第05話 ゲーマーの悪いところが出てしまうおっさん。
なんとかかんとか『凍死の危機』から三歩くらい遠ざかったと思ったら、今度は『食料難』が助走をつけて殴りかかって来たという。
しかも『塩すらない』と聞かされては、『同居人がちょっと臭うからお風呂が欲しい』などと悠長なことも言ってられないわけで。
もちろん保存食――ドングリに栄養がないとは思ってないんだよ?
むしろナッツ類を筆頭に、木の実は完全栄養食みたいなモノだし。
しかし……しかしである!
いかんせんここんちのドングリ、アクが強くて美味しくないのである。
そもそも、あれはジーナさん一人分しか用意してないだろうしなぁ……。
いきなり転がり込んできた居候が遠慮もせず浪費していい物ではないのだ。
ていうかさ。野生動物だって冬に備えてカロリーを蓄えるっていうのに……。
かたやスリムな美少女ジーナさん。
もう一人は病み上がりで細マッチョ崩れの俺。
二人揃って体脂肪率が絶望的に足りてないんだよ!!
「カロリー。高カロリーな食い物をどうにか」
代表格といえば、やっぱり脂! つまり肉!
手に入れるには、当然『狩り』になるわけだけど。
ジーナさん、弓は苦手って言ってたんだよなぁ。
まあ俺の『マップ』を使えば、獲物の位置はリアルタイム、ピンポイントでわかるんだけどさ。
とはいえ、余裕のまったくない現状で雪山を駆け回って体力を消耗したあげく、『何の成果も獲られませんでしたっ!!』となるのは避けたいところ。
というわけでもう一つの高カロリー枠、『砂糖』の登場となる! ……んだけどさ。
塩すらままならない貧ぼ……少しだけ金銭に不自由している我が家。
砂糖を買うなんて夢のまた夢。DRYDRY。違う、そうじゃない。
そもそも、こんな山奥で売ってるところがあるとも思えない。
『いや、狩りをするより入手困難な品物とか候補に挙げるだけ無駄だろ!』
と、思うじゃん?
でもね? それが案外そうでもなかったりするのだ。
たしかに『砂糖』そのものは絶対に無理。
でも、代用品ならなんとかなる! ……かもしれない。
ほら、ここって『森の中』じゃん?
しかも生えてるのは手の樹っていう『砂糖楓』の亜種だったんだよ。
さらに俺には『生産』技能なんてものまである。
……ここまで言えばもうわかるよね?
本来なら冬から春の、季節の変わり目にしか採れない『メープルウォーター』。
こんな冬に入ったばかりの季節では木の中に樹液が蓄えれられているはずもない。
でもほら、そこは木をコンコン叩くだけで伐採できる俺のチカラがあればどうにかなる! ……と思いたい。
「てことで! さっそく妄想……いや、妄想ってなんとなく響きがいかがわしいな」
うーん……ここは『想像』?
いっそのこと『創造』と呼ぶことにするか?
「まぁそんなことはどうでもいいとして、メープルウォーター、採集!」
先ほど焚き火を作った時と同じように、朧気ながら……話が長くなるからそれはもういいか。
『採集には道具「木の桶」と「木の筒」が必要です』というポップアップウインドが目の前に浮かぶ。
『木の』と付いてることから材料もちろん木材で、それなら外に大量にあるからな!
……留め金部分は金属製じゃないのか?
家を建てるのですら釘すら必要のない(ゲームの)世界で、そんなモノが必要なわけ無いだろ!
あっ、でも。さすがに大工道具くらいはないと……石斧でなんとかなるらしい。
万能過ぎるだろ石斧。
「パパは独り言が多い。話すならジーナと話してくれれば嬉しい」
「……ごめんごめん。別にジーナさんと話すのが嫌だとかじゃないからね?
むしろこれからここで一緒に暮らすために頑張ってるといいますか。
ふふっ、もうちょっと待ってくれたら、メープルシロップ――甘くて美味しい蜜が出来るから楽しみに待っててね?」
「……パパは元気になってもジーナと一緒にいてくれるの? それに甘いものも?
ジーナ、いくらでもまつ!!」
その年齢より幼い反応をするジーナさんが、悪い男に引っかからないか少しだけ心配になる俺だった。
* * *
黙々と木材を石斧で叩き続けること、おおよそ二時間。
やっとのこと完成したのは五組の桶と筒のセットだった。
「木工、ゲームだと数十秒もあれば終わるのに……思ってたよりも時間が掛かるものなんだな」
もっとも現実の数十秒は『ゲーム内の数時間』なんだけどさ。
「……パパのその感覚はおかしい。
普通は桶を一つ作るだけでも半日仕事になる。
あと、斧でコンコンするだけで桶が出来上がる意味がわからない。
そしてジーナはいくら甘くとも桶は食べれない」
「もちろん俺だって桶は食わないけどね?」
彼女の言う通り、おかしな生産効率ではあるんだろうけどさ。
でもほら、自分の中に染み付いてしまったゲーマーとしての感覚が俺を非常識な人間に変えてしまっているというかなんというか。
もちろんそれを修正や矯正しようなどという意思は……無い。
なぜならそれが『自分』という人間のアイデンティティなのだから!!
