第10話 閑話 姫騎士様はやはり○○○が弱いらしい。
少々騒ぎにはなったものの、それほどの問題にはならず笑って済まされた侯爵令嬢の密入領。
……もちろん『次はないぞ?』と、強めに釘を刺されはしたが。
元領主の館――今は迎賓館として使われている屋敷に案内され、各々に部屋をあてがわれる。
「ふぅ……どうやら無事に潜入することが出来ましたね?」
「お前は完全に私のことを切り捨てにきてただろうが!?
いや、それにしてもどうやって私の存在を……」
そう、彼女の言うように誰にも見張られてなどいなかった。
もちろん顔を見られた覚えもない。
なのに、どういうわけかアレクシア様の存在が彼らにはあっさりバレていた。
そもそも今回ここ――ネレイデス領の果てにある村に、彼女が来た理由に何もやましい裏事情などはなく。
「もっとも、侯爵家のお姫様が『美味しいもの食べたさ』に、商隊に紛れ込んでるなんて思いもしませんからね?」
それでなくとも他人を警戒させる『キツイ』顔をした彼女なのだ。
何かを企んでの行動だと勘違いされても仕方がない。
まぁそんなアレクシア様を見た途端、表情を緩ませた者がいたんだけど。
……何なの!? あんなに優しく微笑みながら私の両手を握ったくせにっ!!
「べ、別に?
私はそんな食いしん坊な理由でここにいるのではないし?
今回はほら……そう、あれだ!
まるで妹のように可愛がっていたルミーナが心配だっただけなのだ!」
「道中『チョコレート』と『メロン』以外の話など一切出ていなかったと思いますが……。
といいますかルミーナ様とアレクシア様の年齢差を考えれば妹ではなく娘なのでは?」
「お前、さっきから言葉の節々にやたらとトゲがあるな!?」
「当然です!
商会ではなく私個人の『たった一人』のお得意様だからと、これまで散々融通を利かせてきましたが……今回のこれは無茶がすぎます!
あなた、一応侯爵家のご令嬢……いえ、跡取りなのですからね!?
ヒカルさんでしたか?
あの方が何かしら一物を持った人間だとしたら、今ごろ姫様も私も『あれ』が『こう』なってますからね!?」
王都からたまに流れてくる薄い本みたいに!
「お、お前、い、イチモツとかいきなり何をいやらしいことを……。
というか『ソレ』は殿方なら普通に持っているものじゃないのか?」
「そのイチモツじゃねぇわ!!」
というか常識で考えて?
侯爵令嬢にチ○チ○の話を始める御用商人なんているはずがないでしょう?
世間では『氷の女王』や『目だけで悪魔を怯ませる女』などと呼ばれているが、気を抜いている時は年上とは思えないほどのポンコツぶりを見せる彼女である。
「それにしても、あの男……平民の分際でこの私を口説こうとするとは」
そうは言いながらも口元が緩んでいるアレクシア様。
「いえ、あれは口説くというより『見たまま』を口にしただけだと思いますよ?
それに、私と握手していた時は、私のこの『豊満』な胸から目を離しませんでしたし?」
「そ、そんなことはないぞ?
何故ならあいつは私の胸だって凝視していたのだからな!」
さすがにフルプレート――鎧の曲線から性的興奮を感じるような男はいないと思うんだけど……。
「というか私は喉が乾いた! 屋敷の人間に早急にお茶の用意をさせてくれ。
もちろん長旅で疲れた体を癒やすような甘いものを茶菓子に付けてな!」
「いや、そんなことご自分で命じられれば良いではありませんか」
「でも、あの男に図々しい女だと思われたら嫌だし……」
「へっ?」
「いや、だってほら。
私の目を見ても怯えるでなく、へつらうでもなく。
せっかく良い印象を持たれたかもしれないのに」
「乙女か!!」
そもそもこちらからそのようなことを言い出さずともあちら様が用意、というより『お話の場』が用意されると思うんだけど……。
* * *
それから半時間ほど。
「ルミーナ様より『よろしければお茶でもどうですか?』との伝言ですがいかが致しましょう?
お疲れなら夕食までそのままお休みくださいとのことですが」
「そうだな、疲れておらぬわけではないがご相伴しようと返事をしておいてくれ」
……いやあなた、さっきまで熊のようにまだかまだかと部屋の中をウロウロしてたよね?
通された応接間? 饗応の間? で待っていたのは先程もお出迎えくださったご領主様――ルミーナ様と使用人であろう女性、そして女騎士が一人。
「お久しぶりですね、アレクシア『おばさま』」
「誰がおばさんか!!
……ルミーナも元気そうで何よりだ」
我々が席に付くと、さっそく机の上に並べられる――
「うん? 小さな器が大量に……いったいこれは何だ?」
「まったく……そんな必要もないのに何故かヒカル……ではなくてミーナの夫が!
あなたたちに気を使って大量の飲み物を用意しているのです!
試してみて気に入ったものがあればそれを伝えるのです!」
「いや、他所から来た貴族に気を使うのは当たり前の話だと思うのだが……」
「それは面白い趣向ですね」
さっそく器を手に取り、次々と飲み比べをしていくことに。
……って、なにこれうまっ!?
果物を搾ったそのままの物、そして乳、おそらく牛乳と混ぜた物。
こんなのどれか一つだけ選ぶとか出来るわけが――あっ、カットした果物もいっぱい出てきた!!
「……あなた達は欠食児童かなにかなのです?
お茶会とは歓談を楽しむ場だと理解しているのです?」
ルミーナ様が何かを言っている気がするが、そんなものはお貴族様に丸投げだ!!
「この……なんだこのプルプルとした食べ物は……」
「ふっ、これはチャワンムシという」
「お嬢様、皆様に出されているのは『チャワンムシ』ではなく『プリン』というデザートです」
「どおりでミーナのだけ器が違うと思ったのです!?
いえ、チャワンムシは大好きですから別に問題はありませんが!
というか、黙って食べておりましたがこれ!
メロンではなくメープルシロップの掛かったキュウリですよね!?」
「ヒカルさんが『似たような味がする……らしいよ?』とおっしゃっておりましたので作りました。
あと、プリンに醤油を掛けるとウニ? というものの味になるらしいので、そちらもご用意しております」
「何のために!?
キュウリにメープルを掛けてもそれはキュウリにメープルを掛けた味しかしないのです!!
それとプリンはプリンとして普通に出せなのです!!」




