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10 ヴィンセント13歳 01


――それから三年後。

 エル、十八歳。ヴィンセント、十三歳となっていた。


 診療所へ通い始めてからのヴィンセントは、大人しい性格から少しずつ活発な性格へと変化していった。

 皇宮のぎすぎすした人間関係とは異なり、ここはほのぼのと暖かい。炭鉱は血の気が多い男性も多く働いているので、(いさか)いもたびたび起きたが、その内容は命の危険を感じるほどのものではない。

 ここは貴族の作法は身に付けられないが、ヴィンセントが明るく逞しく成長するには良い場所だった。


「はい。これで治療は終わりましたよ」

「えー。ここも治療魔法をかけてくれよエルちゃ~ん」

「そこはもう治りかけですよ。自然治癒できるのに魔法は必要ありません」


 魔法にはマナを消費する。一度の治療では僅かだとしても、エルは一日に何十人ものけが人を診るのだ。自然治癒で問題ない怪我までいちいち治していたら、マナ不足で倒れてしまう。


「そこをなんとか! エルちゃんの魔法はふわ~って心地いいんだよ」


 エルは顔をひきつらせながら「駄目です」と断った。

 炭鉱で働く人たちは基本的には良い人ばかりだが、人の良さが過剰なのか馴れ馴れしい者も少なからずいて。エルはそこだけは困っていた。


「俺とエルちゃんの仲だろう?」


 なおも食い下がろうとしたが、しかし、患者も急に顔を引きつらせた。


 そして、エルの腰には背後からある者の腕が回されて。三年前はエルのほうが遥かに背が高かったのに、今はエルより僅かばかり背が高くなったヴィンセントが、むすっとした顔をエルの肩に乗せてきた。


「エルさん(・・)と呼んでください」

「またお前かよ、ヴィー。いい加減、姉離れしたらどうだ?」

「エルは、僕の大切な家族なんです。赤の他人には、入り込む余地などありません」

「あーそーかよ」


 患者はシラケたように、そそくさと処置室を出て行った。やっと患者から開放されて、エルはほっと息を吐いた。

 ヴィンセントは三年経った今でもエルに懐いており、むしろ三年で遠慮が消えたせいか、べったりだ。

 そのおかげか、厄介な患者への対応はもっぱらヴィンセントが引き受ける形となっている。 


「ヴィー。授業は終わったの?」

「はい。今日も先生に褒められました」

「勉強がんばってるのね。偉いわ」


 頭を撫でてやると、ヴィンセントは猫のようにエルの首に顔をすり寄せてきた。


 三年前は片時もエルのそばを離れたがらなかったヴィンセントだったが、この環境に慣れてくると自発的に「学校へ通いたい」と言ってきた。

 ヴィンセントが学校へ通う気になった理由の一つは、魔法を学びたかったからのようだ。


 学校の教師の中に魔法を教えられる者がおり、ヴィンセントは授業以外でもその先生のもとへ足しげく通っているらしい。

 エルも魔法の基礎は教えていたが、専門は治療魔法。ヴィンセントの攻撃系魔法は専門外なので助かっている。


(本当は、マスターに指導してもらいたかったけど)


 それを提案したこともあるが、ヴィンセントはエルの活動範囲から出たくないようで、結局は今の学校を選んだ。


「ヴィーは本当に優秀ですよ」


 そう褒めながら入って来たのは、ヴィンセントの魔法の教師、ランドルフ先生だ。


「先生こんにちは。どこかお怪我ですか?」

「いいえ。ヴィーがあまりにも優秀なので、エルさんへ近況報告でもしようかと思いまして」


 そう微笑んだランドルフ先生に対してヴィンセントは、エルに抱きついている腕に力を込めた。


「報告は僕が事細かくしているので、先生は必要ありません」

「相変わらず、君は冷たいな」


(ヴィーとランドルフ先生って、いつもこんな感じよね)


 ヴィンセントは年々、他人に対して刺々しい態度を取るようになってきている。これが俗に言う反抗期のようだ。特に男性に対してのことが多い。


 ランドルフ先生の後から、さらに処置室へと入って来る者がいた。鉱山の作業員だ。


「あっ。ヴィーいたいた! 採掘場で大岩が出てきたんだ。頼むよ」

「はい。今、行きます」


 ヴィンセントが熱心に魔法を学んでいる理由は、このためでもある。

 大岩を除去する際に、火薬を使うよりも安全かもしれないと、オーナーに頼まれて一度試したところ、非常に良い結果を得られた。

 その際に受け取った報酬額を見てから、ヴィンセントは目の色を変えて魔法の勉強に取り組むようになった。


「その前にエル。マナ核の音を聞かせてください」


 エルから離れたヴィンセントは、今度は前からエルに抱きつきながら彼女のマナ核に耳を寄せた。

 それで安心したのか、エルに「行ってきます」と笑みを浮かべてから処置室を出た。


「マナ核の音を聞きたがるところは、まだまだ子どもですね」


 ランドルフ先生にはそう見えるようだが、ヴィンセントはマナ核が動き始めてからまだ三年。さほど甘えた態度でもない。

 それに彼にとっては、魔法を使う前の精神安定剤みたいなものだと、エルは考えている。


 ふふっと、曖昧に答えながら処置室の片づけをしていると、ランドルフ先生が言いにくそうに「あの……」と声をかけてきた。


「はい?」

「エルさんはそろそろ休憩時間でしょう? 良ければ、一緒にカフェで休憩しませんか?」


(そういえば、ヴィーの近況報告をしたいと言っていたわね)


「あっはい」


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◆作者ページ◆

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