第20話 幕間 身勝手な『連中』の身勝手な最後。
雪道を進む男衆が三十人あまり。
働ける村の男ほぼ全員が集まり、向かう先は山の中腹にある狩猟小屋。
冬場に獣を狩る時に使えるようにと、寒風しのげるようにと領主が用意した小屋であったが。
けれど今はよそ者の男と、かつて小銭で母親に売られ、『村の共有物』とされているジーナという少女が暮らす家となっていた。
「とっととあのクソ生意気な男ぉぶっ殺してよぉ!」
「そのあとはアレをみんなで慰めてやりゃにゃぁな!」
「わっはっはっ、ちげぇねぇ!」
「でもそん前に川んでも娘ぇ投げ込んで、股んとこだけでも洗わせねぇとクッセぇままで乗っかる羽目になんぞぉ!?」
鋤や鍬を肩に、下卑た笑いを飛ばしながら雪道を登る男たち。
だが、軽口を叩いていた彼らの足が、ある場所でピタリと止まる。
「おい……おいおい、なんだぁありゃあ……?」
「は、ははっ……おらの目ぇおかしくなっただか?
何度か使ったことのある小屋のはずが……ありゃあ、砦じゃねぇか?」
雪の中に佇む『それ』は、間違いなく小屋には見えなかった。
高さ三メートル以上はあろうかという、ガッチリと木で組まれた防壁。
それがかろうじて屋根が見える屋敷の敷地をぐるりと囲んでいる。
「な、何だよありゃあ……。
外側の柵だけでも村にある貧素なヤツとは比べもんになんねぇぞ!?」
「こ、こんなもんが山ん中にあるなぁおかしすぎだろ!?
ハンスはボロ小屋の中までは入った言うとったはずじゃろがい!!」
「おいおいおい……ハシゴも縄もねぇのにこりゃあどうすりゃいいんじゃ……」
戸惑いと困惑が男たちの間に広がるが村長の一言で、
「商人じゃ聞いとったが……いや、これはこれでとんだもうけもんやないか?」
「そうやな、これだけの塀作れる職人じゃ!
殺すより捕まえた方が役に立ちそうじゃのぅ!」
先程までの戸惑いはどこへやら。
『それなら村の家を全部建て替えさせりゃカカァもガキも喜ぶな!』
と、目の色を替える者まで出てくる始末。
「はははっ! 中におるんはたったの二人じゃ! しかも一人はあの娘やろ?」
「こっちは三十人もおんのや! 門さえぶっ壊しゃ終いや、終い!」
「よし! 絶対に逃さんように十人ばかり裏手に回り込めや!
手筈はもう……わかっとるな?」
手分けして屋敷の裏手にも人を送り込み、門を開いて逃げ出せないよう両手で得物を握りしめ、正面からゆっくり距離を詰めていく。
やがて、合図の笛が『ピィィィィッ!!』と高く鳴り響く。
その音と同時に、雪を蹴り、一目散に走り出す男たち!!
だが。
『ガシャッ!!』
先頭を走っていた男の脚が、何かに捕らわれたかのように止まり、次の瞬間――
「ぎゃあああああああぁぁぁぁッ!!?」
悲鳴が山にこだまする。
その場で倒れ、痛みに転がりまわる男。
その足を大きなトラバサミが噛み砕き、飛び散った鮮血に雪が赤く染まってゆく。
「な、なんやぁありゃあっ!?」
「もしかして罠か!? な、なしてそんなモンがこんなとこに!?」
「チッ、あのクソ野郎ぉやりやがったなぁっ!!
お前ら! 罠のひとつやふたつでビビッとってどうすんや!!
はよ扉ぁ叩っ壊して男ぉなぶり殺しにしもたれやっ!!」
そんな誰かの声も混乱している連中には届かず。
あるいは罠にはまった仲間を助け起こそうと。
あるいはその怒りの勢いのままに一歩でも前に進もうと。
男たちが雪の上で立ち往生を始める。
しかし、彼らが地面――雪に隠れた罠に気を取られていたその時。
――ヒュッ……ズバッ!!
塀の上から追い打ちを掛けるように、鋭く放たれた矢がひとりの男の頭蓋を貫いた!
「うぶっ……」
力なく仰け反り、血を噴いて倒れる男。
「な、なにぃ!? 矢っ、矢がっ!? いったい誰がどっから!?」
あっけにとられる男たちに、降り注ぐ鋭い鏃が
踏み出した足を罠に挟まれ呻く男の胸に、
雪に足を取られひっくり返った男の背に、
その場にしゃがみ込んでしまった男の体に、
次々に突き刺さる!!
「ぎゃあああ! 上じゃ! 塀の上に誰かおるぞっ!!
動け動けぇ!! じっとしとったら撃ち殺されるどぉ!!」
「や、やべぇ! 引け! いっぺん引けぇっ!!」
「引くぅいうても雪で足っぐわぁっ!!」
もちろん正面にいた男たちだけが悲惨な目にあっていたわけではなく、裏手に回り込んでいた連中も笛を合図に柵を越えたその途端、雪の中から飛び出してきた罠に足を挟まれ、胴体を貫かれ。
そのまま雪の中に突っ伏し悲鳴をあげていた。
……もっとも、こちらには弓を射る二人がおらず。
罠に苦しむ仲間を見捨て、半数の男たちは我先にと逃げ出していたのだが。
「な、なんじゃ……なんなんじゃこりゃあっ!?
聞いてねぇ! こんなの聞いてねぇぞぉっ……!!」
最後列でそれ――あっという間に殺されていく村の人間を見ていた村長が二歩三歩と後ずさる。
握っていた鉈は力の抜けた手から滑り落ち、体はただガタガタと震えるばかり。
「む、無理じゃ! むりむりむりぃぃっ!!
こんなヒデェ事する奴ぁ人間じゃねぇっ!!
鬼じゃあぁぁぁぁ!! 化けもんじゃぁぁぁぁ!!」
自分たちのやろうとしていたことは棚に上げ。
身勝手なことを叫びながら雪道を転がるように逃げる村長。
その後ろに、ついてこれる者はもう数人しか残っていなかった――




