第02話 SAN値が削られそうになるゲーマーのおっさん。
「『侯爵家の使節』を名乗る連中が村に現れたのは、皆がその日一日の畑仕事で泥まみれになった体を小川の水で洗い流していた、そんな夕暮れ時でした」
「お、おう……」
「いきなり何かの物語が始まったのです!?」
重苦しく黙り込む村人たちをかきわけ、俺の前まで進み出てきて両膝を付く少女。
まるで昔話を読み聞かせるように、小さいけれどよく通る声でそう語り出したのは、『ホラー少女』ことヴィオレッタだった。
「明らかに貴族とは思えない格好の男たちも混ざっていましたが……彼らは皆その手に武器を持っていました。
村長だった叔父は山賊ではないかと疑い、戸惑いながらも逆らうことなどできず……やつらを村に迎え入れるしかなかったのです」
「まぁ半裸とか全裸の人間までいましたからね……」
「村に入ってきた男たちはいやらしい笑みを浮かべて村の女たちを品定めするように眺めていました。
『とりあえず食い物を用意しろ!』
やつらに命令されるまま、叔父はしかたなく宴を開きました。
……貧しい村なりの、つつましいものでしたが」
語り続ける彼女の目は木のウロのように虚ろで。
けれど、その奥底に燃えるような、怨念のような感情が渦巻く。
「焚き火を囲み、賑やかに飲み食いする男たち。
私たちの村を訪れるより先にどこかから攫ってきていたのでしょう、すでに二十人ほどのボロをまとった女たちにその世話をさせていました」
彼女の言葉に後ろで聞いていた何人かの少女が身体を固くする。
「連中のそんな行動にただただ困惑する村の人間。
王都から来た貴族だなどと名乗っておきながら、田舎の酔っぱらいよりもたちの悪い下品な振る舞いをする。
その異様とも言える光景に、無理やり芸をさせられ、食べ物を、お酒を運ばされていた村の人間は『何も起こってくれるなよ……』そう祈ることしか出来ず」
「……ええと、アレって侯爵家の騎士団の話なんですよね?」
「……王都にいるのは騎士団ではなく、あの女が実権を握ってから集めた『兵団』なのです」
「しかし、そんな村の人間の想いが敵うことはありませんでした。
ベロベロに酔った男が、
「男爵様! そろそろ我慢の限界でさぁ! あの娘……かまやぁしませんよね!?」
と問いかけたかと思うと、小さな子供をその膝の上に乗せた、男爵と呼ばれた男が、
「ははっ、よかろう! 村の衆よ、今日は無礼講だ! お前たちも好きなように、好きな女を抱きまくるがいい!!」
と叫んだのです」
……同じような光景が他の村でも起こっていたのだろう。
身体を自分で抱きしめ、カタカタと震えだす少女たち。
「最初は意味もわからず、ただただ戸惑っていただけの村の男たちでしたが……連中が連れていた女たちの、そして村の女達の服を引きちぎるように乱暴に脱がし始めたのをきっかけに、そいつらと同じように、獣のように目を輝かせ――」
……そこから始まるのは聞く者すべての顔を強張らせるような、彼女が受けた『ソレ』の話。
うん? 『ソレ』じゃあわからない?
だから『アレ』……というか、『アーレー』な話だよ!!
あまりにも淡々と、しかし生々しく語られる出来事に、俺は言葉を挟むこともできなかった。
……もちろん興奮してるとか、そういうのじゃないからな?
俺だって紳士の端くれ。
佐藤……Sくんほどではないが、叡智なゲームだって、その成り立ちを年表で詳しく説明できるくらいにはプレイしてるさ!
……でも、それは『フィクション』の世界であるからいいのだ。
『クッコロ!』なんてのは、あくまでも恋人同士の演技やそういうお店でイメージプレイでやるから楽しめるものなわけで。
現実に目の前の少女が、それも自分の体験として語り始めたら……それはもう、完全に別物、ただただ痛ましいだけなのである。
「夜明けまで、あの連中に……いえ、村の男たちに、好き放題にされた後。
ようやく解放されるのかと思えば、そのままそいつらの馬車に押し込まれ、村から連れ出された私たち。
道中何度も他所の村に立ち寄り、女だけではなく食料も差し出させていたはずなのに……与えられるのはカビのはえそうなパンが一日に一つあるかないか。
いえ……食べ物なんてまだマシでした。飲み物のほうは――」
「……あいつら……銃弾一発で死なせてやるとか、ちょっと甘すぎたか?」
「さすがにその話は……いえ、昔の王妃の話で似たようなモノもありましたが……」
「当然、道中でも好き勝手に体を弄ばれました。
数日も経つ頃には、自分が人間だという感覚さえ失っていました。
私はただ、彼らの欲望を受け入れる道具になったのだと思いこむことで、心を壊すのを防いでいたのです」
……とういうか、どうしてこの子はそんな話を、連中と同じ男である俺の目をまっすぐ見つめながら語っているのか。
「いつ終わるとも知れない地獄のような日々でした。
あのまま続いていれば……あと数日経っていれば自ら命を絶つ者もいたでしょう。
――でも、それは起こりませんでした」
それまで感情もなく語っていた彼女の声がまるで希望を見出したかのように高くなり、そして震える。
「なぜなら、私たちはヒカル様に救われたからです!!」
「うおぅ!?!?」
び、ビックリするから……いきなりおっきい声出すの止めよ?
あと、助けたのは俺じゃなくて『俺たち』なんだけどね?
「私たちを虐げていた連中を……こともなげに打ち倒し!
このように穢れた身体の女を暖かくそのお屋敷に迎え入れ!
飢えることのないよう、毎日たくさんの食べ物まで恵んでくださったあなた様!!」
「(えっと、彼女の視線というか目が……怖いというかイッちゃってるんだけど、これ、どうすればいいのかな?)」
「(……知らないのです。なんかこう……上手く処理するのです)」
出来るわけ無いだろ!!
あれだよ!? この子、
『死んでいる人間の頭蓋骨を石で殴り続ける○○○○』
なんだよ!? それがいつの間にか、
『邪教集団の幹部。
もしかして:闇の聖女?』
みたいになってるんだよ!?
不幸などという言葉で済ませられないのはわかるけど、それでも好きこのんでこちらから関わりたいと思う人間なんて――
「おおきいちびっこ、その気持ち、わかる!」
……なんだろうこの、身内から裏切り者が現れたような切ない気持ちは。
そこから始まる二人の意気投合。
というかジーナさんとヴィオレッタ、これまでにも話をしたことがあるみたいで。
彼女、けっして悪い子ではないとは思うんだけどね?
お父さんとしてはあまり関わって欲しくないタイプのお友達なんだよなぁ……。




