第34話 異世界でも『世間は狭い』と思ったゲーマーのおっさん。
元村長の家で、いったいどんな話を吹き込まれたのかは知らないが……山を登ってきている招かれざる客たち。
もっとも、前回この屋敷に押しかけてきた『村の男たち全員』と比べれば、今回の人数はたったの八人。うち一人は元村長の嫁だし。
さすがにそんな少人数でやって来て、力ずくでどうこうという展開にはならない……と思いたい。
「ジーナさん、もう少ししたらまた『アレ』な連中がいっぱい来るから。
寒くない格好で正面――右側の矢狭間の内側に隠れておいてもらえるかな?」
「わかった! ……見つけ次第撃ってもいい?」
「いや、無駄になっちゃうとは思うけど一応話だけは聞いてからね。
揉めるとしても、相手が逃げられない距離まで引きつけておきたいのもあるし」
相変わらず『殺る気』満々なジーナさん。
新しい『武器』――やっと作ることが出来た『ライフル』を撫でながらとても良い笑顔で微笑んでいる。
もっとも、俺だって人のことを言えないくらい最近は殺伐として――いや、シミュレーション系のゲームしてる時はもっと荒んだ感じだったわ。
少し手前で村長の嫁をその場に置き去り、そこからは早足で山道を上って来た連中が門の前に到着したのは一時間ほどしてから。
「ごめんください! ごめんください!
こちら、ヒカル殿とジーナ殿のお屋敷で間違いございませんかな?
私は『領都アルイズ』よりまいった行商人、ノトスと申します!
ご領主様よりヒカル殿の話を伺い、せめてご挨拶だけでもと手土産を持ってうかがいました!」
いかにも『私はただの善良な商人です』とでも言いたげな礼儀正しい呼びかけ。
地声なのかそれとも作っているのか、声音も誠実そのものという感じ……ではあるのだが、いかんせんその内容がいただけない。
領主――つまりルミーナ嬢から話を俺のことを聞いたって言ってるけどさ。
こいつ、村長の家から直接ここに来てるからね?
というかそんな、俺が彼女に確認するだけでバレてしまうような嘘をついてどうしようというのか?
……まぁ単純に考えれば、こいつは『俺とルミーナ嬢を二度と会わせないつもり』ってことになるんだけど。
さすがに初対面の商人にそこまで敵意を向けられる理由がわからない。
もちろん俺みたいな人間がルミーナ嬢の周囲をウロチョロしてたら邪魔だと思うのはわかるけど……。
それにしても『商人(密偵)』をやってるような人間が私怨もなく、そんな短絡的な動きをするだろうか?
とりあえず顔だけでも見てやろうと、ジーナさんがいる右側ではなく、左側の壁に登り矢狭間からそっと覗いてみる。
なんというか、見た目は普通のおっさん……いや、言うほど普通か?
歳はたぶん四十から五十くらい? 俺よりだいぶ上に見えるけど……どうなんだろう?
首が埋もれて見えないくらいにブヨブヨとした体つき。
どこかカエルを彷彿とさせる顔。
正直、商人として成功出来るようには見えないが……だからこそ密偵の真似事なんてしてるのか?
何にしても侯爵家に取り入れるだけの能力はあるんだからかなり優秀ではあるんだろうけど。
……うん、やっぱり今回の行動の意味がまったくわからない。
村の連中のように、勝手に柵を乗り越えようとすることもなく。
荷運びにしてはやたら体格のいい男が背から大きな『葛籠』を下ろす。
「このような山中ではいろいろと不便もおありかと、鍋釜などの金物を持ってきました!」
……鍋釜ねぇ?
さすがに何も返事を返さないのも不自然なので、こちらも声を張って応じる。
「これはこれは、丁寧なご挨拶ありがとうございます!
領主様がどのようなお話をされたのかは存じませんが、私はただの行き倒れでして!
御用商人の方から、そのような立派な『お土産』を頂戴できるような身分ではないのですが!」
もちろん、本当に土産なら喜んで貰うんだけどね?
あの葛籠……中に人が入ってるみたいなんだよなぁ。
「なんのなんの、ご謙遜を!
