第41話 暗殺者ではなく婚約者が送り込まれてくるらしい。
『どのくらい知っている作物までなら生産可能なのか実験』
……の副産物として新しく生まれた、保存のきく特産品。
果物からはドライフルーツ、カカオからはチョコレートを作ることができた――のはいいんだけどさ。
「パパ……ジーナはまた、赤ちゃんが産める体に……」
「いやそれ、ただのチョコの食べすぎで出た鼻血だから。
赤ちゃんとか関係ないやつだから」
女子高生(くらいの年齢の女の子)が、おっさんが反応に困るボケをかましてくるのやめて?
ていうか、チョコを食べて鼻血出す人って実在したんだな……。
「フッ、ドングリとはこれからも仲良くしていけると思っていた。
でも……ダミアンナッツを知ってしまったジーナは、もうドングリでは満足できない体にされてしまった……
ああ……なんという、ほろ苦いお別れ……」
「ほろ苦いのは気持ちじゃなくて、試しに作ったビターすぎるチョコをつまみ食いしたからだと思うけどね?
たぶん鼻血もそのせいだと思うけどね?
あと、ダミアンじゃなくてマカダミア……あれ? マカデミアだっけ?」
そして調理中に鼻血を垂らしながら近づいてくるのはやめて!
ヤンデレ彼女の手作りバレンタインみたいになっちゃうから!
「……というかパパ。さっきからジーナの体がおかしい。
なんかこう……ポカポカするというか……ムラムラする!」
……そういえば、カカオってちょっとした興奮作用があるんだっけ?
「パパ……ジーナはもう……我慢できない!
……思いっきり……何かを壊したい!!」
「まさかの破壊衝動!?」
家の中の物を壊されるのはさすがに困るので、斧を持たせて材木の伐採に向かってもらった。
* * *
「はぁ……」
チョコレートに加えて、焼き菓子――マドレーヌとフィナンシェも完成。
カヌレだって、大阪の駅ナカで作ってるのを見た記憶があるはずなんだけど……たぶん(お値段の都合で)俺が食べたことがないからか作れなかったという。
いやだってさ、あんなコーヒーシロップの容器みたいなヤツが200円以上もするんだよ!?
それならマネ○ンで普通にワッフル、ビア○パでシュークリーム買うよね?
マカロンと生ドーナツ! お前らだって他人事じゃないんだからな! よそ見してんなよ!?
……まぁ、そんな貧乏性な俺の話はどうでもいいとして。
完成したチョコと焼き菓子を『ちょっとオシャレな籠』にぎっしり詰めて、幼女様のところへおすそ分けにやって来た俺とジーナさん。
「はぁ……」
「いや、チラチラこっち見ながらわざとらしくため息とかつかれても、『いかがされました?』とか聞きませんよ?」
「どうしてですか!?
このような幼気な少女が、これほど思い、悩んでいるのですよ!?
……といいますかそこの娘! それはミーナへのお土産なのです!
それをどうして一人で勝手にパクパクパクパクと食べているのですか!!」
「フッ、赤ちゃんも産めないちびっこに、チョコレートはまだ早い。
まずは茹でただけのドングリから始めるべき。メープル禁止」
「またおかしなマウントを……。
あなたこそ、ドングリが大好きなのですから、ドングリだけ食べていればいいでしょうが!!」
「フッ、ジーナはもう……ドングリとは決別した。
今はダミアンとカシュー、そしてアーモンドとピーナッツに夢中」
「どれも聞いたことが無いのでそれが食べ物なのかどうかすらわからないのです!
……といいますか、ちょこれーと? と言うのは、その黒くて丸いモノのことなのですよね?」
「……違う。これは、ドングリをウサギの糞でくるんだだけのゴミ」
「そんなものを領主への土産に持ってくる人間がどこにいますか!?
といいますか、ドングリになんの恨みがあってそのような奇行に及んだのですか!?
