第19話 ゲーマーのおっさん、後処理を面倒臭がる。
アドレナリンが過剰に分泌していた戦闘前と戦闘中。
それもようやく一段落ついた今。
少しずつ冷静さも戻り、この後のことを考える余裕も出てきた。
「とりあえず、外に転がってる大量の死体をどうするか……」
季節は冬。腐敗してすぐに異臭を放つことはないだろう。
とはいえ、そんなものに囲まれて生活したいと思えるほど俺はサイコパスな人間ではない。
「放っておけば、オオカミとかクマが食べにくるんじゃないかな?
むしろそれを狩れるから、探す手間が省けて一石二鳥?
ジーナ、おっきいクマが狩りたい!」
「ンフッ」
あまりにもな同居人の少女の発想に、思わず変な笑いが出ちゃったんだけど?
いやいやいや、さすがにそれは……。
家の真ん前が肉食獣に「ここは餌場だ!」なんて認識されるのは、さすがに嫌だからね?
あと、人間を食った動物の肉は……さすがに食う気になれないしさ。
とはいえ、今回の騒ぎの相手は『あの幼女様』が治める村の人間たち。
襲われたのはこちらだと言っても、さすがに『このまま放置』などというわけにもいかないわけで。
『報告を入れた』という筋は通しておきたいところではあるんだけどさ。
でもほら。
俺達が今、村に出向いて顔を合わせたりしたら。
逃げ帰った連中や、死んだ奴らの家族が「襲われたのはこっちの方だ!!」なんていう辻褄の合わない言いがかりをつけて絡んでくるに決まってるからね?
最悪、それを信じた幼女様御一行にまで敵視される……いや、あの聡明な彼女がそんなくだらない嘘を信じるとも思えないけど。
何にしても、
「死んでまで他人に迷惑かけるとか、本当に面倒な奴らだな」
「……そんなことよりジーナはお腹すいた! いっぱい動いたし!」
「ンフッ」
いつもと何ら変わらないジーナさんにまた変な笑い声が出てしまう。
「ほら! 昨日、パパが作ってくれたアレ!
ぴ、ぴ、ぴ……ピタパ? がまた食べたい!」
「ピタパじゃなくて、ピカタね」
うん、まぁ材料のウサギ肉はたくさんあるから大丈夫だけど……。
でもほら、血なまぐさい空気の中で肉料理はちょっと……ねぇ?
* * *
村の様子が騒がしくなったのは、朝八時を少し回った頃だっただろうか。
『使用人』の一人に声を掛け、斥候として向かわせたのはその直後のこと。
戻ってきた彼女が、
「村の働き手のほとんどが思い思いの道具――おそらく武器を片手に村の広場に集まっておりました!」
と報告してきたのは、三十分ほど経った頃だった。
……最初にこの村に来たときから、私の使用人たちを下卑た目で見ていたあの連中。
もちろんその時は『このような田舎にはいない垢抜けた女に浮ついているだけだろう』と、流してあげましたが
それにしても……。
とうとうこの屋敷を襲いに来るつもりなのかという『少しの』警戒心。
そして、女所帯を甘く見た連中をどのように『処理』してやろうかという黒い愉悦に私はつい笑みを浮かべてしまった。
しかし。
一時間が過ぎても、二時間が過ぎても、屋敷に誰かが近づいてくる気配はなく。
「……リアンナ。
この屋敷ではないとすれば、連中の行き先はどこだと思いますか?」
「……お嬢様も解っておられるでしょうに。
まず間違いなく、あの娘――いえ、あの男の元でしょう」
村との接点など、ほとんどなかったはずの彼。
そんな彼が村人に狙われる理由……。
金か、物か。それとも一緒に暮らしている『彼女』か。
「彼は……生き残れるかしら?」
「村の男たちが総出で動いているとすれば、普通に考えれば難しいでしょうね。
――こちらからも手を回しますか?」
少しだけ思案する。
確かに、あの男はこのような辺境にはいない、不思議な人間であった。
けれども。
それだけで、私の『家族』を危険に晒してまで助ける価値があるかと言われれば、まだまだ足りない。
「……いいえ、それには及びません。
そもそも本当に『面白い』人間であるなら、この程度の火の粉は自力で振り払えるでしょうから」
それからまた少しの時が過ぎ。
私が昼食を終えた頃、この屋敷に来客の報せが届いた。
「お嬢様。血相を変えた村の人間たちが、何やらお伝えしたいことがあると申し出ておりますが」
「『伝えたいこと』ねぇ?
……それで? こちらに出向いてきたのは村の男だけなのかしら?」
「いいえ。外にいるのは男二人に女が五人。うち二人は子どもでした」
「……ふふっ、なるほど」
もしも連中が、あの男の暮らす小屋を襲撃し、それが成功していたなら。
屋敷を訪ね、言い訳――得意満面に自慢するのは加担した男たちだけのはず。
それが、女や子どもまで連れているとなれば……。
「彼はうまくやったようですね?」
「ええ、そのようです。
……もっとも、それはそれで手放しで喜べる話でもないのですが」
彼女の――リアンナの言い分もわからなくはない。
何故ならそれはこんな辺境の地に、
『たった一人で、数十人の山賊まがいの連中を退ける事ができる男が現れた』
ということなのだから。
「ハハハハ! それにしても、あのひょろりとした男が、ねぇ?
いや、連れの少女の方はなかなかに良い、鋭い目をしていたが」
懸念を滲ませるリアンナとは対照的に、アデレードの口元には愉快そうな笑みが浮かぶ。
「何にしても、退屈しのぎにはなりそうです。
いったいどんな『言い訳』をして私を笑わせてくれるのか。
さっそく会って差し上げようではありませんか」