第18話 ゲーマーのおっさん、コロニーを襲撃される。
想像していたような『襲撃』に巻き込まれることもなく。
ジーナさんとの、のんびりとした田舎暮らし……いや、彼女は目を血走らせて狩りに走り回ってたし、俺は俺で家を守る外壁と、侵入者を『無力化』するための罠の設置に大わらわだったんだけどさ。
……もしかして、俺の考えすぎだったのかな?
もちろん、取り越し苦労で済むのなら、それに越したことはない。
いくら異世界でも、『村人が襲いかかってくる』なんていうイベントはそうそう起こらない。
――そう思い始めていた、矢先のことだった。
『ピー! ピー! ピー! ピー!』
「ひうっ!? パパ! な、なにこの音!?
ジーナの頭の中で変なのが鳴ってる!!」
甲高い警報音が、耳の奥で直接鳴り響く。
背筋がゾワリと震える感覚。
聞き慣れたはずの電子音――
ゲームの中では何度も耳にしたそれなのに、現実で鳴らされるとこれほどまでに不快な物なのか……。
「やっと来たと喜ぶべきか、とうとう来たと悲しむべきか」
この日のために準備してきたのは確かだが……戦う相手が人間ともなれば、少しくらいは『思うところ』もあるわけで。
ため息まじりにマップ画面を開くと、そこには赤いポーンの群れ。
こちらに向かってじわじわと進んでくるのが映っていた。
一瞬、流れの山賊の可能性も考えたが……やってきたのは村の方角。
マップに表示されている名前も、これまで監視していた、見覚えのある村の男のモノだった。
「っていうか、さすがに数が多すぎないか?
村の男連中、ほとんど全員で出てきてるだろこれ!」
拠点である屋敷の外には高さ三メートルの防壁。
その外周には罠を張り巡らせ、さらにその外を柵で囲んである。
防壁とは言え、木製であるソレは少々頼りなくはあるが……即席で用意したにしてはまずまずの防御陣地ではないだろうか?
「人数はおおよそ30ってところか。
柵が見える位置までは来てるけど、そこからの動きが妙に鈍い……あっ二手に分かれやがった」
正面に20人ほどの本隊が残り、別働隊らしき10人が裏手にまわる。
二手に分かれて挟み撃ちを狙うつもりらしい。
「……たった二人に、ずいぶんと用意周到なことで。
そこまでして『逃がしたくない』って、どんだけ俺のことが嫌いなんだよ」
いや、奴らが逃がしたくないのは俺じゃなくてジーナさんだろうけどさ……。
「ジーナはパパのこときらいじゃないよ?」
「お、おう……ありがとう?」
まるで緊張感のないジーナさんの声に、ちらりと横目を向ける。
いつものように無邪気で、でも瞳の奥には確かな決意が宿っている。
……そうだな。
うちの娘に手を出そうなどという、フザけた真似をしようって連中に、遠慮も容赦もする必要なんてこれっぽっちもないよな。
「それにしても動きが妙に手慣れてるような?
なんなのこいつら、時代劇に出てくる野盗みたいなんだけど?
……てかこいつら、本当にただの村人なのか?」
もはや疑念しかないが、どんな相手であろうと、俺達がやるべきことは変わらない。
「ジーナさん。予想してた通り村の連中が襲ってきた。
今日まで何回も練習してきたけど……どう? 動ける?」
「もちろん大丈夫!
パパのことは、ジーナが守る!!」
ギュッと小さな拳を握って、胸を張るジーナさん。
俺のことを見つめるその瞳はとても真っ直ぐで――あまりにも真剣すぎて、少し怖いくらいだ。
……顔見知りが相手でも、何の迷いもないのか。
いや、父親を亡くしてからの彼女の扱いと考えれば逆に『顔見知りだからこそ』ってこともありえるか。
「裏手にまわった連中はまだ距離がある!
そもそもあの壁は簡単には登れない!
だから、まずは正面に回ってきてる連中から――」
「撃ち殺すっ!!」
即答だった。
……いや、さすがに殺意が高すぎじゃなかろうか!?
あどけない顔で、キラキラお目々でそう宣言する彼女。
頼もしすぎるうちの娘に、思わず半歩後ずさってしまった。
とはいえ――
もし防壁の内側に入られたら、そこでゲームは終了だ。
俺が殺されるだけならまだしも、その時彼女は……。
気づかれないように防壁を駆け上がる、白い(雪オオカミと雪ウサギの)外套に身を包んだ俺たち二人。
細い矢狭間からそっと外を覗き見る。
何かを待っているのか、柵の外で広がり、ジッと待機している20人の男たち。
雪を舞い散らせる風の音に混じり、誰かの低い声が意味をなさない音となってこちらにも聞こえてくる。
敵は――もう、目と鼻の先に迫っていた。
* * *
「……思った以上にあっけなかったな」
「ふっ、動かない的はよく教育された的」
ジーナさんが何やら怖いことを言ってるが……普段は走り回るウサギやオオカミをその弓の一撃で仕留める彼女である。
動かない――とまでは言わないが雪に足をとられ、まともに走れない村の男たちを射抜くことなど他愛なく。
むしろ、そこまで弓の稽古をする時間の取れなかった俺の矢ですら当たったくらいだからな?
もちろんあいつらの作戦……攻め方が間違ってたとかそういうことじゃないんだよ?
正面と裏手に分かれ、それぞれの持ち場についたかと思えば笛のようなもので連絡を取り合い、そこから一気に押し寄せるというおそらくこれ以上はないほどの正攻法。
……いや、マジでお前らただの村人じゃないだろ!?
とはいえ、奴らが突っ込んできた場所は完全に『こちらのフィールド』だった。
わざわざ『この先、私有地につき立入禁止・罠あり〼』って看板まで立ててやってた柵の内側。
柵を乗り越えてまで、そこに駆け込んでくる馬鹿な連中。
途端にトラバサミが足に食らいつき、埋め込まれていた杭が跳ね上がり、その胸や股間を貫き。
何事かと慌てふためき、悲鳴をあげながら転げ回る連中の頭にはジーナさんのヘッドショットが突き刺さる。
時間にすればわずか数分。
あっという間に半数近くの人間が沈黙。
意味を成さない言葉を喚き散らす者。
逃げ出そうとする者。
それでも武器を手に踏み込もうとする者。
そんな彼らを、追い打ちのように弓矢が射抜いていく。
「正面にいた連中で逃げ延びたのは三人。
裏手に回ってた奴らは……無力化できたのは五人か」
「いっぱい逃がしちゃったね?」
ジーナさんが残念そうな顔でそう言う。
いやいやいや!
弓と罠だけでこれだけの戦果は、むしろ上出来すぎるくらいだと思うんだけど……。




