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第02話 眠れる森のゲーマーのオッサン。

 鼻の奥に消えない臭い。

 ドブ臭がまだ残っている気がするが、外に飛び出し新鮮な空気をおもいっきり吸い込んだことで――


「いや、何これ寒っ!?

 えっ? 冬? いきなり冬?」


 辺りの異変に気づく。

 俺が健康診断を受けたのが四月で、そそから『ふた月』くらい生きてたはずだから……もちろん、死んだ人間に季節感などあったものじゃないのだが。


「てか凍る!

 これ以上ここで息してたら肺が凍るっ!!」


 混乱する思考を一旦放置、慌ててさっきまで寝かされていた小屋の中へと駆け戻る。

 まさかの氷点下。

 それも、これまで体験したことのない極寒とかいったいどうなってるんだよ……。


 あまりの寒さに歯の根があわず、体の震えと一緒にカチカチと軽い音を鳴らす。

 扉とも言えないような、ボロボロのなめし革一枚挟んだだけの竪穴式住居の中。


「……お家の中は暖かいナリィ……」


 いや、外気温がオカシイだけで、この中だってそれほど温度は高く無いんだけどさ。

 俺が騒いだせいで起こしてしまったのか、寝床の上では女の子が眠そうに目をこすっていた。

 こうして改めて見ても、やっぱりかなりの美少女じゃないだろうか?


 もっとも、月どころか年単位で風呂キャンしてそうな激臭のせいで、俺の中では残念な子認定が下っているのだが。

 ……初対面の少女に対してさすがに失礼が過ぎるか。


 さてどうしよう?

 死ぬ前に何か馬鹿な行動をとった覚えだけはあるのだが、それと俺が極寒の土地にいる理由がまったく繋がらない。


 だって、俺が行こうとしたのはPCの中だし?

 こんな冬のアラスカかシベリア、はたまたグリーンランドみたいな気候の場所で目覚めるとかある?

 というか、俺ってこの娘と一緒に寝てたんだよな?


 彼女のその風貌――灰色の髪、そしてアイスブルーの瞳、北欧美少女としか言えないその外観から考えても俺の身内とは思えないし。


 毛皮の上に座ったまま、不思議そうな顔でジッとこちらを見つめる彼女に――


「ええと、はじめまして……で合ってるかな?

 ちょっと記憶が混濁……してるわけでもないんだけどさ。

 自分が(永遠の)眠りに落ちた状況と現状が大きく剥離しててね?

 もしかしたら失礼な事を言ってしまうかもしれないけど、その時は寛大な心で優しく諭してもらえればありがたい」


 挨拶にもなっていない挨拶を試みるも、


「……」


 あえなく無視される。

 そもそも北欧美少女と評した彼女に対し、どうして日本語が通じると思った俺……。


 慌てて俺の知ってる、それほど多くない世界中の言葉、


「ハロー」


「ボンジュール」


「ニーハオ」


「ナマステ」


「グーテンモルゲン」


「チャオ」


 『挨拶の言葉』を次々と繰り出してみるも。


「……ちょっと何を言ってるのかわからない」


 彼女の返事は『わからない』というつれないものだった。

 まさかの意思疎通が出来ない状況とか一体どうしろとっ!?


 ……あれ?


「エット、オレ、ニホンゴハナス。

 キミ、コトバワカル?」


「???

 もちろん『エリュシオン共通語』はわかる。

 でも難しいことはわからない」


 ああ、なるほど、そういう……。

 日本語、普通に通じてたわ。

 いや、彼女が言うには俺が喋ってるのはエリュシオン共通語というモノらしいけど。


「それはもうしわけ……気が利かなくてごめんね?

 というか、話は戻るんだけどさ。

 どうして自分がここで寝てたのか――」


 知らない場所、それも見知らぬ少女の家。

 そんなところでオッサンが寝てた理由なんて、『不法侵入した』または『何らかの理由で連れてこられた』の二択になると思うんだけど……。


「たぶんここは君の家で、俺のことを保護してくれたってことで合ってるかな?」


「ここはジーナの家で合ってる。

 ホゴ? というのはわからないけど……森で拾ってきた」


「助けられた人間が言うこっちゃないけど、オッサンが落ちてても拾ってきちゃ駄目だろ……」


 どうやら俺は『眠れる森のオッサン』で、やはり彼女は命の恩人だったらしい。

 それにしても『死んだら森に捨てられてた』とか、なかなか斬新な埋葬方法だな。

 というかさ、さっき外に出た時は、暗くてあまり遠くまで見渡せはしなかったんだけど。


 景色を見た感じだと、この辺り一面がすでに深い森の中だったんだよ。

 『大きな森の小さなテント』状態だったんだよ。

 それなのに、そこに住んでる彼女から見てさらに森の奥で倒れてたってどういうことなの?


