第43話 ゲーマーのおっさん、号泣したあとお願いされる。
「それにしても……ルミーナ様の婿がせめて『善良な変態』なら良かったのですが」
「変態に善良とかないのです!
すべての変態は悪質なのです!」
……せやろか?
俺の友人のS君なんて『ゲームはエロゲとギャルゲしかやらん!!』と豪語する男だったし、バイト先のギャルに「お金貸して(みついで)♡」って頼まれて素直に渡してたけど、根は真面目な好青年だったぞ?
「でも、婿取りするんですよね?」
「……もしかして、あなたは私を追い詰めたいのですか!?」
「だってほら。
人間って、追い詰められて初めて見える本音とか本質があるじゃないですか」
『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』ってやつだな。
「それは大人が子どもに取る対応ではないのです!
もうっ、なんなんですかもう!
ミーナはこれほどの美少女なのですよ!?
そこにいるだけで庇護欲がわきまくる、可愛さあふれる女の子なのですよ!?
そんな相手がこれほど困っえるのに! あなたは何も思わないのですか!?」
何も思ってないならとっとと帰ってるんだよなぁ……。
「そもそも庇護欲に関してはうちの娘のほうが上じゃないですか?」
「その娘はガチすぎるのです! 不幸話が笑えないのです!
それはもう別枠なのです! ドン引きなのです!」
「お嬢様、他人の不幸話で笑うのはあまりよろしくないご趣味かと。
外ではそのあたり、お控えになったほうが……」
「人聞きが悪いのです!
それではまるで私が、陰でコソコソ誰かを嘲笑ってるみたいなのです!
ミーナが性格の悪い美少女だと勘違いされてしまうのです!」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
「ンゴッ?」
「……なんなのです!? みんな揃ってその不思議そうな顔は!!
といいますか、そこの娘!
さっきまで食べていた『ちょこれーと』に加えて、焼き菓子まで全部無くなっているではありませんか!?」
「……ゴクッ。
フッ、所詮この世は――弱肉強食……」
「あなたのそれはただの暴飲暴食なのです!!
……はぁ……なんかもう、真面目に考えるのがバカらしくなってきたのです!」
幕末の人斬りみたいなことを言い出したジーナさんと、一人血圧の高そうなルミーナ嬢。
だってほら……ねぇ? 考えるもなにも、
「そもそもルミーナ様に残っている選択肢が三つしか無いのはおわかりでしょう?」
彼女が取れる行動は、
一、降伏。相手に従って変態と結婚して、おもちゃになる。
二、反発。(性的に)ヤられる前に(命を)ヤる。
三、戦術的撤退。ここから逃げ出す。
の三つだけ。
もっとも、すでに『逃げるのは嫌』だと言っているので実質的に二択となってしまっているわけだが。
「……もちろんそれはしょうちしております。
しかし、その選択のどれもが重い……少なくとも変態と結婚は嫌すぎるのです!
ミーナはこう見えてただの、可愛いだけの九歳児なのですよ!?」
ルミーナ嬢、いつの間にか誕生日を迎えて……いや、昔みたいに、歳が明けたら一斉に年齢が上がるシステムなのかも?
というか、見た目は子どもそのままなんだけどねぇ?
……その『内側』が色々おかしいだけで。
俺のような転移……転生を疑うレベル。
「……リアンナさん。
王国の貴族の子どもって、みんなこんな感じなんです?」
「いえ、普通はもっと聞き分けが良いか、わがままか……。
少なくとも、こんなタイプの子どもはなかなかいませんね」
「人を『こんな』扱いは止めるのです!!」
両手をぶんぶん振り回しながら、ほっぺをぷくっと膨らませていたルミーナ嬢。
「はぁ……」
そんな彼女が小さくため息を一つ。
ぷくっと膨らんでいた頬がしぼむと、そこに浮かんだのは年相応とは思えない――大人びた、どこか哀しげな表情だった。
「お父様が身罷られた時点で……。
私の子どもの時間は終わってしまったのです」
開いていない窓の向こう、どこか遠い場所を見つめるその姿に、さすがの俺も茶々を入れる気にはなれず。
ただ沈黙だけが包み込みそうになった部屋の中。
不意にそれを打ち破ったのは、俺の隣にいたジーナさんだった。
「ちびっこ、その気持ち、わかる!
