07 ヴィンセント10歳 07
「宮廷魔法師試験に十二歳で合格? これはまたすごい経歴のお嬢さんだ。なぜこんな炭鉱の診療所に?」
白髪交じりの診療所の医師は、エルの履歴書とマスターからの推薦状を見ながら、何度も確かめるように眼鏡の位置を指で調節した。
エルの経歴があれば、本当はもっと良い仕事につける。
ただ、良い職場はそれなりに規則も整っており、子どもを預ける託児所のような施設はあっても、同伴させられるほど自由な環境ではない。
貴族の家の専属にでもなれば融通も効くが、それだとヴィンセントの身を危険に晒してしまう。
その点、ここは交渉の余地がある。
「仕事中に弟を同伴させたいのです。こちらはその辺りの事情を聞いてくださるとお聞きしたので」
「赤ん坊を背負いながら働く者もいますが……、同伴させたい弟さんとはお隣の子かな?」
医者の問いに対して、ヴィンセントは礼儀正しく挨拶をした。
「ヴィーと申します。僕も一生懸命お手伝いしますので、どうか姉を雇ってください」
「礼儀正しい弟さんだ。手がかかるようには見えないが、何か理由でも?」
「弟はマナ核の調子が少し悪いもので。定期的に診てあげたいんです。もちろん、診療所の患者さんを優先しますが」
「そういった事情なら構いませんが、どうせなら学校へ通わせたらどうですか? ちょうど向かいの建物が、労働者の子どものための学校なんです」
「学校……」
ヴィンセントに不安を与えないことばかり考えていたが、彼にも学びは必要だ。
それに、同年代の友だちができれば、エルがいなくても恐怖に怯えることはなくなるかもしれない。
「僕、お手伝いを頑張りたいです」
けれどエルの考えを見透かしたように、ヴィンセントはエルの腕に抱きつきながら懇願するような表情を浮かべる。
やっと外へ出る気になった子へは、早すぎる提案だったようだ。
「こちらの環境に慣れてから、考えさせてください」
「無理にとは言わないですよ。とにかくエルさんが働いてくれたら助かります。明日からでもお願いできますか?」
「はいっ。ありがとうございます!」
無事に仕事が決まり、エルとヴィンセントは顔を見合わせて喜んだ。
これで、二人で暮らすための安定収入が得られる。
当面の不安ごとが消えてほっとしていると、廊下がばたばたと騒がしくなり、無遠慮に部屋の扉が開かれた。
「先生大変です! 坑内で落石事故があり、多数の怪我人が出ました!」
「大変っ……」
エルは一気に緊張したが、医者のモーリス先生は慣れたような雰囲気で椅子から立ち上がった。
「だから火薬は使いすぎるなと言っているんだ。すまないがエルさん。今から手伝ってもらえませんか?」
「もちろんですっ」
エルもすぐに椅子から立ち上がり、「ヴィーはここに――」と言いかけた。
けれど、ヴィンセントは置いて行かれることに恐怖を感じているのか小刻みに震えながら「エル……」と呟いた。
坑内は危険があるかもしれないけれど、ヴィンセントを一人にはできない。
「ヴィーも一緒に行きましょう」
鉱山の入り口からトロッコに乗って坑内を進むと、途中で大勢の人だかりがいる場所へとたどり着いた。
(ひどい状態ね……)
怪我をしている者も救助している者も多く、現場は人でごった返している。
「全ては治さなくていい。重篤な患者の止血だけに専念して治療魔法を施してください」
モーリス先生は手早くエルに指示してから、慣れた様子で動けない患者のトリアージを始めた。
これが日常ならば、診療所でいつも治療魔法師を募集している理由が、聞かなくても理解してしまえる。
「ヴィーは私の後ろに隠れていて」
この状況はあまり見せたくない。下手をするとヴィンセントのトラウマがさらに悪化してしまいそうだ。
連れてきたことを後悔しつつそう伝えると、彼は真剣な表情で首を横に振った。
「お手伝いします。エルはこのような状態の僕を助けてくれたのでしょう?」
「ヴィー……」
彼はただ守られるだけの子ではない。様々な苦難を乗り越えて皇帝にまで上り詰める者だ。
このような状況でも落ち着いた様子に、その片鱗を見たような気がしたエルは、力強くうなずいた。