第22話 幕間 ルミーナ裁き。(これにて一件落着?)
「お、お聞きくだせぇご領主様っ……!」
その目を見れば、すでに自分たちには何の興味も持っていないと分かりそうな物なのだが――報告と言う名の弁明に必死な男――村長の目には何も入らない。
もっとも、男の隣に座る息子以外の五人、男から数歩後ろに座る女たちは。
自分の娘ほどの年頃の少女の、自分たちを虫ケラほどにも思っていないその瞳に、跪いている雪から伝わる冷たさ以上の寒気を感じ取っていたのだが。
「わ、わしらぁ……そう、わしらぁただただ、村の平穏を守りたかった!
ほんにそれだけなんじゃあ……」
俯いたかと思えば両手で顔を押さえて声を震わせる。
しょっぱなから『悲劇の当事者』を気取る様子に、ため息を通り越して笑い出しそうになるルミーナ。
「ことの起こりは……あの山にあります狩猟小屋でごぜぇました。
もともとあすこぁ村で代々管理しよった、雪が降りゃあ山での狩りの拠点になる村共用の小屋だったんですわ」
……違う。
前の領主――愚直で温厚だった騎士団出身の好々爺――から引き継いだ報告書によれば、あれは領主が建てた物で、村には貸し出されていただけ。
「そ、それをですよ……どこからともなくやって来た、正体も素性もわからん妙ちきりんな男が、先の領主様のお慈悲でそこで暮らしちょった娘に拾われたのをいいことに勝手に住みついとるという!」
ぐっと拳を握りしめ、まるで国を守る将軍かのごとく、深刻な面持ちで奥歯を噛みしめる男。
……村の先のことなど何も考えず、簡単な仕事に協力すらしないお前が何を言っているのかとルミーナの後ろに立つ使用人たちですらため息をもらす。
「それだけなら、まぁ……よかったんですわ。
余所者でも相手は行き倒れ。難儀な目におうたんやと見逃しとった。
それを……何を勘違いしよったのやらあの男!
わがを助けてくれた娘を無理やり手籠めに……好き勝手に弄びよるっちゅうんです!!」
……この男も先日その二人が屋敷を訪れたことは知っているはずなのだが。
その時に見た彼女――ジーナの様子を考えればそのようなこと、あり得ようはずもない。
そして、もしも手籠めにされているとしたら。
それは娘のほうではなく『あの男』の方ではないだろうか?
「わしらぁ……娘を助けてやれんかったことを随分と村の皆で悔やみよったんです。
それが一昨日のこと。
娘が小屋からひとり抜け出してきて……な、泣きながらこう言いよったんですわ!!
『助けてくれ、あの男が怖い、毎日毎日酷いことをされる』と!!
『このまま、こんな生き地獄のような生活をするくらいなら死んだほうがましだ』と!!
わしら! その言葉を聞いて、腸が煮えくり返り、頭に上った血ぃが沸騰しそうな思いやったっ!!」
涙ながらにそう語る男の後ろ。
女たちの顔が『それをお前が言うのか?』とでも言うように感情の無い目でジッと男をているのだが……自分の芝居に酔ってでもいるのか、顔を上気させている男は何も気づかない。
「このままじゃあいかんっ!!
はよう娘を救わにゃならんっ!!
そう思うたわしは、村の連中に声をかけました。
もちろん村の、気ぃの良ぇ男衆もわしの言葉に男泣きにに涙を流し、賛成してくれよった!!」
懐から布切れを取り出すと乱雑に顔を――流していた涙を拭うと、それまで泣き顔だった男の顔が怒りに満ちた表情に変わる。
「……それを……それをあのぉ女ぁ……」
手ぬぐいを握っていた手に、拳に、ギュッと力が入る。
「あの娘ぇ、最初から男とたくらんでやがったんですわ!!