ジーナのお父さんは、ジーナにとっていいお父さんじゃなかった。
それでも……死んじゃったときは、ものすごく悲しかった。
ひとりぼっちになって、もうどうしようもないと思った。どうでもいいと思った。
だから冬籠りの支度も途中でやめて――死んでしまおうと思った」
……ああ、なるほど。
だから俺が拾われた当時の小屋には薪もなければ、食料も無かったのか。
「でも、ジーナは死ねなかった。
ちゃんと用意もしていなかった食べ物を少しずつ食べて、残り少ない薪で凍えそうになりながらも生きていた」
俺が出会った頃の彼女――痩せ細った鶏ガラのような、体を拭うことも出来ていなかった彼女を思い出す。
「そんな時、ジーナはパパを見つけた!!
最初はただ寂しくて……最後に誰かといっしょにいたいだけだったけど……」
イタズラが見つかった大型犬のような顔でこちらを見つめるジーナさん。
「でも! そんな自分勝手なジーナに焚き火をくれた!
あったかくて、ほっとする明かりをくれた!
おいしいご飯もくれた! 一緒にメープルグルグルもした!
美味しいお肉も食べられるようになった!
食べたこともないようなごはんをいっぱい作ってくれた!
……でも」
立ち上がり、俺の顔をギュッと、力強く抱きしめる彼女。
「そんなモノよりもっと大事なものをくれた!
誰かと一緒にいるのは、こんなに楽しいことなんだって教えてくれた!
ジーナに家族になろうって……そう言ってくれた!!」
「ジーナさん……」
俺が出会ってからの彼女――いつだって楽しそうに、幸せそうに笑っている彼女の中にあった俺に対するいろいろな気持ち。
それを、こんな形で聞かされることになったおっさん、顔を抱きかかえられながら号泣。
「……あなたが羨ましいです。
そのように頼れる相手がいることが」
「ふざけるな、ちびっこ!!!」
ルミーナ嬢の一言にジーナさんの声が爆ぜる。
まるで、心の奥にしまい込んでいた感情が堰を切って溢れ出すように。
「お前はジーナみたいに、何もかも、全部が失くなったわけじゃない!
回りにいっぱい人がいた! お前に優しくしてくれる人が!
そんな甘ったれたことはジーナみたいに! 真っ暗で寒い小屋の中ひとり、涙が出なくなるまで大声で泣いてから言え!!」
「ふ、ふざけるなはこちらの台詞なのです!!」
そんな彼女の向かい側、今度はルミーナ嬢が立ち上がる。
顔は真っ赤、目にはうっすらと涙。
怒りとも悔しさともつかぬ、込み上げた感情に声を震わせる。
「あなたのような平民に私の!
上位貴族として生まれた者の何がわかるというのですか!?
私がどれほどのものを背負って! どれほどことを我慢してっっ!!
……どれほどの想いを背負いながら毎日を過ごしてきたか想像できますか!?」
「そんなことできるわけない!
ジーナはジーナ! ちびっこはちびっこ!
でも、ちびっこはパパが来てくれるまでのジーナより何倍も幸せな場所にいる!
おばさんとかおばさんとかおばさんがいっぱいそばにいてくれる!!」
「おばさん……」
「えっ? リアンナだけじゃなくて私もおばさんなのか……?」
「……皆が私を支えてくれているのは当然わかっています。
ですが……私は貴族なのです。
彼女たちに支えられるのではなく、支える側でなくてはならないのです!」
「……お嬢様、それは違いますよ?」
そっと背後から声をかけたのは、さきほどまで「おばさん……」を呪詛のように繰り返していたリアンナさんだった。
「貴族というのは、神輿のようなもの。
担ぐのは、私たちです。
お嬢様は、ただそこに座っていてくださればいいのですよ?」
「……そうだな」
続いて口を開いたのはアデレードさん。
「旦那様が亡くなられてからのお嬢様は、あまりにも張りつめすぎている。
ヒカルがこの屋敷に出入りするようになってから、ようやく少し笑うようにはなったが……。
もっと肩の力を抜かないと、そのうち体を壊しちまうよ?
そもそも貴族なんて家来に命令、丸投げするのが仕事なんだからな?」
「リアンナ……アデレード……」
そっと呟くように二人の名を呼ぶルミーナ嬢の頬を、ひと粒の涙が静かに伝った。
「そう……ですね。
では、あなたたちの言うように、そしてそちらの娘が言うように、存分に頼らせていただくといたしましょう」
キュッと手を握り、その表情を引き締めた彼女が言葉を続ける。
「リアンナ、後のことはよしなに」
「かしこまりましたお嬢様。
……アデレード、あとのことは任せましたよ?」
「おう! 大船に乗ったつもりでいるんだな!
……ヒカル、どうにかしてくれ」
「何その嫌な上意下達……」