第07話 元ンシュ村の村人たちの様子が想像していたよりもヤバいことに気付くゲーマーのおっさん。
送り返した少女たちが何やら吹き込んだのだろう、うちには食料の余裕があるだろうと遠慮はるばる頼ってきた三十人ほどの集団。
それだって普通に助けを求める態度だったら、それなりの対応をしたと思うんだけどね?
最初に対応に出たヴィオレッタを怒らせ、それでも若い女性しかいないのだろうとこちらを舐めたような横柄な要求をしてきた連中。
それでなくとも食料の備蓄やどう動くかわからないネレイデス侯爵家の対応に忙しいのに、そんな奴らに長々と構ってやっている暇などあるはずもなく。
そのままお隣さん――『アレストロ侯爵家』に丸っと丸投げ……コホン、新たな入植者としてお譲りすることに。
「そこそこ横柄な連中って感じの印象でしたから、どのような提案をしようとごねるだろうと思ってたんですけど。
よくこちらの言う事をすんなり聞きましたね?」
「ふふっ、『誠意』を持って説得すれば解り合えるものなのですよ?」
……村にある『焼却炉』から煙が上がっていたような気もするが気にしてはいけない。
っと、そんなすでに送り出した連中のことなどどうでもいいとして。
九月に入り、ようやく天候も落ち着き始め。
本格的に食料の増産――屋敷や府都で暮らすみんなと一緒に麓の森を開墾するため、朝から晩まで鍬を振るっている俺。
少なくとも俺の耕した畑は氷点下にならなければ作物は育つんだけど、雪が降り出したら来年の春まで身動きが取れなくなっちゃうからさ……。
開墾に並行して川から『珪砂(石英の砂)』も集めて温室を作ろうとも思ってるんだけど、そちらは雪が降り始めてからの作業になるだろう。
クッ、台風さえ無ければ鉱山開発ももう少し進められたものを!!
今回隣町(?)に向かうことになったメイド隊のみんなには『交易品』になりそうなものを色々と持っていってもらったし、その売上で多少の『金』や『銅』を手に入れられるとは思うんだけど……。
「お父様がお忙しいのは承知しておりますが……どうしてもお願いしたいことがありまして」
そんな、ボーッと考え事をしながら朝飯を食っていた俺に、控えめな声で話しかけてきたのはヴィオレッタ。
一緒に暮らしだしてそれなりに経つのに、いまだに妙に他人行儀なのがちょっとだけ寂しい。
「なになに? もしかして何か食べたいものでもあるのかな?
それならお昼ごはんに作るけど?」
「それでしたら、またお父様の流した汗から作ったお塩を使ったおにぎりを……っと、今はそういう話ではなくてですね」
いや、『また』ってなんだよ『また』って!
そんな気持ちの悪いもの作ったことなんてねぇわ!
もちろん下手に突っ込むのも怖いからニッコリ笑顔でスルーするんだけどな!!
「監視……管理をお任せ頂いている例の村のことなのですが。
お屋敷や領都の皆さんが耕された畑とは違って、あちらはこの前の大雨でほぼ壊滅していまして」
「そっか……まぁあれだけの雨が降れば普通はそうなっちゃうよな」
雨にも風にも負けない宮沢○治のようなうちの小麦や米がおかしいだけで。
「ていうか、それに関してはリアンナさんが不足分の食料を見繕ってくれるって話だったような?」
「はい、その通り……なのですが。
ただ、その運搬にこちらの人員を割かねばなりませんので。
その手間がもったいないと感じまして。
正直なところ、あの村の者たちはまだまだ信仰心……根性も努力も足りていませんので。
食べるものが無いならば無いで、いっそそのまま飢え死にしてくれても構わないのですが」
いやいや、さすがに今回みたいなイレギュラーでそれは……彼女の報告によれば最近は真面目に働いてるみたいだし?
「それで、お願いっていうのは?」
「はい。今回に限り、村の畑の一画を、彼らの分として耕してはいただけませんでしょうか?
私やおねぇちゃんでも耕せなくはありませんが、それでは小麦が育つまで一ヶ月ほどかかってしまいますので……。
お父様のお力で土を励まし、種を清め、大地に精を蒔いてくださればと」
……この子はいったい俺のことを何だと思ってるのかな?
「了解、そのくらいなら昼ご飯の後にでも一緒に行こうか」
「ありがとうございます。
次回もこのようなことがあれば、怠惰な連中の命を刈り取り畑の肥料にでも――」
「ハハッ……しちゃダメだからね!?」
軽く笑いながら遮ったものの、どこまでが冗談か本気か分からないところのあるヴィオレッタ。
「可愛い娘の頼みだしね? それくらいのことならいくらでも聞いてあげるからね?」
「はい、お父様」
頭をそっと撫でてあげるだけで嬉しそうに微笑む彼女は、いつものように素直で、そして従順で――ちょっとだけ怖かった。
あと、今さらだけど俺、彼女のこと『家族』だとは言ったけど娘だとは一言もいってないんだけど……どうして『お父様』呼びなの?
