第33話 雪解け早々厄介事に巻き込まれそうなゲーマーのおっさん。
ルミーナ嬢のツッコミも聞けたことで、思い残すこと無くどんどんお皿を食卓に並べてゆくリアンナさん。
「あるなら最初から出すのです!
これは……久しぶりのシチューなのです!」
「ふっ、うちでは二日に一回は出てくるけど」
「この娘は相変わらずミーナにマウントを取ろうとするのです!!
……といいますか、こちらの表面を焦がしたのもシチューなのです?」
「そちらはグラタンですね。
てことで、本日のお昼ごはんのお品書きは――」
◆ もやしとオオカミ肉の炒め物
お貴族様に出すのにさすがにそのままではアレだと思い、リアンナさんにひげ取りを頼んだんだけど……単純作業と量の多さで途中から目が死んでた。
なお、最初にルミーナ嬢の前に置かれたのは『肉抜き』仕様。
◆ アスパラとウサギ肉のクリームシチュー
ごくごく普通のシチュー。
◆ キノコのグラタン
俺とジーナさんの分はキノコ抜き&鶏肉入り。
◆ もやしとキノコとアスパラのバター炒め
バターで炒めれば何だって旨い!
「――となっております」
「ここのところずっと地味な食事が続いていたのですごく豪華に見えるのです!!」
「かわいそう……」
「なんなのですかこの娘は……。
マウントを取られるより、憐れまれるほうが腹が立つのです!!
……ところでリアンナ、そちらのお皿、見間違いでなければ大量のキノコが盛られているのですが」
「ええ、見間違いではありません。
それと、さきほどお嬢様が見ておられた、表面がこんがりしているのはチーズです」
「……はぁっ!?」
やはりお子様。ルミーナ嬢もキノコ嫌い同盟の一員……ではなかったようで。
「王都でこれだけの種類のキノコを揃えようと思ったら、かなりの金額になると思うのですが……いえ、そもそもキノコって冬に採れるものなのですか?
それにチーズ! ガラスと同じく製法が秘匿されていて専門の職人以外がどうこうできるものではないはずですが。
そもそもチーズというのはかなりの時間熟成させる必要があるのでは?」
「ふふっ、パパは何でもグルグルするだけで作れる!!」
「そんなわけがないでしょうが……」
「いえ、それがですね……本当に、ヒカルさんは鍋に入れた牛乳をグルグルとかき混ぜるだけで、十分も掛からずにチーズを作ってしまったのです。
あと、そちらのキノコもすべて、ご自分で栽培されたモノらしいです」
「意味がわからないのです……。
何なのです? あなたはただの詐欺師ではなく、実演販売が可能な詐欺師だったのです?」
「いや、実演できてる時点で詐欺師ではないと思うんですけど。
というか、そもそもが詐欺師ではないんですけどね?
それにどちらも、そんなに難しいことではないですよ?
そのチーズだって『フレッシュチーズ』――」
……いや、本当にそうだっただろうか?
材料はお酢と牛乳だったから、勝手にモッツァレラ的なやつだと思い込んでたけど……グラタンにかける時、そのままだと溶けなさそうだったから削ったんだけど?
「数百年試行錯誤されていますが成功例がほとんど無く、仮に成功しても再現性の無いキノコの栽培を『簡単』と言いますか……。
あなた、リアンナの婿に」
「パパはジーナ以外の女には興味がないからならない!!」
その一言で部屋の空気に『ピシッ』と亀裂が走る。
そして俺に向けられる、メイドさんからの冷たい視線。
「……何もしてませんからね?
あくまでも、『娘』として、『父娘』としての愛情だけですからね?」
ジーナさん、言い方ぁぁぁぁっ!!
それだと俺が命の恩人に手を出しちゃうヤベェ奴みたいに聞こえちゃうでしょ!!
「……リアンナではなくミーナが良いのです?」
「寝言は寝て言え?」
追加で『少女趣味』疑惑まで掛けられちゃってるし!!
というか、ジーナさんは年齢的にそこまで問題ではない……あれかな?
彼女、ちょっと肉体的成長が遅いというか見た目とか行動が幼い感じだから、実年齢より若く見られてるのかな?
* * *
ルミーナ嬢との食事会から、早くも二週間が過ぎた。
最近の俺の仕事はといえば、近場の雪を取り除きながらの畑作業と山に入っての採掘作業がメインとなってきている。
そんな、のんびりとした冬と比べればかなり忙しくなった俺だが――朝、昼、夜と日課である広域マップの確認だけは欠かさない。
警戒なんていくらしてても足りない世界だからね?
いつもなら『特記事項ナシ』の一言で終わるはずだったマップのチェックだったんだけど……雪解けがまだらな山道を南――つまりミーツ北方領の領都方面から、一組の小隊が登ってきているのを見つけてしまう。
おそらく、あれがルミーナ嬢の継母が彼女の監視に使っている『紐付きの商人』なのだろう。
「というかポーンの色が『白(中立)』なのは――」
いやそもそも相手はまだ『こちら』の存在を知らないわけだしな。
俺がルミーナ嬢配下の人間ならまだしも、会ったこともない『(自称)商人』に敵対されている方がおかしいわけで。
「こんな山の中で暮らしてるんだし、連中がいる間は村に下りていかなければ何の問題もないな」
……なんていうのはかなり甘い考えだったらしく。
そのまま雪道を進んできた小隊が夕方頃には村に到着。
普段から定宿にしているのか、元村長の屋敷に向かう。
「まぁ諜報活動をしてるような人間だし。
村の人間から話くらいは仕入れるわな」
それからしばらくして。
当然のように、ポーンの色は真っ赤に染まる。
元村長の家族? そっちは最初から赤ですが何か?
俺からすれば『勝手に突っかかってきて、勝手に自滅したバカの集団』程度の認識しかなかったけど、向こうにしてみれば『自分たちの生活をいきなり壊してしまった悪魔』みたいな人間だからな。
それまで自由気まま……でもないだろうが、それなりに、他所と比べれば裕福に暮らしていたのがまさかの食べ物にも困る有り様。
それまでへぇへぇ言うことを聞いていた村の人間からも厄介者の村八分扱いされてしまえば、恨みを抱いても仕方はないだろう。
完全に逆恨みではあるんだけど……人間なんてそんなものなのである。
もしもジーナさんがいきなり家に知らないイケメンとか連れてきたら、俺だって殺意の一つや二つ覚えるからね?
「……それにしても、領都の商人か」
なんかこう、うちの娘さん関連で嫌な記憶しかないんだよなぁ。
「えっと、ジーナさんは『ノトス』って人知ってる?」
「ん? んー……多分知らない!!」
どうやら彼女の身内関連ではない……とも言い切れないな。
母方の人間とは面識のない彼女が相手の名前を知らないだけで、向こうは彼女のことを知ってるかもしれないし。
翌朝、領主の館へ向かうと思っていたその商隊。
元村長の嫁を道案内にして山道を上ってきてるんだけど……。




