第29話 ゲーマーのおっさん、『パンツが欲しい』と幼女に懇願する。
大貴族の正当な後継者が簒奪者に追われながらも僻地へとたどり着き、これで一安心かと思えば村が盗賊たちに襲われる。
まるで『SRPG(手ごわいシミュレーション)』のプロローグのような幼女様の生い立ち。
……いや、『盗賊に村を襲われた』のではなく、『盗賊村の連中に襲われた』が正しいんだけどね?
「とりあえず、グレーターデーモン閣下のご家庭の事情はどうでもいいとして――」
「まったく良くはないのですが!?
……と言いたいところですが、こちらから何かアクションを起こせるわけでもありませんし、グダグダ悩んでも仕方ありませんからね?」
「切り替えが早くて助かります」
それでなくとも、俺も彼女も『何も持っていない』状況からのスタートなのだ。
余計なことに割いていられるほどの『リソース』――資源にも人材にも、まったく余裕などないのである。
「ということで、まずはお互いの状況と目的をすり合わせから始めましょう。
お互いに『協力』できるところは、積極的協力……出来ればいいですね?」
「……何でしょうあなたの言葉の読み方が別の言葉に思えるのですが」
「間違いなく気のせいだと思いますよ?」
「そもそも!
『しましょう』ではなく『出来ればいい』というところに距離感を感じるのです!!
……私たちはすでに一心同体と言っても過言ではない間柄でしょう?」
「まったくそんな関係ではないですけどね?」
いや、そんな恨めしそうな顔でぷくっと頬を膨らまされても……。
もちろん、ルミーナ嬢のことは嫌いではない――というか、これまでの境遇には同情するし、その能力や考え方に驚愕も共感もしてるんだけど……こちらも生活とか命が掛かってるからね?
それはそれ、これはこれなのである。
「さて、まずは我がヒカル・コロニーからの要望なのですが――」
現在、こちらで特に必要としているものは以下の通り。
・食材
ジーナさんの狩猟で肉は確保できているし、雪さえ解ければ『生産』技能で農業も可能になるので緊急性は低い。
ただ、同じものばかり食べ続けるのはさすがに飽きちゃうからなぁ……。
調味料や香辛料――胡椒とか唐辛子ではなく、ニンニクや生姜などでOK!――があれば、ジーナさんのテンションも上がる(つまり俺も嬉しい)ので、できれば確保したいところ。
・資源
特に不足しているのが布や糸、衣類関係。
毛皮はあるが直履きには向かないんだよ……。
これも農業が可能になれば解決する問題ではあるんだけど……せめて着替えのシャツとパンツくらいは欲しいところ。
加えて、鉄や銅といった金属素材。
こちらも『生産』技能で採掘で入手が可能なんだけど、雪が邪魔で……。
いや、農業とは違い、頑張ればなんとかなりそうではあるんだけどね?
鉄さえあれば作れる道具の幅が一気に広がるので、最優先で確保はしておきたいんだけどさ。
「ところで、この国で『飛び道具』――遠距離用の武器はどのようなモノを使ってます?」
「……アデレード?」
ルミーナ嬢が背後の騎士に声を掛ける。
「そうだな。
基本はもちろん弓。力がある兵ならば投槍。
何の訓練もしていない民兵などは投石だな。
弩弓もあるが、持ち運びが面倒だし、壊れたらバラして修理する必要があるし……何より金がかかる!
ああ、攻城戦や防衛用の大型弩や投石機もあるにはあるが、そういうことを聞きたいのではないのだろう?」
いや、聞きたくないわけではないけど……なるほど、投石機か。
「ちなみに『鉄砲』という武器に聞き覚えはありませんか?」
「……??? なんだそれは???」
どうやらこの国では鉄砲が出回っていないようだ。
やったねジーナさん! アサルトライフルで無双できるよっ!!
