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42 ヴィンセント25歳 16


 エルヴィンは「エルシーさま~!」と嬉しそうにエルに抱きついてきたが、その顔には直前まで泣いていたような涙の後が。

 エルはハンカチを取り出して、その涙を拭ってやりながら微笑んだ。


「あら皇子様。今日は夕食をご一緒する予定でしたよ?」

「やっぱりエルシーさまと一緒にいたいです」


 先日はルヴィを弟にしてお兄ちゃん気取りだったが、まだまだ甘えたいお年頃のようだ。こんな姿も愛おしい。


「僕一人では役不足らしいです」


 若干、不満げな表情で息子の頭をなでるヴィンセントの姿を見て、皆が驚いたような表情を浮かべる。


(皆、冷徹皇帝のパパな姿が意外だったみたい)


 この状況を目にしたエルは、ふと良い考えが浮かぶ。この姿を見せていたほうが、先ほどの誤解が解けるかもしれない。


「お二人ともよろしければ、こちらでご休憩ください」

「わーい!」

「感謝します、皇妃」


 エルの隣にヴィンセントの席が用意され、エルヴィンはエルの膝の上でご機嫌な様子でお菓子を頬張り始めた。


 エルとエルヴィンは楽しそうに会話しており、ヴィンセントはエルの椅子の背もたれに腕をあづけながら、息子を優しく見つめている。

 その姿を目にした女性たちは、感嘆の声を上げた。


「本当の親子みたいですわ……」

「陛下のあのような温かい眼差しも、初めて拝見します」

「皇妃様が選ばれた理由が一目瞭然ですね」


 これには、マリアンを擁護していた女性たちも、反論の余地がなかった。


「マリアン嬢に非はないけれど、今回は諦めたほうがよろしいわ」

「そうですわね。皇子様のお気持ちは無視できませんもの」


 そう言い残してマリアンの周りから人が去る。一人残されたマリアンは、うつむきながらハンカチを握りしめた。


「お前が幸せになるなんて、絶対に許さないっ……」







「はあ~皇子様、とっても可愛いわ!」


 儀式当日。儀式用にあつらえたエルヴィンの衣装を見て、エルは心臓を押さえながら喜んだ。


「エルシーさまも、可愛いです! ここがぼくと同じです。あとここも!」


 今日の衣装は、親子コーデとして注文した。エルヴィンは同じ部分を見つけては嬉しそうに報告してくる。


「エルヴィン。パパと同じところはないのか?」


 ちなみにヴィンセントともお揃いコーデだ。

 儀式をするのはエルとエルヴィンだけなのでその必要はなかったのだが、二人で衣装を選んでいる際に彼はぼそっと呟いたのだ。

 「僕はのけ者ですか?」と。


 最近のヴィンセントは、エルとエルヴィンが仲良しすぎることに、少しだけ不満があるようだ。

 嫉妬心を見せている姿がおかしくもあり、愛おしい。


「パパはここが同じ!」

「よく気がついた。えらいな」


 ヴィンセントに抱き上げられたエルヴィンは、さらに付け加えた。


「パパのここと、エルシーさまのここも同じだぁ。ぼくにはないの」


(えっ?)


 指摘されて驚きながらエルは、ヴィンセントを見た。彼も同じく困惑した表情でエルを見つめている。


「……皇妃の注文ですか?」

「いいえっ。私はなにも……。きっとデザイナーが気を効かせたのでしょう……」

「そうですか……」


(ヴィーとはそんな関係ではないのに、気まずいわ……)


 お互いに視線をそらす姿を見て、エルヴィンは不思議そうに首をかしげた。




 神殿での儀式が始まり、エルとエルヴィンは二人そろって入場した。

 中には大勢の貴族が集まっており、一番前の席にいるクロフォード公爵はご満悦の表情だ。


(エルシーとしては、少しは親孝行になったのかしら?)


 問題行動が多い娘をかばい続けてきた公爵としては、やっと肩の荷が下りたのではないか。

 父親としては、娘が生んだ子も見たいのかもしれないが。


(ヴィーが求めれば、それも可能かもしれないわ)


 ヴィンセントの打ち明け話を聞けたおかげで、今のエルにはもう彼を拒む気持ちはない。彼がエルシーを望む日が来るなら、素直に受け入れるつもりだ。


(それに、エルヴィンはルヴィを喜んでいたもの。本当の兄弟ができればきっと嬉しいと思うわ)


 やっと親子関係が復活する息子へ視線を向けて見ると、エルヴィンはにこりと笑みを返してきた。


 祭壇の前へと到着し、神官が儀式を始めた。神への祈りが終わり、最後にナイフとマカロンがひとつ運ばれてくる。

 ナイフで二つに切り分けた食べ物を親子で食べることで、継母の儀式が完了する。

 小さなパンを使うことが多いと聞いていたが、ヴィンセントの指示だろうか。エルヴィンが食べやすいようにお菓子にしたようだ。


 その様子を見守っていたヴィンセントは眉をひそめた。儀式が始まる前に確認したマカロンと、微妙に色が違う気が。

 光の加減かとも思ったが、妙な胸騒ぎがする。


 神官がマカロンを二つに切り分け、二人へと差し出した瞬間、ヴィンセントは動いた。


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