第25話 常識がそこそこズレているが、それに気づかないゲーマーのおっさん(と家主の少女)。
初めての来客に笑顔で対応中の俺。
村の連中? いや、盗人とか押し込み強盗を客とは言わないだろ……。
メイド長がひと目見ただけでこの家のことを『寝殿造り』だと見抜いた(※見抜いてません)んだけど、この世界でも似たような建物があるのかな?
少なくとも今のこの屋敷って雪が入ってこないように、廊下まで戸板で塞いでるから屋根の形くらいしかその面影は無いと思うんだけど……。
てか、大人系美人の彼女が階段ですっ転びそうになった姿があまりにも可愛らしく、思わず笑っちゃったらむっちゃ睨まれた。
ちなみに廊下の向こうは新しく作ったお風呂場である!!
いやね、お肉欲しさにジーナさんが無我夢中でウサギとオオカミを狩って来るじゃん? そしたら当然お肉以外に毛皮も手に入るわけで。
「その、今着てるそれって何か思い出とか思い入れとかある服なのかな?」
「そんなものはまったくない。むしろ今すぐにでも捨てたい。
何故ならあまり暖かくないから。あととてもくさい!」
朗報:ジーナさん、どうやら自分が臭いという自覚があったらしい。
それならそれで話は早いと、さっそく『原始的なミシン』を設置。
ジーナさんのコートや手袋、ブーツやパンツ(下着ではない)などなどを雪ウサギの毛皮で縫い上げたんだけど。
「……パパ、ジーナは長い間体を拭ってもいない。
だから服だけじゃなくてジーナ自身もくさい。
なので新しい服を着ると……においがうつる」
と、普段見せないようなショボンとした顔になっちゃってさ。
うん? もちろん『そんなことないよ! ジーナは女の子らしい良い匂いがするよ!』って慰めてやったんだろうって?
……俺だって頭皮が少し脂臭いレベルの相手にならそういう声も掛けるさ!!
だがな!! ジーナさんはドブ臭いんだよっ!!
もうずいぶんと慣れては来たけど、年頃の女の子が漂わせて良いスメルじゃねぇんだよっ!!
だから大量の罠を仕掛ける合間を縫って風呂場を建てた!!
ついでに石鹸も作った!!
というか石鹸。作るには脂が必要じゃん?
でもほら、俺が『技術』を使って獲物の解体をしても、綺麗な赤身(ウサギは鶏みたいな白い肉だけど)と毛皮しか手に入らないんだよ。
だから、どうしようかと悩んだんだけど……解体の時に『脂身が欲しい!』って考えてたら脂身が手に入った。いや、脂身じゃなく牛脂とかラードみたいな脂の塊なんだけどさ。
新たに完成した風呂場。
そして見慣れぬ四角い石鹸。
これもう――
『パパ、お風呂って何?
ジーナ、使い方がわからないから……入り方教えて欲しいな?』
みたいな!? みたいな!?
すわ、石鹸でアワアワタイムが始まるのか!! って思うじゃん!?
……でもほら、ジーナさんってもともと『ええとこ(豪農)の娘』じゃないですか?
現状エテ公どころか『イエティの娘』みたいなことになってるけど。
だから風呂も石鹸も使ったことくらいはあるわけで。
この子、なんだかんだで俺の『桃色の片思い(もうそう)』をことごとく潰していっちゃうんだよな……。
ちなみに風呂上がりの彼女は真っ白な肌、そして輝くような銀色の髪をした、『雪エルフ』とでも呼べそうな美少女に変化したという。
最初から可愛いのはわかってたことなんだけどね?
……もちろん俺は娘に手をだしちゃうようなアレじゃないから何もしてないからな?
でも、自分を信用しきれないので寝る時は別々のベッドにすることとなった。
思いっきり拗ねられたけど……これは君のためでもあるんだからね?
ていうか今はこんな、気持ちの悪い回顧をしてる場合じゃないんだ。
「何もないところですが室内の暖かさだけはご領主様のお屋敷にも負けてないでしょう?」
「ふふっ、これだけ寒い地域です。
それが何よりのおもてなし、そして贅沢だと思いますよ?」
もちろん座布団などないので、オオカミの毛皮を敷いただけの椅子を彼女たちに勧めるも……お供のメイドさんにギョッとした顔をされる。
確かに、ちょっとワイルドな見た目だもんね?
いつの間にか隣にくっついていたジーナさんに驚いたのか、リアンナさんまでビックリ顔に変わる。
「ええと……ヒカルさん。
この、椅子に無造作に敷かれているのは……」
「女性が座るには少々品が無さ過ぎますかね?」
「いえ、そういう意味ではなくてですね……これって雪オオカミの毛皮ですよね?
