第08話 閑話 とある商家の繁盛期。
あたしの名前はエイヴリン・ヨーク。
ここ、アレストロ侯爵家北方領――まあ、北の果てにある田舎都市で商売やってる親の元に生まれた二十二の小娘さ。
……誰だい今、「二十二は小娘じゃなくて行き遅れだろ?」なんて言ったのは!?
もっとも、商売人とは言っても、最近はさっぱりでね。
流行り病で母さんが亡くなってからは、一緒に親父のやる気まであっちへ旅立っちまったみたいでさ。
祖父ちゃんの代には『領都オーブス一の大商人』なんて呼ばれ、客だってひっきりなしだったっていうのに、今じゃ見る影もないありさまだよ。
おまけに、家を継ぐはずの兄貴は何も見えていないのか、金をばらまくように夜遊び三昧。
愛想をつかした弟は「穴のあいた船になんていつまでも乗ってられないからね?」と、あたしにだけ一言残して家を飛び出しちまったし。
最後に寄越してきた手紙じゃ、西国のナグトルに腰を落ち着けたとかなんとか。
最近じゃ、昔からの取引先にまでそっぽ向かれる始末で――って、やめやめ!
暗い話は気が滅入るだけだし!
「はぁ……結婚したい……」
「また出たよ、お嬢の結婚したい」
「この前の嫁入り話であれだけ荒れたくせによく言うよねぇ?」
ちなみに『この前の嫁入り話』ってのは、兄貴が借金こさえた材木商のジジイの後妻にどうだって話で……だから、辛気臭い話はやめろって言ってんだろ!!
「お嬢、ちょっと変わった――いや、不思議なお客さんが来とるんだが、ちょいと対応してもらえんだろうか?
見慣れた品っちゃ見慣れた品なんだが……持ち込まれたモノがなんとも言いがたくてな」
「どうしたんだい?
目利きのスレイン爺がそんな言い淀むなんて珍しいじゃないか?」
店の奥にある上客用の応接間。
最近じゃほとんど使うこともなかったそこに座っていたのは三人の若い――コホン、あたしと同年代くらいの娘たち。
着ているものには派手さこそないけど、町一番の仕立て屋が縫ったみたいに上等な仕立て。
しかも使われてる布がかなりいいものだと一目でわかる。
どこかから旅でもしてきたのか、少々草臥れている様子ではあるが……おそらく全員貴族家の使用人だろう。
「お待たせいたしました。
ヨーク商会で会頭補佐をしております、エイヴリンと申します」
「これはご丁寧に。
『東の方』からまいりました、アリーシャと申します」
「ベルトーネです」
「ケイルです」
あたしと娘たちで互いに挨拶を交わす。
その仕草も言葉遣いも控えめながら洗練されていて、とても田舎貴族に仕えているような人間には見えないんだけど……。
ついつい彼女たちの出自を考え込みそうになるあたしの隣からスレイン爺の声が飛んだ。
「東……というとムーラ村……いや、もしや山を越えていらっしゃったのかな?」
「御名答です。山向こうのンシュ村からやってまいりました」
ンシュ村?
まったく聞き覚えが無いんだけど……。
「補佐、ンシュ村はネレイデス侯爵様のご領地です。
たしか昨年、ご令嬢のルミーナ様がお体の療養のため拝領されたと聞いております」
あっ、そうなんだ? ……じゃなくて!
なんで店番の爺さんがよそ様の領地の人事にまで詳しいのよ!?
スレイン爺の言葉に驚いた様子を見せたのは私だけではなかった。
どうやら彼女たちもそのようなことを知っているとは思ってはいなかったのだろう。
「なるほど、お隣の領地から。
遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました。
……それで、本日はちょっと変わった品を持ってきてくださったとか?」
「いえいえ、とんでもない。
ごく普通の、鄙の地で採れるような物ばかりでお恥ずかしい限りですが……」
そう言って娘たちが開けた箱――底に車輪のついた片手でも引っ張れそうな運搬用の箱――の中には、確かにスレイン爺さんが言ったように見覚えがあるような、それでいて見たことないような妙な品の数々が詰まっていた。
「ええと、こちらは――」
机の上に丁寧に並べられてゆく品物の数々。
今回は少量の持ち込みだってことだけど……一番最初に目に入ったのは見慣れたキノコの数々と干し椎茸。
干してるはずなのに傘がやたらでかく、その独特の香りがここまで漂ってくる、領都ではそうそう出回らないような上等な品だ。
その隣に並ぶのは……干した果物かしら?
