうにないから串焼きにするか。
ジーナさん、イノシシとかウサギとか狩ってきてもらってもいい?」
「わかった! 山の神と呼ばれるような大物を倒してくる!」
「あんまり大きいとお肉が硬そうだから、普通のサイズでいいからね?」
「それは大きさどうこうの問題じゃないのでは……」
ちょっとずれた会話をする俺達に、なんとも言えない顔をするヴィオレッタだった。
* * *
「いや、なんなんですかあのワインは!?」
「若いものも熟成させたものも、驚くほどの香りと味わいだったな。
それに、串に刺して焼いただけの肉があれほどまでに芳醇な風味を持つ料理となるとは思いもしなかった」
「鶏も素晴らしかったですが……あの絶妙な塩加減と脂の甘味が渾然一体となったイノシシ肉!
思い出しただけで口の中が……」
「確かに、野味も臭みもなく、肉本来の暴力的な旨味だけが薫る焼き加減は見事だったな。
だがタレで味をつけた、間にネギを挟んだ鶏肉!
あれはあれで侮れぬ旨さだったぞ?」
「本当にあなたたちは、何をしにこのようなところまで来たのですか……」
歓迎会の後、再び集まったルミーナとアレクシアたち。
「ええと、そちらのヨーク商会の――」
「エイヴリンとお呼びください、ネレイデス閣下」
「ふふ、本家の人間ではありませんから、私も『ルミーナ』で構いませんよ?
それにしても……こちらからお願いしておきながら、あれほどの量の金や銅を持ち込んでもらえるとは。
そちらの商会、よほど羽振りがよろしいのでしょうね?」
「いえいえ! とんでもない!
集められるだけの全財産を掻き集め、臨時休業まで取って駆けつけてまいっただけでございます!」
「それはそれで、お店の方は大丈夫なのです?」
もっとも、立場が逆であれば、自分も同じ賭けに出ただろうと思うルミーナ。
「それで、何か目ぼしい交易品は見つかりましたか?」
「もちろんでございます、ルミーナ様!
チョコレートに果物、そして工芸品にあのようなワインまで……。
素晴らしいものばかりで、どれをどれほど買い受けさせていただくか決まらぬほどでございます!」
商談はどうやら順調にまとまりそうだ――ルミーナが安堵の笑みを浮かべた、そのとき――
「それにしても」
アレクシアが先程までの浮かれた声とは変わり低い声を出す。
「人当たりもよく教養もある。
それでいて偉ぶるところもなく、料理までこなす。
貴族に対してもへりくだることもなく、それでいて無礼な行動をすることもない。
……あの男、一体何者なのだ?」
「何者と問われましても。『私の婚約者』以外に答えようがないのですよ?」
笑顔は柔らかく、視線は鋭く。
互いの笑みに探りを潜ませながら視線を交わす二人の貴族。
その間で、エイヴリンは引き攣った表情を浮かべるしかなかった。
「……まぁ、今はそれでよかろう」
ルミーナから視線を外したアレクシアが別の話題を投げかける。
「それで、あの『銃』という武器。
当然うちにも回してもらえるのだろうな?」
「もちろん、回さないのですよ?
というより、あれは『ここ』以外では使うことが出来ないのです。
詳しい理屈は――秘匿とさせていただきますが」
「やれやれ……昔はお姉様お姉様と私の後ろをヨチヨチとついてくる愛らしい子どもだったはずなのに、いつからそんな小賢しい娘になってしまったのか。
……というか、あの男、私に譲ってはもらえないか?」
「どこをどう思い出してもそのような記憶は無いのですが……。
おばさま、人様の婚約者に横恋慕するのはさすがにご趣味が悪すぎるのですよ?」
睨み合う二人に『私の居ないところでやってくれ!!』と思わずにはいられないエイヴリンだった。




