00 バッドエンド
追っ手に対して慣れない攻撃魔法を仕掛けながら、エルは生まれて間もない我が子を抱きかかえて走っていた。
この峠を越えれば国境。それさえ超えれば、帝国の兵も派手な動きはできないはず。
必死に走り続けていたエルの前方には、やっと国境の目印の旗が見えてきた。
あそこを越えたと同時にできる限りの攻撃魔法を仕掛けて、一気に山を下ろう。
そう考えながら魔法に取りかかったエルだが、急に異変を感じる。
(なぜ、魔法にマナが応じないの……)
魔法を使おうとすると、どこかにマナが吸い取られていくような感覚になる。
その吸い取られている感覚の場所へと目を向けたエルは、腕輪が光っていることに気がつく。
(ヴィーからもらった腕輪が、どうして……!)
結婚を望まないエルに、せめて夫のつもりでいたいと彼が贈ったもの。
それがなぜ今、エルのマナを吸収して光り、まるで発信機のように点滅しているのか。
(夫の印だなんて嘘。私を監視するためのものだったのね)
ヴィンセントに裏切られたような気持ちで、エルは脇道へと入った。このまま国境を越えられたとしても、騎馬が相手では魔法無しではすぐに捕まってしまう。
馬が走れないような場所を、ひたすら突き進むしかない。
けれど、先に彼を裏切ったのはエルのほうだ。彼はあれほどエルを求めていたのに、結局は彼から逃げる道を選んでしまった。
彼のストーリーに入り込みたくない。
彼は小説のヒーローで、エルは処刑される悪役だから。
小説から逃げたはずが、結局はこうして追われている。小説どおりに死ぬ運命なのか。
(……っ! 崖だわ)
崖にたどり着いてしまったエルは、仕方なく後ろを振り返った。
エルの後ろからは、馬から降りて追ってきた帝国兵が十名ほど。完全に囲まれた。もう逃げ場は無い。
「皇太子殿下を惑わせたお前の罪は重い。その子どもとここで死んでもらおう」
「結局。私の行動は罪になるのね」
悪役にならないよう必死に生きてきたのに、権力者の手にかかれば平民など好きなように罪に問えるのだ。
振り下ろされる剣を最後の足掻きで避けたエルは、そのまま足を滑らせて崖から谷へと放り出された。
「待てっ! エルーーーーー!!」
それと同時に、空から叫び声が聞こえてきた。
愛しい家族の声だ。
ヴィンセントが物凄い形相で、こちらへと飛行してくる。
「ヴィー。わざわざ私を殺しにきたの……?」
大勢の兵を差し向けておいて、わざわざ自らも出向くなんて。
結婚を拒んだことで、それほど憎まれるとは思わなかった。
二人が望んでいたのは、ずっと家族であり続けることで、夫婦になることではなかったはずだから。
エルは残りのマナを全て使い切るつもりで、魔法を使った。それがどのような魔法だったのか、エル自身もわからない。
ただ、せめて、この子だけは救いたい。
生まれたばかりのエルヴィンだけは、小説とは関係ない存在。自由に生きる権利があるはずだから。
エルから溢れ出したマナによって腕輪ははち切れ、辺りに淡い暖かな光が溢れた。
なにかの魔法が、発動する感覚。
そこでマナを完全に枯渇させたエルは、意識がぷっつりと途切れた。







