第09話 まるでテンプレな『姫騎士様』に興奮するゲーマーのおっさん。
西へと送り出していたメイド隊が戻ってきてからさらに三日後。
アリーシャたちが前もって話を通しておいてくれた商人が、大規模な商隊を率いてンシュ村に到着した。
「他領にもかかわらず、遠路はるばるこのような田舎までようこそお越しくださいました。
私は――あれ? 俺の肩書きって一体なんなんだろう?
商人? 村長? 管理人さん?」
「パパはジーナのパパ!」
「いや、さすがに語尾が『なのだ』の植木屋さんみたいな名乗りはおかしすぎるから」
「名目上は私の……ではなく、お嬢様の配偶者ということでよろしいのではないでしょうか?」
「そうですね。リアンナさんなら問題なかったのですが、幼女の旦那さんはちょっと世間体が」
「それはどういう意味なのです!?」
結局、「ミナモト・ヒカルです」と無難に名乗ることにした俺。
差し出した手を両手で握ってくれた商人さんと挨拶を交わす。
笑顔を崩すことなく、微妙そうな顔も見せずに返してくれた彼女は商売人の鏡である。
「こちらこそ、わざわざのお出迎えありがとうございます。
ヨーク商会で会頭補佐を務めております、エイヴリンと申します。
田舎などと、とんでもない。
あれほどの素晴らしい産物を、それも複数生み出せる村など、他には存在しませんよ?」
少し興奮気味にそう語る彼女。
年の頃は二十代前半くらいだろうか。
赤毛のショートに、なかなか肉感的な体つきの美人さん。
正直、かなりエッ
「ヒカルさん、いつまでも女性の手を握られているのはどうかと思いますが?」
「あっ、はい」
……と、ここまでなら、
『メイドさんたちが頑張って、いい取引先を見つけてきてくれたよ!』
ってだけの話なんだけどさ。
問題は、商隊の護衛についてきた兵士というか、たぶん傭兵? の中に、どうにも判断に困る人物が混ざってることなんだよなぁ。
「ええとですね。
今からちょっと……いや、かなりおかしな質問をしますので、もし俺の勘違いだったら笑ってやってくださいね?
いえ、まさか、まさかとは思うんですけど……商隊の皆さんの中に、『やんごとなき身分の方』が混ざってたりとか……してませんよね?」
顔も体も輪郭すらわからぬほどに隠された、ガッチガチの全身鎧の『女性』を半目で見つめながら、できるだけやんわりと商人さんに尋ねてみる。
もちろん、こんなことを聞いたところで『はい、います!』なんて答える人間などいようはずが――
「……ほら見なさい! だから私は最初から何度も嫌だと断ったんですよ!!
何が『ふっ、私の変装は完璧だ! そもそも顔も見えぬ鎧姿の人間が誰かなど気にかけるような者もおるまい?』ですか!?
バレてるじゃないですか! 完膚なきまでにバレバレじゃないですか!!
もしこれでこの後の取引が流れたら、いったいどう責任を取ってくれるんです!?」
えっ? 認めた? マジで? まさかこんなにあっさり!?
「違うんですミナモトさん!
これはあの方が勝手についてきただけで、我々にそちら様を騙す意図など一切ございませんので!
あっ! こういうのはいかがでしょうか!?
幸いにも、あの方がご一緒されていることを知る者は――」
「わかった、わかったからそのへんでストップ!
ということで、『アレクシア様』、そのご尊顔を拝する栄誉を賜りたく」
「お、おう。
というかその女、先ほどなにやらえげつない提案をしようとしてたような……?」
不承不承といった様子で兜を脱ぐ『アレクシア・フォン・アレストロ』嬢。
兜の中から流れ出すようにこぼれ落ちたのは、サラサラとしたほつれ一つ無い黄金の――
「いっ!? いった!? エイヴリン!
髪が、髪が兜の金具に引っかかった! ちょっと外してくれ!」
……思いっきりほつれてるやん。
「ていうか金髪、そしてその生意気そうな顔。
まるで他人を見下すためだけに存在してるようなそのアイスブルーの瞳」
「ええと、お前は私に喧嘩を売っているのか?」
「正直、好きしかない」
「まさかの口説いているだと!?」
「パパ!?」
「いや、だってほら。
『正統派銀髪美少女』もとても良いものだけど?
一周回ってこういうベッタベタな『悪役令嬢系姫騎士』って、たまらないものがあるじゃないですか?」
「よし、私直々に手打ちにしてやるから遠慮なくそこにひざまずけ」
「えっ? それは俺の背中にまたがるとかそういう……?」
「お前、さては人の話を聞かないタイプの人間だな?」
* * *
何事もなく(?)、お互いの挨拶も終わり。
このまま立ち話もなんなので、元領主屋敷へ移動――する前に。
「さて。せっかく遠路はるばる来てくださった皆様に、ここで気持ちよく過ごしていただくために、いくつかルールをお伝えしておきます。
と言っても、そう難しいことではありません」
皆の視線が集まる中、俺は軽く指を立てて説明を続ける。
「一つ、『許可なく村の中をうろつかないこと』。
二つ、『犯罪行為をしないこと』。
……とまぁ、ごく当たり前のことなのですが」
「なるほど。確かに至極真っ当な注意だな」
説明にそう答えたのは、全身鎧の姫騎士様。
もっとも、その声は少々こちらを小馬鹿にしたような空気を滲ませているのだが。
「……それで? もしもそれを破った場合は一体どうなるのだ?
言うまでもないことだが、そちらで戦えそうなのはあの護衛騎士――確かアデレードとか言ったか? その者一人だけだろう?」
暗に、『取り締まる人間がいなければそのような決まり事あってないようなものなのではないのか?』と問いかけてくる彼女。
「あー……知らない人からすると確かにそう見えちゃいますよね。
ええと、悪役――」
「ア レ ク シ ア だっ!!!」
「……これは失礼。
アレクシア様がお持ちのその兜、少々お借りしても――いや、頂いてもよろしいですか?」
「……嗅ぐのではあるまいな?」
「ちげぇよ!」
まったく! いったい俺を何だと思ってるのか!
胡乱な顔のまま差し出された兜を丁重に受け取り、そっと顔に
「ヒカルさん? 何をしようとされているのですか?」
「……ちゃうねん」
……そっと地面に置く。
少しだけその場から距離を取り、右手で『それ』を指さした次の瞬間――
『パン!』
という乾いた音が、空気を斬り裂く。
「なあっ!?」
途端に彼女の回りを囲むように構える商隊護衛の傭兵団――アレストロ家の騎士たち。
目を見開いた姫騎士様の見つめる先、弾丸の命中した兜が二度、そして三度。
あちらこちらへ激しく跳ね回り、最後には地面を転がっていく。
「……今のは一体……」
もちろん、隠れてこちらを警戒してる『ヴィオレッタと愉快な仲間たち』が順番に撃ってただけなんだけどさ。
ていうか、護衛の人たちにむっちゃ睨まれてるんだけど……先に質問してきたのはそっちで、あくまでも俺はそれに答えただけだからね?
「……兜がどうなっているか確認してもよいか?」
「ご随意にどうぞ」
従者と思しき騎士が拾い上げ、差し出したそれを無言で受け取るアレクシア嬢。
砕け、歪み、無惨な姿になった自らの兜を凝視する彼女の横顔は真剣そのものだった。