「干し物と言えば、干し葡萄が一般的かと思いますが……お父様――いえ、私たちの主がその食感がお嫌いらしくて。
こちらはマンゴー、そしてパイナップルとキウイですね」
……ナニソレ? 聞いたことのない、おそらく果物の名前であるそれらが小さく切り分けられていく。
「よろしければお味見をどうぞ?」
と差し出されたそれを一つつまんでそっと口に――ナニコレうまっ!?
口の中に広がる濃厚な甘みと旨味、そして強烈な果物の香り!!
「これは……素晴らしいですね。
しかしこの甘さは……もしや砂糖に漬け込んでいるのですか?」
「ありがとうございます。
その甘さ、初めて召し上がる方はそう思われるかも知れませんが、ただ干して乾かしただけのモノなんですよ?
それに、やはりいくら美味しくとも干したものより青果――そのままの方が何倍も素晴らしいですし」
そう言って彼女たちが次に取り出したのは、干していない果物。
なるほど、あの楕円形をしたものがマンゴーで、トゲトゲしいのがパイナップル、毛が生えてるのがキウイと……。
いや、後ろ二つ! それは本当に食べ物なの!?
名前だけなら、毛の生えたそれがマン……むしろチン……コホン。
というかさっきから漂ってくるこの悪魔的な香り、食欲を棍棒でぶん殴ってくるような匂いは何なの!?
「あら、お目が高い。こちらがお気に召しましたか?」
「ええ……なんといいますか……」
「こちらはメロン、こう見えて瓜の仲間とのことです。
主曰く『本物の果物の王様』らしいですよ?」
メロン。
斑模様に包まれた丸い球体。
薄緑色のソレからはえもいえぬ官能的な香りが漂ってきて――
「お嬢、ヨダレ! ヨダレが垂れてますから!!」
「はっ!? 私としたことが……」
キノコだけでも、うちで独占できればどれだけの利益が出るかわからないってのに……そこに加えてこの果実の数々。
干物以外がどれくらい日持ちするかはまだわからないけど、王都に持ち込めれば、とんでもない値がつくに違いない。
もちろんこの領都でだって……。
その後も次々と箱の中から出てくる、見慣れているようでどこか見慣れない品々。
たとえばその精巧な彫り物。
たぶん熊なんだろうけど、頭と体が同じ大きさで、しかも頭に何かを被ってるってどういうこと?
いや、それよりも!
そのキノコみたいな細長い形の……それもう完全にアレじゃないの!!
え? そんなものを売る気……ああ、それは私物で売り物じゃないんだ?
えっ、それって、そんなふうに動くの!?
ええと、ぜひともうちで仕入れさせて……数が少ないから無理? そこをなんとかお願い!!
「最後にとっておきとなります。
こちらは『チョコレート』というお菓子なのですが……説明するよりも、召し上がっていただいたほうが早いですね」
そう言って差し出されたのは、黒くて丸い……何これ?
すすめられるまま、恐る恐る端っこを少しかじってみると――
* * *
――そして三日後。
お願いされた商品、金と銅を使える予算目いっぱいまで仕入れ、ヨーク商会のキャラバンはンシュ村への行商に出発。
いやね、あのチョコレートっていうお菓子。
なんなのあれ!?
ほろ苦いのに苦くない、というか甘い。
黒いもの以外に白いのもあって、そっちは突き抜けるように甘い。
でも、砂糖をそのまま食べたような、甘いだけって感じじゃなくて……なんかもう、言葉では絶対に説明できない、そんな味!!
一度食べてしまえばそれを忘れることは出来なくなり、それ欲しさに体だって差し出してしまいそう。
まるで危険な薬のような……誰だ!
『ババァの体なんかいらねぇ』とか言ったやつは!?
なんやかんやで余計な『付き添い(おにもつ)』まで付いてくることになっちゃったけど……そこは護衛として役に立つことを期待するしかないかねぇ?




