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12 ヴィンセント13歳 03


 それからしばらくは、いつもどおりの生活が続いた。

 ランドルフ先生も特にプロポーズの返事を求めることもなく、プロポーズをしたことをヴィンセントに話した様子もなかった。


 穏やかな日常の中で出会う先生は、明るく、気さくで、親切。そしてなによりヴィンセントの教育に関して、真剣に取り組んでくれた。

 エルは、先生に対して好意を寄せているわけではなかったが、このような人が夫となってくれたら、良い家庭を築けるかもしれないと感じていた。


 けれど、新しい一歩を踏み出せない理由は、やはりヴィンセントだった。

 身体は成長したが、彼はまだまだ甘えたい盛り。今までの人生が過酷だったせいか、今の安心できる環境が少しでも変化することに敏感だ。


(ヴィンセントが求めるのは、良い学校より、今が変わらないこと……よね)


 今後、ストーリーがどうなるかは未知数だが、これまで過酷な人生だった彼のために、エルは束の間の安らぎでありたい。

 だから彼のためとはいえ、彼が望んでいない選択は極力したくない。





「おはようございます。エルさん、ヴィー」


 その日の朝。診療所の前で馬車から降りると、今日も向かい側の学校から先生が出てきて、挨拶を交わした。


「ヴィー。朝一で悪いけど、採掘場でヴィーが来るのを待っているみたいだよ。授業が始まる前に終わらせておいで」

「はい。けれど先に、エルを診療所の中まで送り届けてきます。心配なので」


 ヴィンセントにむすっと見つめられて、ランドルフ先生は苦笑する。


「相変わらず、信用されていないな」

「すみません先生。今日もヴィーをよろしくお願いします」

「お任せください。エルさんも無理のないように治療に当たってくださいね」

「お気遣いに感謝します先生」


 エルはすれ違いざまに、ヴィンセントに見つからぬようこっそりと先生へと手紙を握らせた。



 そして午前の休憩時間にエルは学校へと向かい、ランドルフ先生の部屋を訪れた。前に先生が、「エルさんの午前の休憩時間と、私の授業の空き時間が同じなんですよ」と話していたのを思い出しての行動だ。


「エルさんが、このような技をお使いになるとは。学生時代に戻ったようでどきどきしました」


 こころよく部屋へと招き入れた先生は、すでにお茶の準備を整えていた。


「すみません、このような形でのご訪問で。ヴィーには知られたくなくて」

「それはお互い様です」


 秘密の共有を楽しんでいるかの様子で、先生はにこやかに微笑みながらお茶を注いだあと。なぜか、エルの隣へと腰を下ろしてきた。


「二人きりになるのは初めてですね」


 そう言いながら先生がエルの肩に腕を回そうとしたので、エルは驚いて身体を引く。


「あっあの……お待ちください」

「緊張されているのですか? 可愛いですね」

「そうではなくて……。今日はお断りにきたんです」

「断る……? なぜ」

「先生は素敵なご提案をしてくださったのに、申し訳ありません。ヴィーは、生活を変えることに敏感なんです。私は保護者として、あの子が安心できる環境を整える義務がありますから」

「ヴィーはここの環境にも慣れたではありませんか。私たち二人が校内にいれば、問題なく馴染めるはずです」

「学校はそうかもしれませんが、その……」


 結婚するとなれば、三人で暮らすことになる。エルと先生が交流することに対して拒否反応を示していたヴィンセントが、一緒に暮らすことに納得するはずがない。


 先生はエルの気持ちを察したかのように、安心させるような笑みを浮かべる。


「私とヴィーの関係が悪く見えるのですね? 大丈夫ですよ。この年頃の男の子なんて、明日にでも姉離れしてもおかしくありませんから。放っておけば良いんです」

「ヴィーの気持ちを無視しろとおっしゃるのですか?」


 先生はヴィンセントを大切にしていると思っていたのに。エルは驚きながら先生を見つめた。


「エルさん。あなたはさきほどから、ヴィーのことばかりだ。ご自分の幸せは考えないのですか? 私は皇立魔法学校を首席で卒業しました。十二歳で宮廷魔法試験に合格したあなたのパートナーとして、見劣りしないはずです」

「私の幸せのために、ヴィーを犠牲にはしたくありません」


(そもそも私の幸せが、先生との結婚なの……?)


 今のエルの幸せは、ヴィンセントが健やかに成長すること。二人の日々の生活が平和で、楽しいこと。そして小説のストーリーから遠ざかっているこの状況に、なによりも幸せを感じる。

 エルが結婚するならば、ヴィンセントの成長をともに喜びあえ、ヴィンセントの気持ちを尊重してくれる者でなければならない。

 先生はそういう人だと思っていたのに。ヴィンセントを蔑ろにするようでは、先生との結婚が幸せとは到底思えない。


「私にはわかりませんね。孤児のあなた方は、今まで苦労されてきたのでしょう? 私と結婚すれば生活は楽になりますし、二人で力を合わせてヴィーを教育したら、きっと彼は歴史に名を残す大魔法師となれますよ。そうなれば私は大魔法師を育てた師匠で、あなたはその助手であり妻だ。家族全員が輝ける未来が待っているのに、なぜ自ら棒に振ろうとするんですか」


(私が孤児だと調べたの? それに私たちを救うような言い方をしているけれど結局は、自分のキャリアアップのために私たちを利用したいだけじゃない)


 エルはこの数日間、彼の人間性を知ろうとしてきたのに、彼にとって必要なのはエルの経歴や、ヴィンセントの才能。エルとヴィンセントが大切にしてきた家族の形とはまるで違う。


「申し訳ありませんが、これ以上は話し合っても意味がなさそうなので失礼いたします」


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◆作者ページ◆

~短編~

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