50 ヴィンセント25歳 24
ヴィンセントとの結婚を抜きにしても、これだけエルシーがエルになつく姿を見ると姉妹になることを叶えてあげたいというのが、エルの今の気持ちだ。
「私はエルの願いを実行しているだけよ。本当は陛下と結婚したかったのでしょう?」
「……わからないわ」
エルシーはずっと心の奥底で、エルがどう考えながら行動していたか、見ていたはず。じつはエル本人よりも、エルの気持ちを素直に理解しているのかもしれない。
「ここは小説の世界だったかしら? エルは悪役になりたくなくて、ずっと逃げてきたのでしょう?」
「ええ……」
「それなら今度は、私と二人でこの世界を壊しちゃいましょうよ! 私は離婚して、エルが陛下と結婚したら、ストーリーがめちゃくちゃくになるわ」
エルシーは楽しそうに笑う。
彼女と一緒にいれば、いつも一歩踏み出せないエルの足も、軽くなりそうな予感がする。
エルシーがこうしてなついてくれているように、エルもエルシーに対して深い絆を感じずにはいられない。
これはきっとマナ核の色が同じになった影響だ。
「きっと、皇后陛下が悔しがるわね」
何の気なしに言ったようなエルシーの言葉に、エルはどきりとしながら身体を起こした。
「皇后陛下……?」
翌朝。
朝食を食べ終えたあと。すぐに、ヴィンセントが公爵家を訪れた。
「朝早くに申し訳ありません。皇子がママに会いたがったもので」
「陛下。エルに会う口実にしていませんか?」
エルシーの鋭い指摘に対して、ヴィンセントは気まずそうな顔をする。
「確かにエルに会いたいのは事実ですが、皇子の願いも聞き届けなければいけませんので……」
前者の理由のほうが大きいのか、ヴィンセントは昨日ほど強気でエルシーとは渡り合えないようだ。
そんな二人の様子を見ながら、エルは心配で心臓の鼓動が早くなっていた。
(エルヴィンは、私に気がついてくれるかしら?)
エルシーに憑依していた頃から、エルヴィンはマナ核の色を正確に感じ分け、エルを母親だと認識していた。
そんな息子なら、エルが元の身体に戻っても母親だと気づいてくれるかもしれない。
けれどエルシーの身体へ憑依した際のエルは、マナごと移動したが、元の身体に戻った際は違う。エルの身体はヴィンセントのマナですでに満たされていたので、魂だけ戻った状態。
ヴィンセントのマナ核もエルが染めたものではあるが、今はその個体差が変動していないか心配でならない。
そんなエルの心配をよそにエルヴィンは、不思議そうにエルとエルシーを交互に見ては、首をかしげる。
「パパ。ママがちがう人になっちゃった」
「わかるのか……?」
困惑するヴィンセントに、エルヴィンはこくりとうなずく。
「この前まではエルシーさまがママだったのに、今はこのお姉ちゃんがママなの」
「エルヴィン。気がついてくれたのね……」
エルは緩む涙腺を必死にこらえながら、エルヴィンへと手を伸ばした。ヴィンセントから受け取りしっかりと抱きしめると、エルヴィンも嬉しそうに首に抱きついてくる。
「この身体が本当のママなの。今まではエルシーが身体を貸してくれていたのよ。がっかりした……?」
容姿でいえば、エルシーのほうが格段に綺麗で華がある。心配しながら尋ねると、エルヴィンはにこにことエルを見つめる。
「ママ可愛い。パパが言ってたの。ママは可愛くて優しくて魔法が上手だって。ママはずっと優しくて、ぼくの怪我も直してくれたし、本当に可愛かったんだね」
「エルヴィン」
あの小さな赤子だったエルヴィンから、これほどじょう舌に褒められる日がくるとは。感動しつつも、くすぐったいような気持ちがこみ上げてくる。
「僕のほうがエルを可愛いと思っています。可愛いエルを先に見つけたのは僕ですから」
ぶつぶつと息子に対抗しているヴィンセントもまた可愛い。
もしも、また家族に戻れたら、このような楽しい日々を過ごすことができる。
(やっぱりヴィーと結婚したいわ)
その理由がエルヴィンに由来すると言えば、彼はショックを受けるかもしれない。けれどヴィンセント一人に対しては何とか自制できても、二人の愛の証である息子が関わると、やはり手を伸ばしたくなる。
(でもそれを伝える前に、あの件だけは解決しなくちゃ)





