第17話 『肉食娘』に怯えるゲーマーのおっさんと、『ロクデナシ』な連中。
「色味だけで見ると――
雪オオカミは牛肉、雪ウサギは鶏肉って感じだな」
個人的には血湧き肉躍ると予想していた精肉作業であるが、想像していた以上に『CER○(誰も得しないゲームの年齢規制)』に配慮されていた解体シーン。
「ジーナが知ってるお肉はもっとグチャッとして、近寄るだけでいろいろ臭かったよ?」
などと供述している『臭い少女』。
確かに彼女の言う通り、獣臭も血生臭さも漂ってはこない。
もちろん見た目だけでは味はわからないので、サイコロステーキ大に小さくカット――
「パパ、それじゃあジーナのおなかは膨れない」
(クルクル……キュルッ)
「いや、とりあえず味見を」
「パパ、それじゃあジーナは味見でお腹が膨れない」
(グルグルグル……)
肉食獣の唸り声みたいな音をお腹から発しているジーナさんの押しに負け、ステーキ1枚分――
「……お肉……いっぱいあるのに小さい……」
ワンパウンドステーキと鶏の丸揚げほどの量の肉を取り分ける。
「大丈夫だとは思うけど、初めて食べる肉だし生焼けは怖いから」
「パパ、赤身は赤いのを食べるから赤身なんだよ?」
「絶対に違うけどね?」
いや、本当に食中毒はマジで怖いからね?
オオカミ肉のほうはぶ厚いと火の通りが気になるので、少し薄めにカットして焼き肉に。
ウサギ肉は小麦粉にまぶしてゆっくりと揚げ焼き……でいいかな?
いつも通りと言えばいつも通り。
調理工程を横で楽しそうに見ているジーナさ……いや、今日に限ってはいつもと違い、瞬き一つしてねぇ……。
鍋の中で焼かれる肉を見つめるその目は完全に獲物を狙う猛禽類のソレである。
ていうか、いつもは調理中にここまで匂いとかしないのに、今日に限って暴力的なほどの肉の焼ける匂いが部屋に充満してるな。
きれいに焼き上がったオオカミお肉を次々とお皿に……うん、皿の上によだれを垂らすのは止めようね?
残念ながら、いくら相手が美人さんでも他人の唾液のついた食べ物を『いっちゃう』ような趣味はない俺。
お肉の半分に醤油、半分に塩を軽く振り、その皿をそっとジーナさんの方に押しやると、まってましたとばかりに二股フォークのような木の棒でそれを突き刺し口に放り込む。
「……」
「……」
「……」
「……」
「いや、味見なんだから何か感想が欲しいんだけど……」
そんな俺の言葉にも反応せず、ただ黙々と肉を口に運び続ける彼女。
文句もなく食べてるってことは不味くはないんだろう。無表情のままだけど。
先に取り分けた分(1ポンド・おおよそ450グラム)ではとてもたりなさそうなので、さらに追加で肉を切り分け、『黙々と焼く→皿に乗せる』の作業を繰り返す。
……
……
……
……いや、さすがに1キロ超えはおかしいよね!?
ドクターストップならぬシェフストップで料理の提供を停止。
途端に泣き出しそうな顔に――あっ、我に返った。
「……ジーナはパパの料理を舐めてた。
あっ、そのお皿も舐めるから置いておいて欲しい……。
こんなのジーナの知ってるオオカミの肉じゃない!
これはもう……オオカミ王の肉!!」
「味の情報がいっさい伝わって来ない感想をありがとう」
まだ物欲しそうにしている彼女の隣で一切れだけ焼いて食べてみたその味は。
「……そもそもグルメでもない、偏食家の俺に肉の味の違いを表現するとか無理に決まってるんだよなぁ」
『牛でも豚でもない』としか伝えようがないんだけど……もちろん不味いなどということはなく。
これといった癖もないし、普通に焼き肉でもステーキでもしゃぶしゃぶでも食べられそうで一安心というところか。
「パパ! 早く! 次はウサギ! 早く!」
「えっ? まだ食べるの!?」
「ウサギは別腹っ!」
ウサギのほうは見た目通り淡白な味……かと思えば、むしろジューシーな鶏のもも肉のような味で少し驚いた。
「おいしいっ!!
……ウサギの……なに!?