といいますか、ヒカルさんが纏っておられるそれらもそうですよね?」
「はい、ジーナさんが物凄くいい弓の腕をしてますので。
可愛らしいジーナさんがいる以外何も自慢できるもののない家ですが、毛皮とお肉だけはいっぱいあるんですよ」
「パパ! 毛皮はいっぱいだけどお肉はちょっとだけしかない!!
あと、恥ずかしいからいきなり可愛らしいとかいうのは禁止!!」
頬を膨らませながらも耳を赤く染めるジーナさん。
いや、お肉の心配とかしなくとも、氷室用のかまくらがすでに五つ満杯になってるからね?
あれ、毎日一人一キロ以上食べても、絶対に氷が溶けるまでに食べきれないよ?
「そ、それほど……なのですか?
それなら彼女が着ているのは……」
「こっちは雪ウサギですね。
どうです? このもこもことしたシルエットがジーナさんのあどけない美しさを存分に引き出しているでしょう?」
「うー……だから褒めるのはダメ……!!」
「そ、そうですね……」
小さい声で「あれだけの大きさのコートを作るには、それもあれほどの毛並みの毛皮を揃えるにはいったいどれほどの……」とか言ってるけど、俺が捌くと肉にしても毛皮にしても品質は一律になるからなぁ……。
というかメイド長さん、ウサギのコートが欲しいのかな?
……白いコートを纏っている彼女を妄想する俺。
うん、若い子じゃなくても全然大丈夫。
むしろ、ちょっと無理して可愛く見せようとする大人の女性とか大好物である!
でもあのコート……というか俺の作った防寒具全般、裏地が張ってないからお貴族様に贈れるようなものじゃないんだよな。
メイドさんだし、リアンナさんにプレゼントするだけなら、普段遣いしてもらうぶんには問題はないのかな?
そこからのんびりとお茶……生姜湯にメープルシロップを入れたものを飲みながらお話をする俺たち。
……お供の人のお腹が鳴ったので軽食……いや、オオカミのステーキは果たして軽食と呼べるのだろうか?
というか、日が落ちる前に帰っていったリアンナさんなんだけど。
「……結局今日は何の用で来たんだろう?」
「……肉が……減った……」
首をかしげる俺と、悲しそうな顔をするジーナさんであった。
* * *
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい。
思ったより遅く……あなたが羽織っているその白いコート。
そのような上等なものを、あなたが買っていたという記憶が私にはないのですが?」
「ふふっ。お気づきになられましたか?
実はこれ、ある殿方からの贈り物なのですよ?」
「あなたが向かった先に男なんて一人しかいないはずでしょうが!
えっ? それ雪ウサギですよね?
それも、見事に銀色に光る最高級品じゃないですか!!
どういうことです? 食べ物にも困っていたはずですのに……。
彼にはそのようなモノを買えるだけの財力があるというのですか!?」
「ふふっ、それは違いますよ?
これはその殿方が、私のことを想いながらも縫ってくださった(※ただのジーナの予備です)心のこもった外套ですもの」
「とりあえずイラッとするのでその優越感をにじませた『ふふっ』という笑い方をお止めなさい!
ええと……私にはあなたの言っていることがイマイチ理解しきれないのですが。
彼は商人なのですよね? いえ、先の村長の話では大工仕事もこなせるということでしたが。
そのうえ、そのように見事な針仕事まで出来るのですか?」
「そう! お嬢様にお伝えしたかったのはそのお話なのです!
彼……いえ、ヒカルさん。もしくは、ダーリン……!」
「少なくとも『ダーリン』ではないことだけは確かですね。
それで? 様子を見に行ったその彼はどうだったのかしら?」
「それがですね! 実は……彼は……」
「彼は?」
「魔道士もしくは魔道具師!
もしかすれば三巻から登場する魔工学士ではないかと思われます!」
「…………」
「…………」
「…………」
「……おや? これほどの衝撃的事実をお伝えしたというのに反応が薄いですね?」
「反応が薄いのではなく、呆れて言葉が出ないだけです。
リアンナ……あなたが昔から、そっち方面の物語が好きだったのは知ってるわ。
でもね、現実には『魔道士』だの『魔道具師』だの、そんな職業は存在しないのよ。
……いえ、いないわけじゃなかったわね。
毎年何人か、そういう『魔ナントカ』を名乗るおかしな人間が家にも来ていたもの」
そこで大きくため息をつくルミーナ。
「そもそもあなた、さっき『三巻』って言いましたね?
それって、こちらに来る前に王都で人気だった『カイン』とかいう魔法使いの恋愛物語ですよね? ……それも男同士の。
あなた……あれよ?
見合いのたびにそういう話を持ち出すから、その年齢まで――」
「お嬢様、リアンナが泣いておりますので。その辺で勘弁してあげてください……」




