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17 ヴィンセント16歳 03

 寝る時間がとうに過ぎた頃。エルはまだ寝つけずにいた。

 今になって皇后の話題が出たということは、小説のストーリーに何か動きがある前兆なのだろうか。それがずっと気になっていた。


「エル。どうかしたのですか?」

「え……?」

「エルは心配ごとがあると、寝つきが悪いですから。僕に話してください」


 寝たふりをしていたつもりだったのに、ヴィンセントには気づかれていたようだ。

 もしくは彼自身も、皇后の話題が出たことが気がかりだったのだろうか。震えている様子はないが、彼にとってはトラウマなはず。名前すら聞きたくなかっただろうに。

 エルは少しでもヴィンセントの気が紛れたらと思い、にこりと笑みを浮かべた。


「大したことではないのよ。アークが急に出世しちゃったから心配なだけ」

「彼は人が良さそうですから、苦労しそうですね。しばらくは慣れない職場で気が張り詰めているでしょうから、会うのは控えたほうが良いと思いますよ」

「…………うん」


 ヴィンセントもやはり、皇后が何か仕掛けてくるかもしれないと警戒している様子。

 今回ばかりは、エルも素直にうなずいた。





 それからしらばくは何ごともなく日々を過ごしたが、アークが尋ねてから一か月後。再び彼はエルの家へとやってきた。


「おーいエル」


 エルが畑仕事をしてると、柵の向こう側からアークが手を振るのが見えた。

 彼は柵の出入り口を開けようとしているが、そこにはヴィンセントが施錠の魔法をかけてある。エルは急いでアークのもとへと駆け寄った。


「アーク。こんな昼間にどうしたの?」

「久しぶりの休みだから、遊びにきたんだけどさ。この扉、壊れてるのか?」

「あの……。そこは施錠の魔法が掛けられているの」

「なら、玄関から入るよ」

「ごめんなさい。玄関も施錠されていて……」


 人と会う際はもっぱらエルが街へ出かけるので、こんなことを話すのはアークが初めてだ。

 前回の彼はそこまで気にしていない様子だったが、今日は真顔でエルを見つめた。


「あいつに、そうされているのか?」

「近ごろ、この辺りも物騒なのよ」


 これは嘘ではない。皇后の話題が出たからには、用心しなければいけないのだ。

 最近はエルも、護身用の攻撃魔法をヴィンセントから教わったので多少の抵抗はできるが、暗殺者にでも襲われたらきっとひとたまりもない。

 そう。これは用心のためで、ヴィンセントを責めることではない。


 普段はヴィンセントの態度に対して晴れない気持ちを抱えているのに、他者から指摘されると急にヴィンセントをかばいたくなる。


「なあ。あいつは本当に、エルの弟なのか?」

「急に何を言い出すのよ」

「マナ核のマナが同じだからって、血が繋がっているとは限らないだろう。それに、髪色は同じだけど、顔は全然似ていないじゃないか」

「私も、ヴィーも、親に捨てられたの。親の顔なんて知らないわ。今はヴィーだけが本当の家族なの」


 三年前のヴィンセントは、エルに捨てられるのではないかと不安を抱えていたが、エルも同じだ。

 家族として揺るぎない関係を築いてきたヴィンセントが、いつかはエルを置いてストーリーどおりの人生を歩むかもしれない。

 それが本来の姿なので、引きとめはしない。

 けれど今だけは、エルにとっての大切な家族だ。


 アークはため息をついてから、諦めたように笑みを浮かべた。


「エルがそう思いたいならいいけど。困ったことがあれば、俺を頼れよ? 俺も一応は兄貴分だからな」

「ありがとうアーク。それより、仕事は順調?」

「ああ。第二皇子殿下も皇后陛下も良い方だよ。エルのことも高く評価してくださったし」


(え……。皇后が私を知っている……?)


 話を逸らすために聞いただけなのに、エルはますます不安に駆られる。


「私の話をしたの……?」

「エルは、自分で思っているより有名人なんだぞ? 十二歳で宮廷魔法師試験に合格しておいて辞退したんだからな。惜しい人材だったと、今でも話題に上がるくらいさ」


 エル自身も、それがどれほど凄いことかは理解している。けれど、それが皇后の耳にまで入っていたとは考えもしなかった。

 いや。小説での皇后は、エルが宮廷魔法師になってすぐに呼び寄せている。その頃から、ヴィンセントを衰弱死させるための人材を探していたなら、情報くらいは簡単に得ていたはずだ。


 直接は会ったことがないのに、相手に知られている状況がさらに恐ろしくなる。


「それで陛下が、エルにって」


 アークが柵越しに、エルへと手紙を差し出した。

 皇后の印章が押された正式な手紙。


 エルは震えそうな手を必死に抑えながら、それを受け取った。


「なんて書いてあるんだ?」


 アークは手紙の内容を早く知りたいのか覗き見ようとしたが、エルはそれを阻止するような角度で手紙を読み始めた。

 マスター同様に、アークにもこのストーリーには足を踏み込んでほしくない。


 けれどエルは手紙を読んで、少しだけ恐怖が和らいだ。

 想像していた「ヴィンセントを衰弱死させろ」という強迫ではなかったからだ。


「第二皇子殿下を治療してほしいと……」

「やっぱそうか。じつは、俺でも手に負えないんだよな」


 それはそうだ。小説で第二皇子は、不治の病で亡くなってしまうのだから。それはエルが処刑されたあとの話で、皇后はエルを捨て駒にしたことを大層悔むことになる。

 今の皇后は、エルを利用するよりも、純粋に息子を助けてほしいと願っているようだ。

 けれど、その願いを叶えることはエルでも無理だ。


「私にも無理よ……。アークも知っているでしょう? 治療魔法は怪我には有効だけれど、病には対処療法でしかないと」


 治療魔法は損傷した部分を修復する魔法だ。怪我はそれで治るが、病はいくら損傷した部分を修復したとしても、病の根源をどうにかしなければまた病に蝕まれる。


「わかっているけど、俺たち平民に拒否する権限はないよ。とにかく試してみるしかない」


 そう言い残して、アークは帰った。


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◆作者ページ◆

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