もし仮にそれが本当だとしたら、嬉しそうにそれをパクパクと口にしているあなたはいったい何者なのですか!?」
「……ちびっこ、ウサギは自分の糞を食べて成長する。
だから人間がソレを食べても……おそらく問題ない。
ジーナも食べるものが水しかなかったとき、ちょっとだけ試してみようかと思った。
……けど、さすがにそれは無理だった」
「うん、それは止めて正解だったね」
「えっ!? 今の話に対する反応がそのような薄いモノだけなのです!?
人間が動物の○ン○を食べようとしていたのですよ!?」
「ルミーナ様、レディが『○ン○』などと言うのはいかがなものかと」
「突っ込むのはそこではないのです!!
まず水は食べ物じゃない、というところからその娘に教えてあげるのです!!」
「でもほら。ジーナさんって一人暮らししてた時は『水を煮込んだスープ』とか飲んでたらしいですし」
「あなたも冷静になるのです!
それはスープとは言わないのです!
どれだけ煮込んでも、水がお湯になっただけなのです!
しばらく放置すれば消えて無くなるだけなのです!」
「でも鍋にこびりついた匂いがちょっとだけ移るよ?」
「ジーナさん。そろそろ俺が泣きそうなのでその話はそのへんで……」
「これまでどのような生活をしていたのですかこの娘は……。
くだらないことでため息をついていたミーナが馬鹿みたいなのです……」
「お嬢様、いきなり婚約者が送り込まれることになったのを『くだらない』の一言で済ませるのはさすがにどうかと」
「えっ? ルミーナ様って、ご結婚されるんですか?
俺にプロポーズまでしておいて、その舌の根も乾かないうちに?」
「別に、したくてするわけではないのです!
どうすれば波風立てずに断れるか考えていたところに、あなたたちが来たので相談しようと思っていたのです!」
「ああ、なるほど。
それがさっきのわざとらしいチラ見だったんですね?
……というかその婚約話って、俺が『アレ』をやっちゃったことと関係ありますよね?」
「……まったく無関係とは言えませんが、気にするほどのことではありません。
そもそも『どうやって私に嫌がらせをするか?』しか考えていないような連中ですから。
遅かれ早かれ何か手を打ってくるのは予想出来ていましたので。
もっとも、私は『暗殺』しにくるだろうと思っていたのですが……よほど私のことが嫌いなのでしょうね。これほどの嫌がらせをしてくるとは思ってもいませんでした」
「暗殺より酷い結婚とは一体……。
そのお相手ってそんなにおかしな人間なんですか?」
「そうですね。
男爵家の三男――それだけなら、
『侯爵家の娘が何の手柄もない下級貴族に嫁ぐ』
ことの異例さを除けば、ギリギリあり得る範囲なのですが。
年齢は……確か、四十三歳でしたか?
こちらも、貴族同士の結婚としてはまぁ。
……普通は年若い娘をくらいの高い貴族に送り込むものですが」
「……なるほど、もうその時点で大概ですね」
「ですが、問題はそこではないのです。
その男、昔から使用人や領内の幼い娘たちを部屋に連れ込んでは、おもちゃにしていたような人間でして」
「それは、なんといいますか……」
「私の婿として送り込まれる時点で、そういう嗜好の人間が選ばれているのも、まぁ納得ではあるのですが……。
聞いた話では、幼女趣味に加えて、嗜虐趣味まで持ち合わせているとか。
子どもの手足を――」
「アーアーアー!! いいです、もういいです!!
罪のない子どものそういう話は心にくるので要らないです!!」
……なら罪のある子どもは?
もちろん大人であろうが子どもであろうが罪は償うべきだろ?
「っていうか、そんな人間が領主になんてなったら。
うちの娘にどんな危害が及ぶかわかったもんじゃないんですけど?」
「その娘なら、何かが起こる前に相手を『どうにか』してしまうと思いますが……というかリアンナ!
どうしてあなたの前にだけ、焼き菓子が山盛りになった皿が置かれてるのですか!
こうして私が真面目な話をしてるというのに……バターと砂糖の混ざったすごくいい匂いが漂ってきて、さきほどからお腹が鳴りそうなのです!」
「……これは、毒見です」
「あなた、それでもう五個目ですよね!?
いいから、その籠を早くこちらによこしなさい!!」