お使い
ここは夢の中だ。幼い日、病弱な母の看病の合間の一人時間。自室にこもっておとぎ話を読む俺。
森の魔女話。
片目の女「もう起きていいぞ、ベッカー。」
寝室台に寝かされていた男は上体を上げた。
ベッカー「……リュプケ、俺のオリジナルはどの部分だ?」
リュプケ「顔と胴体、他のは別人のパーツさ。」
ベッカー「そうなのか。エレミアは?」
リュプケの茶を入れているオレンジのメイド服(?)の娘に聞いた。そんなに大事なこと?と言わんばかりの顔だ。
エレミア「え~と、どこでしたっけ?」
リュプケ「顔、だな。っと。」
リュプケは車椅子に座りながら答えた。
リュプケ「まぁ、そんなに心配すんな。リハビリもいらなくしてあるんだ。その新調した左腕もすぐに馴染むよ。」
エレミア「リハなしはいいですよね~。(遠い目)」
ベッカー「……」
国境沿いの砦。帝国の奇襲作戦。俺はその時に死んだ。はずだった。
このネクロマンサーが家業の魔女の被検体になって、
ネクロイドとして第二の人生を歩んでいる。
ベッカー『この世に居られるんだありがたいことじゃないか。』
リュプケ「早速、使役されてもらうぞ、ベッカー。」
ベッカー「なんだい?」
リュプケ「お使いだ、国の南部で塹壕戦をやってる、何体か落ちてんだろ?状態のいいのを取ってきてくれ。エレミアは城塞都市まで紙に書いた物資の買い付けだ。」
ベッカー「……あんまり、気が進まないおつかいだな。」
エレミア「えー、マジですかー?お小遣いくださいよ!」
リュプケ「お金は多めに渡すから、パフェでも食べてこい。」
エレミアはガッツポーズをとった。
ネクロイドになっても飯がある程度、食える。栄養にはならないが。「長い人生、何か楽しみがないと続かない。」魔女の配慮のおかげだ。他のゴーレム技術で生まれた奴らは何を楽しみに生きてるんだろうか?
リュプケ「そりゃお前、そこまで思いつくような思考レベルの魂は組み込まないよ。」
だから、他のゴーレムより、ネクロイドのほうが商品価値が高い。長い魔女の人生を豊かに彩る、護衛も務める。リュプケはネクロイドを今後、大々的に他の魔女たちに売り込もうとしている。
リュプケ「いい、商売だと思わないか?」
その為に、死体漁りをさせられる俺は……
リュプケ「なんだよ、孫の顔が拝めるんだ。下手すりゃ、ずっと自分の子孫の顔が見れるぜ?」
子供への未練、一人息子への未練が俺をこの体に繋ぎ止めてた。
ベッカー「今度、休みくれよな。」
ヒゲメガネの男「そういう事情か、うーむ。」
ベッカー「頼むよ、レオナール。」
南部方面の前線の詰め所、すぐ後方の村に作戦司令部があった。その一室にベッカーの旧友で上司のレオナールが入っていた。
レオナール「停戦交渉が決裂して、前線に飛ばされて、今度は魔女のお使い。しかも、死体漁りだと?」
レオナールは頭を抱えた。厄年か?
レオナール「まぁ、行方不明になったっていうふうにするか。魔女の機嫌は損ねないほうがいい。」
ベッカー「転送のスクロールはもらってる。すぐに済むよ。」
レオナール「お前も大変だな。死んでも働かされてる。」
ベッカー「お互い厄年さ。」
レオナールはベッカーと同じく若い頃、リュプケとは別の魔女の元で魔法剣の修業を受けていた。なので、魔女周りの事には明るい。ベッカーの事情を知る数少ない生きた人間だった。
レオナール「やるなら夜にしてくれよ?」
ベッカー「死神かな?」
そんな大層なもんでもないか、ベッカーとレオナールは苦笑した。
夜霧に紛れて、地面に転がる腐乱死体を確認する。
どれもコレも状態は悪い。寒冷地帯の北部と違い、南部は気温が高い。すぐに腐敗が進む。
ベッカー「はぁ、ようやくいいのがあった。」
死にたての、名も知らぬ男の死体。ベッカーはスクロールを開いた。ズブズブ、ズブズブ。男の死体は地面に出現した黒い穴にのみ込まれていった。
ベッカー「転送完了っと。」
スクロールはたんまりある。全部使い切るまで帰ってくるなと言ったところだろう。
月夜にフクロウが舞っている。鳥葬。人の営み、戦争。それを超越した存在、自然の摂理。
ベッカー「……美味しそうなのはあるかね?」
ベッカーは飛んでるフクロウに問いかけた。
リュプケ「は?私はもっと美食家だぞ。」
魔女リュプケの返答が頭に響く。どこから?
リュプケ「フクロウさ、これもネクロイドだ。いいだろ?手伝いによこしてやったぜ?お前も早く済ませたいだろ?」
気の利く事で。屍界リンク。
ネクロイドの目玉商品。その名の通り、死体の視覚とリンクさせる最新技術。最新作のベッカーに試験的に搭載された技術だ。フクロウからの眺めが脳に映る。
便利な機能だ。そう遠くない所に、状態のいい死体があった。
ベッカー「助かったよ、ありがとうリュプケ。」
リュプケ「フフン、もっと敬え。」
ベッカーはスピードアップしてお使いをこなしていった。