第28話 ゲーマーのおっさん、無理やり相談される。
木製のソファに座る俺の膝の上。
頭を乗せ、気持ちよさそうに眠っているのはもちろんジーナさん。
うん、好きなだけ飲んで食べて騒いだあげく、そのまま寝落ちしたんだ。
「相変わらず自由人だなぁ……」
「それを許してるあなたはたいがい心が広いのです」
「なんてったって命の恩人ですからね?」
――ということで(?)、静かになった部屋の中でテーブルを挟み。
ルミーナ嬢とチェスを指しながら、のんびり歓談……というかただ駄弁っているだけだな。
「とりあえず、ちょっと寒いんで……部屋のすみっこに焚き火とか置いてもいいです?
ほら、うちの娘が風邪でもひいたら大変ですし」
「どこの世界に家の中で焚き火をするのを許す家主がいるのです!?」
うちの家じゃ、明かりも兼ねてあちこちで燃やしてるんだけど?
「それにしてもこれ――チェスといいましたか?
軍技盤を可能な限りシンプルにしただけなのに、とても良く出来ているのです!」
軍技盤……複雑なチェスってことは『大将棋』みたいなモノだろうか?
「あれはあれで面白いんですけど、かかる時間を考えれば気楽には楽しめませんからね?」
ちなみに、駒を800枚くらい使う『大局将棋』とかいう狂気の将棋もあったけど……さすがにあそこまでいくと面倒くささが勝って、とてもやってみたいとは思わない。
「……シンプルだからこそ、相手の意識を盤面に引き込める。
そして油断したところで、大切な交渉を滑り込ませる……なるほどなのです!」
「いや、何かものすごい勘違いをされてるみたいですけど……。
これ、ただのゲームですからね?」
「ふふっ、とりあえずそういうことにしておくのです!」
「いや、そういうこと以外、何もないんですけど……。
というかルミーナ様は『この前』の件でご質問とかご苦情など……何かないんですか?」
「特にありませんよ?
そちらの方こそ、あんな目にあわされたのに文句はないのです?」
「まあ、『後処理』までやっていただけたみたいですし……とくに何も」
「なら、過去の話などどうでもいいのです!
というわけで――これからの話に移りましょう」
ルミーナ嬢が口元に笑みを浮かべる。
「この村にいた『元』村人たちといいますか、この村全体といいますか。暮らしていた男全員が山賊のような集団だったのですよ」
「なにそれ怖い」
「あなたのおかげもあり、山賊団の中核をなしていた男連中を迅速に処分することができました。
……そこまでは良かったのですが」
「お、おう」
「問題はその家族なのです。
年寄り以外の女子供の七割くらいが、他所から攫われてきた人間でして」
「それはまた……」
「見ていただけばわかるように、この村は税もろくに取れない寒村です。
私が連れてきたというのならまだしも、何の関係もない、手間とお金ばかりかかる人たちをいつまでも村に置いておく理由も義理もありません。
なので、元々暮らしていた村に戻るよう促してみたのですが」
「まっとうなお話ですね。
といいますか、わざわざそんなに偽悪的な物言いをなさらなくとも大丈夫ですよ?」
「……やはり、あなたは面白い人なのです。
残念ながら、彼女たちの元いた村というのが――
領主もおらず、農業もできないような場所だったようでして。
ここ、なんだかんだで貧しくはありますが、飢え死にするまで酷くはありませんでしたからね? ……これまでは」
そこから始まるルミーナ嬢の相談というか村人たちに対する愚痴。
幼女、ストレスが溜まってたのか近所のオバサンくらい話が長ぇ……。
てことでその内容をまとめると、
『山賊に養われていた家族がいたけど、山賊がいなくなったせいで生活が成り立たなくなった』
というもの。
「そんなこと俺に言われましても……『いや、知らんがな』としか答えようがありませんが?」
「大丈夫です! ミーナだってそう思ってるのです!!」
もともとまともに税も納めておらず、領民であるようで領民でなかったような連中。
ルミーナ嬢がこちらに着任した当初は少しでも状況を改善しようと試みたらしいが……話すらまともに聞こうとしなかったという。
もちろんその原因の大半はうちを襲ってきた馬鹿連中にあるとは思うんだけどさ。
「んー、平和に暮らしていた……かどうかはわかりませんが。
突然さらわれて、奴隷みたいに扱われてたのは確かに気の毒とは思いますけど。
だからといって、ここで面倒を見たとしても、それに恩を感じてルミーナ様に忠誠を誓う……なんて都合の良い展開にはならないでしょうしねぇ」
「あら? 思ったより冷たいのですね?
山の中、一人きりで暮らしていた少女にはずいぶんと肩入れしているみたいなのに」
「命の恩人と、命を狙ってきた人間の家族を同列に扱う人間はいないと思いますが……。
といいますか、ルミーナ様がその人たちを――いえ、この村やご領地を、どうしたいのか次第じゃないですか?」
「それは確かに……その通りなんですけどね?
これまでの人生でいろんなことがありまして……。
私は見た目通りの……あなたが思っているような、可憐な夢見る少女ではないのですよ?」
「それは……いったいどれほどのことがあればそれほど……」
「あなたはそれほどの後に何を言おうとしたのです!?
そもそもなのです!!
ミーナがこんな僻地まで追いやられることになった――」
「アーアーアー!! 聞きたくないです!!
幼女の重い話とか聞いてもロクなことにならないので聞きたくないです!!」
――もちろんガッツリと聞かされたわけだが。
というかこの幼女、人になんて物騒な話を聞かせてくれてんだよ!!
貴族様、それも大貴族様のお家騒動とか知ってるだけでも命がヤベェヤツじゃねぇか!!
……もっとも、こんな世界じゃどこであろうと安全だといい切れるような場所は存在しないだろうけどさ。
「……先に言っておきますけど、共犯者とか共謀者とか暗殺者になるつもりはありませんからね?」
「あなたは私のことを一体なんだと思っているのですか?」
もちろん小悪魔……どころじゃねぇな。
「グレーターデーモン?」
「王国の薔薇と呼ばれる……予定の美少女を捕まえて、その評価は酷すぎるのです!!
もっとこう、悪魔でもサキュバスとかリリスとかいろいろあるでしょう!!」
ていうか、悪魔ってところは否定しないんだ……。