「いや、何にしても君は俺の命の恩人ってわけだ。

 ありがとう、まずは助けてくれたお礼を」


 その場で姿勢を正し、彼女に深く頭を下げる。


「とは言え。見てもらった通り、俺って着の身着のままみたいでさ。

 何かお返しをしなきゃとは思うんだけど……出来る事も持っている物も何もなくて。

 というかここって……どこなのかな?」


「……別に何かが欲しかったわけじゃない。

 ここはナヌ川の北にあるンシュ村の近くでテの森の麓」


「お、おう……」


 思わず『日本語でおk』って言いたくなるほど聞き覚えのない地名しか出てこないんだけど……。

 これもう『異世界に転移』したってことでよろしいか?


 神様……それともPC様?

 俺の最後の願いを聞き届けていただいて感謝……死にかけてる人間を雪山に放り出す行為は助けるどころか殺しに来てるとした思えないけれども!


 でも、体の痛みとか無くなってるし、きっと上手いことやってくれたんだよね?

 でもそれはそれとして!

 俺が望んでいたのはPCと一体化して、休むことなくゲームをプレイしたいってことだったんだけど?


 それなのに知らない場所、異世界に転移させられるとかまったく望んで無かった――いきなりAR画面みたいなのが飛び出してきた!?

 目の前で、半透過して浮かび上がっているこれは……デフォルメされたマップ映像だろうか? 

 あれ? これってもしかして……『スターワールド』のメイン画面じゃね?


 マップの上に広がる、真っ白な雪で覆われた木材だけは豊富な森林。

 道も何も無い、木々に囲まれた森の真ん中。

 円形のテントのような建物が一つ。

 テントの中には二体のポーン(駒)が焚き火を挟んで向かい合う。

 頭上に表示されているキャラの名前は『ヒカル』と――


「えっと、宗教とか部族的な問題がなければ君の名前を聞いてもいいかな?」


「わたしはジーナ」


 ジーナちゃん。

 いや、年頃の娘さんだし『ジーナさん』と呼ぶべきか。

 なんにしても画面に表示されてるポーンの名前と同じだな。


 神様、いきなり言いがかりをつけてごめんなさい。

 どうやら俺の『死んでもゲームがしたい!』という望みは聞き届けてもらえたみたいですね。


 ……でも、ちょっとだけ方向性が違うといいますか、なんといいますか。

 俺がやりたいのはゲームの『プレイヤー』であって『キャラクター』では無いんです。


「いやでも、メイン画面が開いてるってことは能動的な操作も出来る……ってことなのかな?」


 無意識にマウスを探し、右手を彷徨わせるも……ある筈のないマウスもキーボードも手に触れることはなく。

 これ、いったいどうやって操作しろと……ああ、タッチパネル方式か!


「というか、マップ画面は確かにスターワールドのモノなんだけど、UIユーザーインターフェースがまったく違うな」


 試しに画面上の木をタップしてみる。


「『手の樹(砂糖楓の亜種)』……か。

 なるほど、さっきジーナさんが言ってた『テの森』って言うのは手の樹がいっぱい生えてる森ってことなんだな。

 というかこれ、砂糖楓ってことはメイプルシロップが採れるじゃん!

 てかあっちこっちでちょこちょこ動いてるウサギみたいなのは……雪ウサギ?

 そのまんまか! ……あっ、遠くにいた一匹が白い狼――雪オオカミってのに食われた」


 これって現実に『ウサギがオオカミに襲われた』ってことだよな?


「地形だけじゃなく生き物まで表示されるマップとか、これだけでも結構なチート能力……あれ? ジーナさん、どうかした?」


 浮かび上がるAR画面の向こう。

 何故か顎を梅干しのようにしかめた、ご機嫌斜めな女の子の顔。


「名前」


「名前? あっ、もしかして俺、聞き間違えてしてた?

 それともジーナさんは気に入らない感じ?」


「ジーナで合ってる。呼び方もジーナでいい。

 『さん』とか付けれれると気持ちが悪い。

 ……じゃなくて。名前を聞いたんだからあなたも名乗る」


「ああ、ごめんごめん! 確かにそうだよね!

 俺の名前はミナモト・ヒカル。名前はヒカルのほうね?

 ヒカルでも兄ちゃんでもオッサンでも。

 ジーナさんの呼びやすいように呼んでくれればいいよ」


「じゃあ……パパでいい?」


「……ジーナさんはどうして選択肢に上がってないその呼び方を選んだのかな?」


 クールな女子高生(縄文人)みたいな見た目(ただし風呂キャンガチ勢)の彼女から放たれる『パパ』という呼び方。

 それ、日本だと『不適切な交際』だと思われるヤツだからね?

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