……よくこれまで日本でまともな生活が送れてたな俺。
道具が完成したなら、あとは砂糖楓――じゃなくて『手の樹』にそれを設置。
メープルウオーターを収集して煮込めば『メープルシロップ』の完成!
と、あいなる……予定だったのだが。
「そもそもその煮込む場所が存在しねぇ……」
なんたってここは竪穴式住居。
これまで料理……焼くのも煮炊きも全部真ん中の焚き火でしてたらしいんだけど。
俺の作ったそれは、あくまでも『暖房』ジャンルのアイテムなので、調理場として『技能』が認識しない、つまりオートで料理が出来ないのだ。
「焚き火万能説、ここで脆くも崩れてしまう……。
何にしてもとりあえずは調理台の設置……。
いや、この広さの空間ではさすがに無理だわ。
てことは隣に小屋を作ることから……どうせならまともなサイズの食堂を経てちゃうか!」
と、ここでまたまたゲーマーの悪いところである、
『先々使う場所なんだから最初からちゃんとした施設を作っておこう!』
が出てしまう。
たとえば調理台を置くだけの小屋。
普通の人なら『2×2マス(だいたい二メートル四方?)の小さな小屋を建てる。
なぜなら今必要なのはそのサイズだから。
使い勝手が悪くなればあとで建て直せばいいだけだしね?
しかしそれを、将来的に必要だからと、むしろ最初から屋敷の完成図を思い描きデカい図面を引いて『15×15マス(外周は壁なので使えるスペースは13×13、屋根が落ちるので真ん中に柱)』という、現実ならちょっとした一軒家レベルの広さにまでしてしまうのがゲーマーという生き物なのである。
「おかげでまるまる三日もかかってしまった……。
というか、俺とジーナさんの二人から人数が増える予定なんてないのに、どうして大食堂なんて作ってるんだよ……」
ま、まぁ? 食堂だけじゃなくレクリエーションとか、料理以外の生産施設とかもここに置いてもいいわけだし?
半分は冷蔵庫というか冷凍庫にする予定だし?
……いったい誰に対する何の言い訳だよ。
「……信じられない。
おうち……大きなおうちが三日で建った……」
目と口を大きく見開くジーナさん。
美少女でもその顔はちょっとだけホラーである。
そして残念ながら(?)、これは『おうち』の一部分でしかないんだ。
そもそもまだ床すら敷いていない壁と屋根だけの、出入り用のドアはあるけど窓もない『密閉された倉庫』みたいな建物だし。
さすがにこれだけ広いと焚き火ひとつだけで部屋の中をあたためることは出来ないので四隅に焚き火を設置。
「パパ!! そんなところで火を燃やしたらせっかくのおうちが火事になるよ!?」
「ああ、俺の作るこの焚き火なら大丈夫だよ?」
「ちょっと何を言ってるのかわからない」
そしてキッチン――今はまだ電気も水道もないので『原始的な竈』を設置しようとしたところで、
「竈を作るには石材が必要……。
どうして俺は、あれだけやりこんだゲームでこんなイージーミスを繰り返しているのか……」
PCの前にかじりついてプレイしてるときはこんな失敗はありえなかったんだけどなぁ……。
「そ、そう。これはそれなりに追い込まれているはずの今の状況が。
ジーナさんと二人で暮らしている今が物凄く充実しているがゆえの、浮かれた気持ちが起こしている過ち」
「パパはジーナと暮らしてるのが楽しいってこと?」
『もちろん!』と良い声で返事をしたいところではあるが、こっ恥ずかしいのでニコリと笑顔をむけるだけでごまかす。
それでも彼女は俺以上の微笑みを返してくれたんだけどね?
守りたい、この笑顔……。
些細なこととは言え、失敗を繰り返してる今の俺が言えたことじゃないけどさ。
「……どうしたの? そんなに強く自分の顔を叩い……あっ」
「ええと、今の『あっ』は一体なんなのかな?」
「大丈夫、ジーナはパパがそういうのが好きでも気にしない。
なぜならうちのお父さんもそうだったから!」
「俺が気にするから勘弁して?
あと、亡くなったお父さんの性癖を暴露するの止めてあげて?」
違うから! 俺はそうじゃないから!
ちょっと自分で自分に気合を入れただけだから!!