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37 いっぱい触ってほしいんだよ

「ごめんな。あのときのこと謝るよ。告白までしてくれたのになにも答えられなくて」

「私が告白したこと、覚えてたの……?」


 布団の中から声がする。


「もちろん。人生で初めてされた告白だからな」


 よくよく考えてみると、後にも先にも他人から恋心を告げられたことは一度も無い。


「おまえは俺に気付いてたんじゃないのか?」

「気付いてた……」


 いぶきが少しだけ顔を出す。


「オリエンテーションの日に『幸太郎』って呼ばれている同級生を見かけて、もしかしたらとは思ってたの。でも、確信が持てなくて……。私が幸太郎を殴っちゃった日、あったでしょ?」


 ああ、と答えながら俺は自分の股間を見下ろした。


「保健室に運ばれていく幸太郎の顔を間近で見て、やっぱり『幸くん』だったんだって気付いた。また会えてすごく嬉しかった。でも、言い出せなくて……」

「どうして」

「だって……、だって、『好き』だなんて言っちゃったから……。なんであのとき告白なんてしちゃったんだろうって、言わなければよかったのにって、ずっと後悔してて」

「後悔なんてしなくていい」


 俺は腹を括り言葉を繋げた。


「俺、いぶきのことが好きだから」

「……え?」

「だから、好きだから。いぶきのことが」

「え、ええええ?」

「だーから!」


 俺は布団ごと彼女の体を抱きしめた。


「何回も言わせんな。お、俺だって死ぬほど恥ずかしいんだから」


 顔から火が出そうになる。


「好きなんだよ。守ってやりたいって、思うんだよ」


 自分の想いを伝えるだけで、心臓が壊れそうだ。「ヒロ」からの告白に上手く答えられなかった自分を改めて情けなく思った。


「いぶきは?」

「え? えっと……」

「俺のこと、もうなんとも思ってないのか?」

「そ、そんなわけない」


 彼女は布団の中でぶんぶん頭を振った。


「……好き。幸太郎が好き。あの頃よりも、もっともっと好き……」


 彼女をくるんでいた布団をめくる。パジャマ姿のいぶきが現れた。手になにか握っている。万理華とお揃いの白い手袋だった。


「なんでそんなもの持ってるんだ?」

「さっき取り出して、それで、慌てて布団の中に潜ったから……」

「さっきって、俺が部屋には行ったときか」

「思い出さないでっ!」


 彼女は俺にぬいぐるみを投げつけた。ぬいぐるみは顔に当たり、ぽすっと床に落ちる。


「それ、はめてみてくれるか?」

「え? う、うん」


 少し戸惑ったような顔を見せたものの、彼女は手袋をはめてくれた。薄いレースが彼女の白い肌を透かす。

 彼女は自分の手をしげしげ眺めた。


「パジャマに手袋って変だね」

「万理華のほうが変だったよ」


 妹のコーディネートを思い出したのか、いぶきは苦笑した。やはり違和感があったようだ。


「変だけど……、これさえあれば、いぶきに触れる」


 俺は彼女の手を取った。

 レースの手袋をした小さな手と俺の大きな手が重なる。熱い、と感じるほどに彼女の手は温かかった。


「……俺に触られて、怖くないか?」

「全然、怖くないよ」


 彼女は柔らかく微笑む。


「幸太郎には……、好きな人には、いっぱい触ってほしいんだよ」


 手袋をはめた手でいぶきが俺の頬に触れた。きっと二人とも、同じことを考えている。


「……大丈夫、だよね?」

「ああ、マスクつけてるから……」


 彼女が目を閉じる。

 俺はおそるおそる顔を近づけた。

 ごわごわとした不織布の向こうに、彼女の唇の柔らかさを少しだけ感じられた。


「…………………………」


 このまま死ぬのではないかと心配になるくらい心臓が鳴っていた。


「……大丈夫そう?」


 いぶきは目をとろんとさせ、こちらを見上げている。


「大丈夫」


 直に触れ合えない俺たちはもう一度、マスク越しにキスをした。


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