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30 ヴィンセント25歳 04


 エルはヴィンセントの指示どおり、一週間の静養に入ることにした。っといっても、バルコニーから落ちた際の怪我はすでに治療魔法で治っているし、この身体へ入った違和感も徐々に薄らいでいる。

 特にベッドで寝ている必要がないエルは、頻繁にエルヴィンの様子を見に行った。

 生垣の隙間から見ることしかできないが、息子の笑顔を見るだけでも心が癒される。

 今のエルにとっては、それだけが心の支えだった。





 そして一週間後。エルの全快を祝うパーティーが開かれた。皇帝が自ら主催し、今日は公務を全てキャンセルしたという。


 ヴィンセントなりに、エルシーが自殺を図ったことへの罪悪感があるのか。

 はたまた、皇帝と皇妃の不仲説を払拭させるための演出か。

 エルは前者であると願っている。


「皇妃。体調はどうですか?」

「おかげさまで、すっかり元に戻りました」

「そうですか。そろそろ時間なので入場しましょう」


 彼はそう言いながら、ポケットから懐中時計を取り出して確認した。それを見たエルはどきりと心臓が跳ねる。


(ヴィーの十六歳の誕生日に、私がプレゼントした懐中時計……)


 価値があるのは純金製であることだけで、宝石の一つも埋め込まれていない。皇帝が持つ装身具としては、シンプルすぎるデザインだ。

 そのようなものを、なぜ今でも使っているのか。


 エルの視線に気がついたようで、ヴィンセントは気まずそうに懐中時計を握りしめた。


「衣装に合わない懐中時計でご不満ですか? ですが、こちらは僕の宝物なんです。皇妃にとやかく言われる筋合いはありません」


(宝物ってなによ……)


 エルヴィンを引き取ったことについては、父親としての責任を感じたのかもしれないが、エルがプレゼントしたものまでなぜ大切にしているのか。

 エルシーに食って掛かるほど大切なら、なぜエルに兵を差し向けたのか。


「私は何も――」


 エルが反論しかけた時。ヒールのかつかつとした音を立てながら、誰かが駆け寄って来る気配がした。二人そろって振り返ると、そこにはマリアンの姿が。


「陛下ぁ~。遅れてしまい申し訳ございません。準備に手間取ってしまいまして」


 そう言いながら下を向いて息を整えたマリアンは、姿勢を正してからヴィンセントとエルを見た。それから、シュンと捨てられた子犬のような顔をする。


「あ……。私、婚約者だから陛下のパートナーだとばかり……。陛下には皇妃様もいらっしゃるのに……」


(ヴィーはエルシーにうんざりして、マリアンを皇妃に迎えようとしているのだから、当然そう思うわよね)


 小説ならここでエルシーが激怒する場面だろうが、エルは大人しく悪役になってやるつもりなどない。にこりと二人に笑みを向けた。


「陛下には失礼に当たるかもしれませんが、お二人で先にお入りください。今日は私が主役なので、最後に一人で入場しても不自然ではないでしょう?」


 エルとしては三人で入場しても構わないが、皇妃と婚約者を同列に扱う行為もまた、派閥間での波乱を呼びそうだ。少しでも波風立てないようにするには、この方法が最適だと考えた。


(それに見たくないものを見てしまったから、今は距離を置きたいわ……)


 ヴィンセントもそれが良いと思ったようで、素直に「感謝します、皇妃」と謝意を表す。


「皇妃様ってお優しいのですね」


 しかしヴィンセントを譲ったというのに、なぜかマリアンは不満そうだった。






 二人を見送ってしばらくしてからエルが入場したが、会場の冷ややかな視線はなかなかのものだった。


(そうなるわよね。ヴィーの気を引くために、エルシーは自殺を自演したと思われているだろうから)


 それよりエルが心配なのは、ちゃんと皇妃として振る舞えているかだ。エルシーの記憶や小説でも、彼女はどのような場面でもいつも堂々としたものだった。

 あごを引き、胸を張り、視線は落とさず。そして、気に入らない者は睨みつける……これは参考にならない。


 緊張しながら玉座に向かって歩いていると、前方からヴィンセントがやってきた。


(パートナーはマリアン嬢に譲ったのに、なぜこちらへ来るの……?)


「皇妃。皆が待っていました」


 そして手を差し出す姿に、会場全体がざわついた。


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