29 ヴィンセント25歳 03
(エルヴィンも心配だけれど、私の境遇をどうにかしなければ、また死ぬ運命なのよね……)
今まではひたすらストーリーから逃げようとしていたけれど、結局は悪役として死んでしまった。
逃げても意味がないなら、エルヴィンがいるこの皇宮で悪役とならない道を模索したほうが、幸せに生きられるかもしれない。
そのエルヴィンのお世話係を勝ち取るには、まずはエルシーがやらかしたことの後始末から始めなければいけない。
エルシーは純粋にヴィンセントを想っていただけだが、そのアプローチの仕方にはかなりの難があった。
朝から晩までヴィンセントに付きまとおうとするし、ヴィンセントと楽しく会話する女性がいようものなら、徹底的に排除した。
おかげでヴィンセントの仕事にまで支障をきたすようになり、エルシーは完全に彼から厄介者扱いされていた。
そこでヴィンセントは、もっとまともな皇妃が必要だと考え、ヒロインを娶ることになるが。
「エルシー皇妃様ぁ~!」
小鳥のさえずりのように愛らしい声が辺りに響き、庭園でお茶を嗜んでいたエルのもとへと駆けてくる令嬢がいる。
(噂をすればヒロイン……。名前は確か)
「ごきげんよう。マリアン嬢」
マリアンの顔を見ただけで、なぜか身体が拒否反応を示しているような気分になる。
(エルシーはよほどこの子が嫌いだったのね)
エルシーの記憶によると、マリアンとヴィンセントは半年後に挙式をするようだ。
「聞いてください皇妃様! 私、これから陛下とお茶会をするんです。もう緊張しすぎて困っちゃうから、こちらへ来ちゃいました」
(確かエルシーがマリアンを虐め出すのは結婚後だから、この頃はまだお友だち感覚だったのかしら?)
小説ではこの時期はあまり詳しく書かれていなかったし、エルシーも記憶にとどめておきたくないほど嫌だったのか、情報があまりない。
「そうなんですねぇ」と無難な返事をしていると、マリアンの後ろからヴィンセントが。
エルはどきりとしながら、彼を見つめた。
あれから三年が経ち、まさかに小説のヒーローと寸分たがわない容姿に。
アークが話していたとおり、あれほど優しかった表情が、冷徹な無表情へと変わっている。
「マリアン嬢。こちらにいたのですね。黙って席を外すと皆に迷惑がかかります」
「陛下。申し訳ございません。エルシー皇妃様が回復されたとお聞きしたので、嬉しくてつい……」
(そんなこと言ってたかしら?)
確か彼女は、ヴィンセントとのお茶会が緊張するから逃げてきたと。
けれど理由などどうでも良い。
エルは、エルシーが無害であることを演出するために「私のことはお気になさらず。素敵な時間をお過ごしくださいませ」とマリアンに対してにこりと微笑んだ。
「ありがとうございます、エルシー皇妃様。では陛下、参りましょう」
マリアンは、ヴィンセントの腕に抱きつこうとした。けれどヴィンセントはそれをするりと交わして、エルシーのもとへと歩いてくる。
厄介者だと思っているなら、わざわざ関わらなければよいものを。
「回復されたそうですね」
この冷徹無表情に見下ろされると、非常に威圧感がある。エルは思わず、視線を下げた。
「……ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
「あなたの誕生日パーティーに出席できなかったのは、急を要する事情があったから。このような過剰反応は困ります」
「肝に銘じます……」
わざわざ、自殺未遂の苦情を言うために声をかけたようだ。
ヴィンセントは、エルシーを鋭い視線で見つめてからこの場をあとにした。
(小説版のヴィー。怖いわ……)
エルは、二人が完全に見えなくなってから、緊張の糸が途切れたようにため息をついた。
彼と再会したら、もっと憎しみのような感情が生まれるのかと思っていたが、そのようなことはなかった。
エルは心のどこかで、彼を拒んできた罪悪感がある。そのせいで、完全に憎みきれない。
せっかく優しい性格に育ってくれたのに。
アークの「陛下はエルが死んでから変わられた」という言葉が耳に残る。
結局エルは、彼にとっては『悪』でしかなかったのだろうか。
エルは気分を変えるために、皇妃の執務室へと足を運んだ。
エルシーの記憶によると、毎日数時間はここで書類仕事をしなければいけないようだ。
「溜まっている執務があるでしょう? 全部持ってきてください」
そう補佐官へ告げると、彼女は無表情で答えた。エルシーとの仲はあまり良くないようだ。
「急を要するものは全て、陛下が処理してくださいました」
「えっ……」
「それから、執務を復帰するのは一週間後にして、静養に励むようにとのことでした」
エルは、目覚めた日に公爵が怒っていた理由を思い出した。
彼は本当に忙しかったのだ。エルシーの執務まで請け負っていたから。
(……そういう優しさ。エルシーにはまったく伝わっていなかったみたいね)
エルシーの誕生日パーティーへ出席できなかった理由も、言い訳ではなく本当に急を要する案件が舞い込んできたのだろう。
ヴィンセントは昔からそうだ。自分一人で決断して、エルにさえ話さずに行動してしまうところがあった。
なんだか、冷徹皇帝の化けの皮を剥いだような気分だ。





