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05 ヴィンセント10歳 05


 やっと外へと出る気になったヴィンセントを連れて、エルは街へと出かけた。

 ここは帝国の首都の外れにある、平民が多く住む街だ。貴族が住む皇宮のそばとは異なり、道は舗装されていないので土埃が舞っているし、手入れされていない建物も多い。お世辞にも美しい場所とは言えない。


「この辺りに来るのは初めてよね? あまり綺麗な場所ではなくてごめんね」

「いいえっ。とても新鮮で興味深いです」


 嫌がるかと思ったが、ヴィンセントが意外と楽しそうに辺りを見回している。エルの家にも不満はないようだし、意外と適応力があるようだ。

 これならヴィンセントを連れて働けそうだ。

 「食べたいものとかあったら言ってね」と声をかけながら歩いていると、「エル。あの……」とヴィンセントがエルの袖を引いた。


「食べたいものあった?」

「そうではなくて。その……。子どもたちは大人と手を繫いで歩いています」


 何を熱心に見ていたのかと思えば、彼の興味はお店ではなく、人々の行動だったらしい。

 皇宮で護衛などに守られていたであろう彼には、手を繫ぐ意味がわからないようだ。


「そうね。そのほうが迷子になる心配がないから」


 そう答えると、ヴィンセントはもじもじしながらエルを見上げた。


「僕も、この街には不慣れなので迷子になってしまうかもしれません。エルには迷惑をかけたくないので、その……」


(もしかして、手を繫いでみたいのかしら?)


 親と手を繫いで歩いている子どもは、彼より小さな子たち。十歳の男の子なら手を繫ぐのは恥ずかしいかと思い、エルは気を遣っていたが。


「手。繋ごっか?」

「はいっ」


 自らエルの手をぎゅっと握ってきたヴィンセントは、嬉しそうにエルの顔を見上げた。


(可愛い……。手ちっちゃい……)



 お互いに満たされた表情を浮かべつつ手を繫いで歩きながら、エルはとある建物へとヴィンセントを案内した。


 ここは魔法師ギルド。この街で魔法師の仕事をしている者のほとんどが登録しているギルドだ。

 エルもこのギルドを通して、いつも依頼を受けている。


 ヴィンセントを連れて建物の中へと入るとすぐに、エルを見つけて両手を広げながら近づいてくる女性がいた。


「エル! 久しぶりだね」

「マスターお久しぶりです」


 エルに抱きついてきたのは、この魔法師ギルドのギルドマスター。エルの魔法の師匠でもある。

 中年を感じさせないはつらつとした雰囲気があり、たくましい腕で抱きしめられると少し痛いくらい。

 とにかくマスターは、街の魔法師を束ねるだけの器量がある人だ。 


「ずっと顔を見ていなかったから、心配していたんだよ。アークに様子を見に行かせようとしたんだけど、あいつ地方に飛ばされたらしくて――」


 そう話しかけたマスターは、ふとエルの横に目を向けてから、ぽかんと言葉を途切れさせた。

 小さな男の子が、エルの手を握りながら「エル、苦しくないですか?」と不安そうにしていたのだ。


「じつはこの子を引き取ったので、なにかと忙しくて」

「引き取った? どういうことだい?」


 マスターの執務室へ行くよう指示されたエルは、ヴィンセントを連れて二階の執務室へと向かった。マスターが重要な話をしたい際は、いつもここを使う。

 しばらくしてマスターは、三人分の飲み物をトレーに載せてやってきた。

 マスターはコーヒー、エルとヴィンセントにはココア。マスターにとってエルはまだ、子どもの枠に入るらしい。エルは微妙な気分でココアを受け取った。


「それで。どんなトラブルに巻き込まれたんだい?」

「トラブルではないですよ。この子、私の弟なんです。以前に治療依頼を受けた方が偶然、私とこの子のマナが同じことに気がついて。引き合わせてくれたんです」


 言い訳は事前に考えてある。マスターを騙すことに罪悪感はあるが、マスターを巻き込まないためにも、ヴィンセントの素性を知られるわけにはいかない。


「それじゃあ……」

「はい。私にも家族がいたんです」


 エルは孤児だ。物心ついた頃にはすでに孤児院で暮らしていた。

 院長先生の話によると、『母親のマナでマナ核を染めました』と手紙が添えられた状態でエルは、孤児院の玄関に捨てられていたのだとか。


 孤児にとってマナ核を誰が染めたかは、非常に重要だ。

 もしも本当の親が染めてくれたなら、いつか会えるかもしれない。やむにやまれぬ事情で離れているだけだと、希望が持てるから。

 エルも幼い頃は淡い期待を抱いていたこともあるが、まさか言い訳に使う日が来るとは思っていなかった。


「そうかい。良かったねエル」


 マスターは自分の事のように幸せそうな笑みを浮かべる。ソファから立ち上がり、ヴィンセントの前に膝をついた。


「私はこのギルドのマスターだ。君の名前は?」

「ヴィーです」

「良い名だヴィー。私にもマナ核を確かめさせておくれ」


 素直にヴィンセントがうなずくと、マスターはヴィンセントの服の上からマナ核の辺りを手で触れる。そして嬉しそうにうなずきながら「本当にエルと同じマナ――」と言いかけたところで、表情を一気に曇らせた。


「この子。マナ核の動きが不安定だね」


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◆作者ページ◆

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