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7 礼のしるしダ

 広瀬いぶきに急所を攻撃されてから二日経った今日。

 なぜか俺は彼に……いや、「彼女」に呼び出されていた。


 今朝、俺の靴箱の中に一枚のメモが入っていて、「昼休みに話がしたい」という旨が書かれていたのだ。指定された場所は校舎の屋上の出入り口前だった。


 一体なんのつもりだろう。

 まさか俺を脅す気だろうか?


 相手が男だったら腕っぷしでどうにかできる。しかし広瀬が大勢の女子とともに押しかけてきたら太刀打ちできない。女子に指先でつつかれようものなら、俺はすぐに体調を崩してしまうからだ。

 そもそもいくら異性が苦手とはいえ、女性に平気で手を上げるほど俺はクズではない。


 四限目の授業が終わり、翔や照井からの昼食の誘いを断って教室を抜け出す。


 校舎の最上階は多目的室が並んでいるだけで人気が無い。

 俺はさらに薄暗い階段を上り、屋上の出入り口の前に立った。初めて訪れる場所だった。オリエンテーションでも案内されなかった場所だ。


 外へ続く扉には南京錠が掛けられている。生徒たちは自由に屋上へ出られないようになっていた。

 足音が聞こえて振り返る。

 階段の下には俺を呼び出した本人、広瀬がいた。

 いつもと同じ男のような出で立ちだ。黒いマスクもつけている。

 見たところ取り巻きの姿は無い。一人でやって来たようだ。


「俺に用事か?」


 しかしまだ警戒心を解くことはできない。

 なんて言ったって、相手は女だ。


「…………」

「え?」


 彼女になにか言われたようだ。しかし声が小さくマスクのせいでくぐもってしまい、全く聞き取れない。


「今、なんて?」


 俺はおじいちゃんのごとく耳に手を当て、階段を一段下りた。


「……っ」


 広瀬は体を硬直させ、じりじりと後ずさる。


「そんなに怯えなくてもいいだろ。おまえの声、聞こえねーんだよ。もっと声を張れ!」


 「男なんだから」とつい言いかけて、広瀬いぶきの本当の性別を思い出す。


「……わかったよ。近寄らない。だから、言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」


 彼女のほうを向いたまま、俺はまた一段戻る。パーソナルスペースが十分に確保されて安心したのか、彼女は意を決したように頷いた。


「オ、オオオッ、一昨日ハっ」

「!?」


 彼女は下手くそな宇宙人のモノマネみたいな声で喋り始める。風邪で喉をやられたのとはまた違う、なんとも奇妙な声だった。


「あ、ありがとう、ナ! お、お、おかげで助かった、ゼ! 熱もすっかり下がったんだゼ!」


 口調までおかしい。感謝の意を表明されたようなのだが、内容がスムーズに頭に入ってこない。


「ほらっ、礼のしるしダ。う、受け取ってくれよナ!」


 彼女はこっちに手を伸ばす。薄いピンク色の小さな紙袋を提げていた。

 つまり、今日は礼を言うためにここに呼び出し贈答品まで用意してくれた、ということだろうか?

 口封じのために脅しにきたわけではなく。


「当然のことをしたまでだ。……それ、もらっていいのか?」


 紙袋を受け取るためには彼女に近寄らないといけない。


「う、あ、エット」


 やっぱり近寄られるのが嫌らしい。


「じゃあ投げてくれよ」

「た、食べ物を投げるわけにはいかない……んだゼ」

「食べ物なのか?」


 めんどくさいな、という言葉を飲み込み、俺は階段をずかずかと下りていった。


「あ? え? チョ!」


 彼女は体を強張らせる。


「だーから、取って食うわけじゃないんだからさ」


 距離を詰め、彼女の前に立った。お互いに立って向き合ってみると身長差がよくわかる。

 初対面のときから小柄だとは思っていたが、女子高生の平均身長すら大きく下回るのではないだろうか。ぎゅうっと目をつむって恐怖に耐えている彼女のつむじがよく見下ろせた。男子であればそろそろ床屋に行くくらいかな、という長さのショートカットの髪には天使の輪ができている。


「もらうぞ」


 彼女の指に触れぬよう注意を払いながら紙袋を受け取る。彼女の小さな手はぷるぷると震えていた。


「わざわざ悪いな。中身はなんだ?」


 ハートやレースの絵が描かれた紙袋の中には、リボンで結ばれたビニル袋の包みが入っている。


「……ク、クッキー、ダ」


 彼女は俯いたまま説明する。


「甘さ控えめだゼ。や、やるだゼ。おめーさんニ……」

「ふっ」


 つい鼻で笑ってしまった。


「な、ナニっ!?」


 広瀬はやっと上目遣いで俺を見る。


「おまえ、その喋り方おかしいぞ。男を気取ってんのかもしれないけど、不自然すぎるだろ。この紙袋もめちゃくちゃ女っぽいし」

「い、家にあったラッピングが、それしかなかったからダゼ」

「家に? もしかしてこれ、手作りなのか?」

「ウン……」

「へえ。まめだな。これは忠告だが、クッキーを焼く男なんてレアだし、可愛くラッピングしてくるやつはさらに希少種だからな。うっかり正体がバレないように気を付けろよ。……じゃ、ありがたくいただくわ」


 俺は紙袋を手に、広瀬の横をすり抜けた。用が済んだなら早く教室に戻りたかった。まだ昼飯を食べていない。


「き、訊かないの!?」


 広瀬が叫ぶように言った。


「え」


 どきっとして振り返る。

 驚いたのは、彼女が大きな声を出したからではない。

 改めて聞く彼女の地の声が、あまりにも女の子っぽかったからだ。


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