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16 ヴィンセント16歳 02



「行ってきますね。夕食を楽しみにしています」


 ヴィンセントはそう挨拶してから、エルの頬にキスすると、名残惜しそうな表情をしながら玄関から出て行った。


(まるで新婚みたいね……)


 そして玄関のドアが閉まると、ほわっとドアの縁が一瞬だけ淡く光る。これは彼がドアに施錠の魔法を施した証拠だ。


(普通の新婚はこんなことしないけど……)


 あれから三年。この状況も未だに続いている。

 買い物がしたいと言えば出してもらえるし、友人とも会わせてくれる。ヴィンセントも週に一度は遊びに連れて行ってくれるので、さほど不便はしていない。

 ただ、それら全てに彼は同行するが。


 彼が十歳の頃からずっと、エルはどこへ行くにも彼を連れていた。そのころと何も変わらない。変わっていないはずなのに……。

 心の片隅に、モヤモヤがあるのも確かだ。


 これは、エルが彼を養っていた状態から逆転したことへの、罪悪感か。

 それとも、度を越しつつあるヴィンセントの家族愛か。

 エルにはこのモヤモヤの答えがよくわからないが、ただひとつ言えることは、この状況を変えるにはまだ、ヴィンセントの気持ちの準備が整っていないということ。

 結局は彼の成長を待つしかない。


「さて、私もお仕事を始めようかな」


 エルは裏口から庭へと出た。家の中で唯一施錠されていないのが、この裏口。

 ここから出れば、井戸を使ったり庭を歩き回ることもできる。ただ、それらを囲っている柵にも施錠魔法は施されているが。

 ヴィンセントができる譲歩は、今のところここまでのようだ。


 エルは井戸から水を汲んで、ジョウロで野菜に水を撒いて回った。

 今のエルにとっては、家事意外の貴重な仕事だ。


「あっ。もうすぐ収穫なのに、枝がおれちゃってるわ」


 トマトがたわわに実をつけた重みで、枝が折れたようだ。エルは折れた部分に治療魔法を施して、枝を修復した。

 満足しながらトマトを見つめていたエルは、ふと我に返ってため息をつく。本来、この治療魔法は怪我人に使うものだ。


「はあ。私、何をしているのかしら……」





 夜。夕食の準備をしていると、玄関のドアをノックする音が聞こえてきた。

 ヴィンセントがノックするはずない。エルは首をかしげながら、玄関へと向かった。


「どちら様ですか?」

「俺だよエル」


 その声を聞いたエルは、ぱあっと顔を明るくさせた。


「アークなの? 久しぶりね。地方から戻って来たの?」

「ああ。これからは皇宮の所属になる予定だ」

「そうなのね。嬉しいわ」


 アークはエルよりも三歳年上で、マスターのもとで一緒に魔法を教わった。エルにとっては兄のような存在だ。

 宮廷魔法師になってから彼は長らく地方に派遣されていたが、やっと皇宮に戻ってこられたようだ。


「ところで、なんで開けてくれないんだ?」

「あの……。もうすぐヴィーが帰ってくると思うんだけど……」

「ヴィー? もしかして男ができ――」


 アークがそう言いかけたところで彼は「うわっやめっ……」と悲鳴にも似た声を上げた。

 「アーク? どうしたの?」とエルが尋ねると、突然にドアが開いてヴィンセントが家へと入ってきた。そして素早くドアを施錠し直す。


「エル。不審者と不用意に話さないでください」

「不審者ではないわ。アークとは一緒に育ったの。兄みたいなものよ」

「エルのお兄さん……?」

「だから、家へ入れてあげて。お願い」


 ヴィンセントは複雑な表情をしていたが、諦めたように施錠の魔法を解いた。


「どうぞお入りください。お義兄さん(・・・・・)




 エルはこれまでの事情を、マスターに話した時と同じように話して聞かせた。

 アークはマスターと同じく、心からヴィンセントのことを喜んでくれた。

 二人を騙すことへの罪悪感はあるが、ヴィンセントを受け入れてくれる二人の気持ちが、エルは嬉しかった。


「ところで、人事異動の時期ではないのに急な異動なのね」

「それが、皇宮で治療魔法師が不足しているらしい。ここだけの話、皇子がお二人とも病弱だとか」


 それを聞いたエルの心臓はどきりと動いた。


「そうなの……?」

「第二皇子は頻繁に治療魔法師をお呼びになるし、第一皇子は離宮からお出にならないらしい」


(ヴィーのことは、未だに伏せてあるのね……)


 平民のエルでは、なかなか皇宮の中まで知ることはできず。第一皇子の訃報が無いことに、ずっと疑問を抱いていた。


 ヴィンセントが生きていると皇宮で知っているなら、皇后がとどめを刺しに来てもおかしくはないのに。

 行方不明として密かに探しているにしても、その気配すら感じられない。


「アークも、皇子付きの治療魔法師に……?」

「ああ。第二皇子の専属になるらしい。大出世だと思わないか」

「うん……おめでとう。今度、皆でお祝いしなきゃね」


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◆作者ページ◆

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