・人材
数は力!! ……ではあるんだけど、ジーナさん並みに信用できる人材なんて、そう簡単に見つかるわけもなく。
とはいえ農業や採掘を始めれば、確実に人手が足りなくなるのは目に見えている。
ご領主様ご一行? そっちははほら、別コロニーのメンバーだから……。
「そういえば農業つながりで思い出しましたが、『牛乳』とか『卵』。
リアンナさんは『朝から届いた』って言ってましたよね?」
「ふふっ。まさかあの時ヒカルさんと交わした、そのような些細なお話まで覚えてらっしゃるなんて……。
はい、村の農家に牛と鶏を預けてありますので。
世話をする手間賃として収穫物の三分の一ほどを渡して、残りは毎日届けさせております」
「(リアンナが女の顔をしているのです……)」
「(このあいだお嬢様が見合いの話などされたからでは……)」
なにやら小さい声で話しているルミーナ嬢と護衛の騎士様。
「なるほど。……といいますかそれって大丈夫です?
それでなくとも村の人間とは微妙な状態ですし、もし逆恨みで毒を混ぜられでもしたら。
それでなくとも、せっかくの家畜を殺されたりしたら、次の補充の目処が立ちませんよね?」
「……確かに、そのとおりですね。
リアンナ、何人か連れて、家畜を回収してきなさい」
「かしこまりました、お嬢様。
……と、申し上げたいのですが――この屋敷には家畜小屋がありません。
さすがにこの雪の中、外で飼うわけにもいきませんし、世話をできる人間もおりません」
……そりゃそうだ。
大貴族様お付きのメイドさんが畜産なんてできるほうがおかしいもんね?
家畜小屋に関しては俺が作れば二日もあればなんとかなるだろうけど……問題はそのあとの世話だからなぁ。
俺も動物の世話なんて小学校でウサギの餌やりをしたのと家で飼ってた犬の散歩くらいしか経験ないし……。
――などと考えていたそのとき、不意にジーナさんがむくりと頭を起こす。
「……うにゅ……ジーナ、牛と馬のお世話できる!
鶏はわからないけど……たぶんできる!
だから連れて帰って、毎日クリームシチュー!」
お嬢様なのか野生児なのかよくわからないうちの家主さんである。
というか、彼女も立派なコロニーメンバーだしな。
ゲーム内でも野生動物を『馴致』して家畜にしてたんだから、すでに飼われてる牛や鶏の世話くらいはならどうにかなる……かもしれない。
「うまくいくかどうかは分かりませんが、うちでお預かりしましょうか?
もし万が一失敗した場合は、こちらでなんらかの補填はさせていただきますし」
「……そう……ですね。
村で置いておいても、ここから状況が好転するとはとても思えませんし。
あなたに任せるのが得策でしょう。もちろん失敗の際の補填などは不要です。
その代わり、週に二度ほどそちらに食材を頂きに伺ってもよろしいですか?」
「ジーナ、ちゃんとお世話する! それで、いっぱい増やす!」
……小さい子がペットを育てる姿でも思い描いてるであろう。
微笑ましそうな顔をしているメイドさんたちだけど。
この子、絶対に牛肉と鶏肉を食べることしか考えてないからね?
「……現状で、こちらからの要望はそのくらいでしょうか。
あ、あと! とりあえず大至急パンツ! 下布をください!」
「……あなたはド変態なのですか?」
「パパ、欲しいのならジーナのをあげる」
いや、俺と同じでジーナさんもパンツは一枚しかないからね?
「えっ? どうしていきなりそのような話に……。
いたって普通の性癖の持ち主ですが?」
「目の前にいる可憐な少女の下着を欲しいと懇願する男が『普通』なわけがないのです!!」
「はい? 一体何の話……あっ!
違います! そうじゃないです! 言葉が足りなかっただけです!
俺が言いたかったのは『俺が履きますので下着をください!』という意味です!!」
「先ほどと内容がまったく改善されていませんが!?」
その場でジリジリと後ずさるルミーナ嬢。
……椅子に阻まれ、後ろに下がれるはずもないのだが。
この後、俺が欲しいのは今幼女様が履いているパンツではなく、下着に加工するための布であると理解してもらうまでに二十分を要した。