雪の中、山ぁ登ったわしらが見たのはわしらぁ知っちょる小屋やぁなかった!!」
おや? それは知らない話ですね。
隣に立つアデレード、後ろに立つリアンナに目で『何か知っていますか?』と問いかけるも、二人揃って小首を傾げただけ。
「小屋でもなけりゃあ屋敷でもねぇ!
頑丈そうな柵の向こう側には高ぇ塀!
その内側には、それよりさらに背の高ぇ砦としか言いようのない建物!!」
……彼がここにやってきたのは半月ほど前。三週間は経っていないはず。
彼がジーナに拾われてからですらひと月もないはずなのに、この雪の中、山の中にそのような立派な砦を建てる?
いくらなんでも荒唐無稽過ぎる話――なのだが、なんとなくあの男ならそれをやりそうだと、無意識に口角を上げてしまうルミーナ。
「そんなわけのわからねぇもんをそのままにしとくわけにゃあいかねぇ!
ご領主様にも迷惑が掛かってしまうでな!
相手は多くても二人じゃ思うて! 決死の覚悟で砦に飛び込もうとしたわしらぁまっちょったのは罠じゃった!
あいつらぁ……最初からわしらぁ誘い出して、そこで殺そう考えちょったんじゃ!!」
……何を言ってるんだこいつは?
どんな思考をすれば、いきなり目の前に現れた頑丈な砦を攻めようなどと思うのかがまったく理解が出来ない。
そもそも、そんなモノがあるならまずは山賊なり、他所の領主の軍なりが駐屯していると考えるのが普通ではないか?
何故、その砦の中に二人しかいないなどと決めつけるのか?
「そこからぁもう……地獄じゃった。
矢じゃ、杭じゃ……まるで戦場のような阿鼻叫喚っ……!
娘も……ジーナも……あろうことか、その男の側に立っとったんですわ……。
村の者はみな驚き、戸惑い、命を落とし――わしは、わしはそれを……止められなかったっ……!!」
わざとらしく嗚咽を混ぜながら、頭を地面に――雪の上にポスポスと叩きつける姿はとても滑稽で。
「わしは……あんな娘を信じたことを、心底悔いとります……。
あの者らぁに村の命運を狂わされた……そ、それでも、ご領主様……!
このままでは、領主様にまで被害が及んじまう!!
ですから……恥を忍んで……こうして報告と、相談にあがった次第でございますっ!!」
なるほど、娘の話はどう落とし込むのだろうと思っていたが、最初から裏切っていたことにしたのか。
それならこの屋敷でどのような態度を取っていようとも矛盾はない。
ただの田舎者と思っていた男が少しくらいは物を考えていたのだと感心する。
もっとも、その話の内容にはおかしなところが多すぎるのだが。
もしこれが感情だけで動くような領主であれば。
村の人間がもっと協力的で従順な人間であれば。
「……そうですか。
それがあなたの『真実』というわけですね」
そして彼女――ルミーナが見た目通りの子供であったならば。
男の思惑は叶ったのかも知れない。
「さて、それでは後ろの女たちに聞きます。
この男の言――言っていることは本当ですか?
娘……ジーナは本当にあなたたちの家にやって来ましたか?
村の男達は可哀想な娘に同情するような人間でしたか?
あなたたちは……普段はどのように扱われているのですか?」
村長の後ろに座る女たちに優しく微笑みながら、そう問いかけるルミーナ。
まさかそのような事を言われるとは思ってもいなかった男が焦りから額に汗を流し、女たちもポカンとした顔になる。
「どうしたのですか?
黙っていないで早く答えなさい」
まるで天使様と見紛うようなその笑顔であるが……その声音はどこまでも冷たい。
「ああ、わかっているとは思いますが、もしもここで何か一つでも虚偽があればその時は……言わなくともわかりますね?」
彼女のその一言に隣に立つ女騎士が腰から剣を抜き放つ。
その瞬間、中庭の空気が凍りついた。