お若いのに狩りも得意なご様子! 毛皮の取引などさせていただければ!
とはいえ、いきなりこのようい大勢でお宅を訪ねるのもご迷惑でしょうし、警戒されるのも当然!
今回はこの辺りで引き返しますが、またいずれご領主様のお屋敷で改めてご挨拶を!
……ああ、でもせっかくですので!
せめて持参した土産だけでもお受け取りいただければ幸いです!」
――なるほどな。
俺が門を開けて外に出た瞬間に葛籠から飛び出す。
あるいは俺がそれを運ぼうとしたところを『ブスリ』。
それとも『トロイの木馬』よろしく、葛籠ごと中に入ってから暴れ回る。
こちらが油断していれば悪くない手だったろうけど……。
残念なことにマップ画面だと葛籠の上に、中にいる奴の名前がバッチリ表示されてるんだよ。
「……そこまでおっしゃられるなら、お土産を突き返す方が失礼になりますね!
では遠慮なく――」
俺は肩に担いだ銃を構え、
ダン! ダン! ダン!
葛籠へ向けて三度銃爪を引く。
おそらく聞いたことのないような破裂音、そして葛籠から流れ出る大量の血液にただただ呆然と立ち尽くす男たち。
「……土産の『グリーズ』という男の命、ありがたくいただきました!
ということで全員! 頭の後ろで手を組んでその場に伏せろ!
もし一歩でも動けば――」
ダン! ダン! ダン! ダン! ダン!
俺の言葉が終わるよりも早く、五発の銃声が山中に轟いた。
逃げようとした男、五人全員が頭を撃ち抜かれ、その場に崩れ落ちる。
……撃ったのはもちろん俺ではなくジーナさんである。
「――そのような目にあうことになりますよ?」
と言っても、残ってるのは自称商人が一人だけなんだけどな。
「ふ、ふ、ふ、ふ……」
えっ、何? あのカエル、いきなり笑い出したんだけど?
もしかして恐怖で気でも触れたのか?
「ふざけるなあああああっ!!
貴様、こんなことをしてただで済むと思っているのか!?
私が誰だかわかって言ってるのかッ!!」
「誰ってガマガエル……じゃなくて、ノトスっておっさんだろ?
もっとも、俺の中では『敵』でしかないんだが、それがどうかしたのか?」
どうしてこういう連中は、先に襲いかかろうとしておきながら、反撃された途端に逆ギレするのか。
「どうかした、だと!? お、お前、それは正気か!?
私はネレイデス侯爵家の命令で動いている人間だぞ!?
いや、そもそもお前ぇぇぇぇ!!
誰の許しをえて私の女と」
ダン!
「ひいいいいっ!?
な、なにをする! 無抵抗な人間に何をする!?」
「いやいや、いきなり意味不明なことを喚きだしたからさ」
武器を持っている父親の前でその娘を『俺の女』呼ばわりするとか、どう考えても死にたがってるとしか思えないだろ?
「というかジーナさん、あのカエルおやじのこと何か知ってる?」
「まったく知らない!」
「じ、ジーナ!!
『あの女』から婚約の話は聞いているはずだろうが!?
お前のために、私がどれだけの金をあいつに出したと思ってるんだ!!
それなのに! それなのに知らない間に見知らぬ男を連れ込みやがってっ!!」
……あれ?
なんだろう、なんとなく既視感のある話が……。
「まさかと思うけどあんた、自分は『ジーナさんの叔父だ!』とか言い出さないよな?」
「な、なんだお前……それを知っていて、私にこんな仕打ちをしたのか!?」
「いやいやいや!! それはない、それだけはない。
だってあんた、どう見ても四十過ぎ、下手したら五十も越えてるカエルおやじだろ!?」
顔だってパーツの数以外は似ても似つかないし!
もしかしてあれか? 悪い魔法使いにそんな姿に――
「ふざけるな! 私はまだ二十五だ!
それをさっきからおっさんおっさんと無礼な!!」
などと、現在も意味不明な供述を繰り返しており。
……なんというか、世間って狭いな!
てか『私怨もなく』どころか、『私怨(逆恨み)しかない』犯行だったようだ。