パパが白い粉で何かしたの美味しい!!」
「いかがわしくなるから小麦粉を白い粉とか呼ぶの止めようね?」
あれだけたらふく焼き肉を食べたあとなのに、フードファイターのごとく揚げ焼きを口の中に詰め込んでゆくジーナさん。
「……ジーナはこれからこの森のオオカミとウサギを狩り尽くすっ!!」
「生態系がおかしくなるから止めようね?」
今でもすでにひと冬越せるくらいの量の肉があるから!
* * *
~その頃のンシュ村の男達~
「……わざわざ集まってもろたんは、まぁみなまで言わんでも分かっとるやろ」
「……アレと、一緒におるあの男のことやな」
「次に村さ顔出しよったらその場で……っちゅうのも考えたが。
さすがに、それは拙かろうて。
子どもでも領主様は領主様やし、余計な詮索されて面倒なことになるのも癪じゃ」
「けんどよ、あの屋敷におるんは女ばっかやろ?
それも十人くらいしかおらんって話やったがや?
村の衆が総出で押しかけりゃ、なんとでもなるやないか?」
「ちいと歳は食うとるが、あそこのメイドの体つき、なかなかええ具合やったで?
男の欲を煽る、ええ尻しよってからに」
その言葉に、何人かの男たちが、くぐもった笑い声を漏らす。
「……まだ今は我慢や。
この程度の雪じゃ、町まで走られて太守にでもバラされたら大事じゃ」
「まったく、あのガキ領主も、おかしなことばっかりゴソゴソやりよって……。
そんなんせんと、黙ってわしらに飯でも配ってくれりゃええに」
「まぁのう。前の領主の爺さんとは違うて、あれはまだ若ぇ。
そのうち嫌でも分かるやろ、自分らがどんな場所に来たか。
国からも太守からも見捨てられた、この吹き溜まりみてぇな村の現実にな」
「それに、あれだけの数の女連れてきたんじゃ、ようやったと褒めてやらにゃあ。
今はまだガキでも、こっちでちゃんと躾けてやりゃ、使い道もあるわな」
「……話が逸れとるぞ。
今は、前の名主の娘――アレの話やろが」
「アレもよぉ……もっと肉付きがよかったら、とっくに可愛がってやっとったんにな。ウサギの骨みてぇな体しおってからに」
「俺ぁ勘弁やな。
あんな狼の糞みてぇな臭いの女、好きこのんで抱けるかってんだ!」
今度は大声で、ドッと笑いが起きる。
「……せやけどなぁ!
二束三文とは言え、あの娘の母親からちゃんと金出して買い取った村の女やぞ?
それをどこの馬の骨とも知れん余所者に持ってかれるのは、さすがに業腹だわ!」
「しかも領主のとこには挨拶だの土産だのしとるくせに、俺らには何の声もかけてこん。それも気に食わんやろ」
「そういやぁ小屋ん中。
家探しさせたんはええけど、バカのハンスが何も見つからんかった言うとったな」
「いや、それどころか『隣にデケェ屋敷が建っとった』とか、訳分からんことまで言いよったぞ?」
「ま、バカの言うこと鵜呑みにするのもアレやけど、小屋の近くで行き倒れてた男が我の住む小屋建てたっちゅう線もあるかもしれんやろ?」
「何にしてもよ!!
オラァ、よそもんがアレと一緒に暮らしとるっちゅうのが気に食わんのよ!!」
「……そういやお前、若旦那……いや、バカ旦那が生きちょったころからちょこちょこ小屋の方へ様子見に行っとったよな?」
「おいおい、まさか抜け駆けして手ェ出そう思うとったんに、行き倒れに先に穴ぁ開けられて拗ねよるんか?」
「なんや、物好きな話やなぁ。
けどあれや、お前、バカ旦那の家が傾く前から屋敷に出入りしとったって噂もあるやんけ」
「もしかしてアレか? でけたら嫁にでもしよう思うとったんかいの?」
「……そ、そこまでは思うとらんわ!」
また、ドッと笑いが起こる。
「……ま、なんにせよ、余所者にいつまでも村ん近所さうろつかれるんも気持ちのええもんやねぇしな」
「せやせや。
それでまた、領主の小娘が余計なこと始めたら面倒事が増えるだけやし」
「明日にでも……村の衆ぅ集めて『話し合い』に行くか?」
「ああ、せやな。もうどうせ『オボコ』でもないやろうし、アレもついでに、みんなで可愛がってやるとしようや!」




