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18 ヴィンセント16歳 04


 消えたはずの皇后との接点。それが再び復活しようとしている。

 今回はヴィンセントに直接的な関係はないものだけれど、だからといって楽観視もできない。

 ヴィンセントの祖父が、ストーリーとは異なるタイミングで亡くなった前例があるから。


(私はやはり死ぬ運命なの……?)




 その夜。夕食後にエルは「話があるの」と、ヴィンセントにお茶を淹れながら話を切り出した。


「話しとはなんですか?」

「じつは私、働きに出なければいけなくなったの」

「嫌ですよ?」


 きょとんとした顔で首をかしげるヴィンセントに、エルは皇后からの手紙を差し出した。


「平民の私が皇后陛下からのお呼び出しを拒めば、罪に問われるわ。今回ばかりは、ヴィーの気持ちを優先してあげられないの」


 彼にとっては、自分を殺そうとした宿敵みたいなもの。そのような者のもとへエルを向かわせることに、良い反応を示すとは思えない。

 どう説得すべきか頭を悩ませつつヴィンセントを見つめていると、彼は思いのほか穏やかに微笑んだ。


「そういうことでしたら仕方ないですね。こちらにも書いてあるとおり、僕も今の生活は失いたくないですから。――それにしても脅しみたいな手紙ですね。皇族って皆、このような感じなのでしょうか」


 ヴィンセントはあくまで、自分は皇族とは関係ないというような雰囲気。この手紙を読んでも、自分の生まれについて話すつもりはないようだ。


「本当に良いの……?」

「僕のわがままで、エルを危険に晒したくありませんから。エルはお仕事がんばってください」


 にこりと笑みを浮かべたヴィンセントは、それからぼそっと呟いた。


「呼び出しの日まで、その手紙が有効なら。の話ですが」


(どういう意味かしら?)





 皇后は支度金として小切手を同封していたので、エルは次の日から慌ただしく、皇宮で働くための準備を始めた。


 今日はマスターにお願いして、仕事着をあつらえるために衣装店を訪れている。

 いつもならヴィンセントが付き添うが、彼はさすがに皇后のためには動きたくないのか、マスターにエルを任せてギルド依頼へ出かけてしまった。


「支度金まで用意してくださるとは、よほどエルに期待しているんだね」


 マスターは小切手をひらひらさせながら、呆れ半分、感心半分といった様子だ。

 小切手についてはエルも驚いている。平民相手に普通はここまでしない。それだけエルの能力に期待しているのか。それとも心証を良くして、小説のようにエルを利用しようと目論んでいるのか。

 どちらにせよ、皇宮では気が抜けない日々を送ることになりそうだ。




 買い物を終えたエルは夕方までギルドでヴィンセントを待ったが、彼は日暮れになっても戻ってこなかった。

 彼から事前に、辻馬車で帰るよう言われていたので、エルは仕方なく一人で辻馬車に乗って家へと戻った。


 結局、ヴィンセントが帰ってきたのは、いつもよりもだいぶ遅い時間だった。


「ただいま帰りましたエル。遅くなってしまい申し訳ありせん」

「おかえりなさい、ヴィー。心配していたのよ。大変な依頼だったの?」

「依頼人が親切な方だったもので、なかなか帰れなくて……」


 依頼人によっては依頼料のほかに、お礼として食事を振る舞ってくれたり、酒場へと連れて行ってくれるような人もいる。

 ヴィンセントはいつも丁重に断っているらしいが、今日は断り切れなかったようだ。


「それなら良かったわ。夕食はどうする?」

「いただきます。エルが作ってくれる食事は別腹なので」

「ふふ。準備しておくから、先にお風呂に入ってきて」

「ありがとうございます。お先に済ませてきますね」


 彼が脱いだマントを預かったエルは「いってらっしゃい」と手を振って彼を見送った。それから、そのマントをハンガーに掛けようとした時ふと、内ポケットに何かが入っていることに気がつく。


「新聞の号外……? ヴィーがこんなものを持ってくるなんて珍しいわね」


 何気なく開いた新聞に書かれていた見出しに、エルは大きく目を見開いた。一面には大きく『皇后逝去』の文字が。


(なぜこのタイミングで……。皇后が死ぬのは第二皇子が亡くなった後なのに)


 第二皇子の死に絶望した皇后は、ヴィンセントを逆恨みする。今度こそ生き根の音を止めてやろうと自ら、ヴィンセントの寝込みを襲おうとするも、逆にヴィンセントに返り討ちに合い死ぬことになる。

 けれど今はまだ、その時ではない。なぜ皇后は亡くなったのか。


 エルはわけがわからないまな、新聞を握りしめて浴室へと向かった。


「ヴィー! この新聞はどういうこと? 皇后陛下が亡くなったって……」


 そう言いながら浴室のドアを開けたエルは、さらに驚いた。


「ヴィー……。その怪我どうしたの……?」


 上半身が裸の状態の彼には、身体のさまざまな箇所に真新しい傷が。剣で切られたような傷がある。


「恥ずかしので見ないでください……」

「そんなこと言ってる場合ではないでしょう! すぐに治療魔法を!」


 エルは治療魔法を施しながら、がくがくと震え出した。


(もしかしてヴィーが皇后を殺したの? こんなに傷を負ってまで?)


 彼が皇后を殺すのは小説どおりで、彼にとっては長年の復讐を遂げたことになる。

 けれど彼の恨みが晴らされたはずなのに、エルの気持ちはすっきりしない。


(本当にヴィーは、自分のために復讐を遂げたのよね……?)


「エル。そんなに震えないでください。もう大丈夫ですから。僕たちはこれからも平穏に暮らせます。ずっと二人で」


 小説のストーリーをなぞっているようで、何か根本的な部分が変わってしまったような。そんな気がしてならない。

 ヴィンセントに抱きしめられ、安心させる言葉をかけられるたびに、エルは逆に不安を感じるのだった。


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◆作者ページ◆

~短編~

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