* * *
畑を耕してから、しばらく経ったある日のこと。
小麦がちゃんと育ってるか気になって、こっそり村まで様子を見に行くことにした俺。
もちろん、大丈夫だってのは分かってる。
分かってるんだけど……もし不作だったら、超カッコ悪いじゃん?
だから、まぁ、その場合はコッソリ新しい畑を増やしておこうかと……。
そんなわけで、村の裏手の林を抜けて視界が開けた先――
「もうヴィオレッタが来てるじゃん……」
背筋をピンと伸ばして立つヴィオレッタの後ろ姿と、思わず条件反射で木陰に隠れてしまう俺。
なにかしらの気配を感じ取ったのか、彼女が周囲をキョロキョロと見回し始めた。
ジーナさんもそうだけど……なんなの?
村娘って全員野生動物並の勘の鋭さを持ってるの?
そんなヴィオレッタの向こう、これから小麦の刈り入れでもするのか、村人全員と思しき人数が整然と並んでいる。
一糸乱れず、皆でピシッと姿勢を正しているその姿は、まるで良く教育された兵の如く。
いや、ほんのひと月ふた月で、ヴィオレッタは連中にどんな教育をしてんだよ……。
そんな村人たちのさらに奥には黄金色に染まった麦畑が風に揺れていた。
麦穂を垂らしたその姿からも分かるように実入りに問題は無いだろう。
ほっと胸を撫で下ろし、踵を返そうとした――そのとき。
背中から聞こえてきたのは、聞き慣れたはずのヴィオレッタの声。
……なのに、何か様子がおかしい気がするのはどうしてだろう?
「さぁ皆さん、感謝の気持ちを込めて唱和してください。
『お父様が御手をもって畑を耕されし時、大地は悦びに震え、地より麦はたちまち芽吹きて、日をまたぐことなく豊かなる実りをもたらされました』」
「「「「「お父様が御手をもって畑を耕されし時、大地は悦びに震え、地より麦はたちまち芽吹きて、日をまたぐことなく豊かなる実りをもたらされました」」」」」
……は?
いきなり始まった説教、それとも聖書の朗読だろうか?
意味のわからないその光景に思わずその場で固まってしまう俺。
「モカさん。
今回畑がたかだか雨が降ったくらいで駄目になってしまったのは、いったいなぜだと思いますか?」
指名された少女――『モカさん』と呼ばれたおばさんが、勢いよく答える。
「はいヴィオレッタさん!
それは私たちが『お父様』の御恩を理解せず、敬う心を持たなかったからです!」
「ええ、その通りです。
あの試練は、お父様にご迷惑をおかけした結果としてもたらされたのです」
ちげぇよ!! 畑がダメになったのは台風が重なって大雨が降ったからだよ!!
ていうかこの人たち、俺のことを祟り神かなんかだと思ってる!?
困惑……圧倒的困惑。
「でも、あなたたちは今、お父様の慈愛を知ることができました。
これからは感謝を忘れず、敬う心を持って生きていけば、もう飢えることもなく、山賊のような連中に怯える必要だってありません。
お父様の御手の中で、赤子のように平穏に暮らしていけるでしょう」
「お父様……これまでの愚かな私をお許しください……」
「お父様……あれほど生意気だった私を……許してくださって、ありがとうございます……」
家の外ではあまり感情を出さないヴィオレッタが、今は慈母のような優しい笑みを浮かべている。
そしてその前で、泣きながら懺悔を始める村の女たち。
「では皆さん、再び感謝の気持ちを込めて唱えてください。
『お父様が葡萄の房を慈しみのうちにかき混ぜ給うた時、その汁は瞬く間に芳醇なるワインとなり、盃は絶えることなく満たされました』」
「「「「「お父様が葡萄の房を慈しみのうちにかき混ぜ給うた時、その汁は瞬く間に芳醇なるワインとなり、盃は絶えることなく満たされました」」」」」
どこからどう見てもヤバいカルト集団です。本当にありがとうございました。
『日をまたぐことなく実りがもたらされた』ってなんだよ!
育つまでに一週間くらいかかっとるわ!
……一週間で育つこと事態があり得ない現象だけれども。
ていうか、ヴィオレッタに頼まれた、
「村の者の慰安のためにお酒を作ってはいただけないでしょうか?」
って、そういう意味だったのかよ!
確かに、葡萄ジュースをグルグルしただけでワインが出来たけれども!
……某宗教の聖書に載ってそうな奇跡に見えなくもないな。
あれ? もしかしてヴィオレッタが俺を呼ぶ時の『お父様』って、最初からそういう意味のお父様だった……?




