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30 軽蔑

 黒いレースの下にある胸は俺の手にも余るほど豊満で、感触は水のようだった。そこに自分の太い指が深く沈む。

 もう少し布がはだければ、俺の親指は彼女の敏感な箇所に触れてしまいそうだ。


「あれー? 真っ赤になってやんの。もしかして岬って童貞だった? ださ……」


 顔が赤くなってきていることは事実だろうが、興奮しているわけではない。元いじめっ子に、そして現在進行形で俺をはめようとしているやつに欲情するわけがない。彼女の胸の大きさも柔らかさも温かさも、全て不快だった。


「岬ってさ」


 俺を見上げる彼女の目が急に伏せられる。寂しそうに。

 これも被害者面するための演技なのだろうか。


「広瀬いぶき、とは……」


 か細い声で彼女は言う。

 このベッドの上にさっきまで寝ていただろう人物の名前を、阿久津がなぜ口に出すのかわからない。


「…………広瀬いぶきとは、し、したの? ……こういうこと」

「……な、なんで急にあいつの話なんか」


 手のひらに、どくどくと鼓動が伝わってくる。自分の脈がおかしくなっているのか彼女の高鳴った心臓の鼓動なのか、もはやわからない。


「でも、残念だったね」


 また彼女は目に光を宿す。


「広瀬、言ってたでしょ? あんたと距離を置きたいんだって」

「! おまえがどうしてそれを……」

「んー?」


 俺が動揺したことを悟ってか、阿久津はまた笑い出す。


「私らって知り合いじゃん? 昔から。だから、よく相談されてたんだ。岬幸太郎にしつこくされてるって。距離を置きたいけど、そんなこと言ったら、岬になにされるかわからないから言い出せないって」

「……」

「だからね、広瀬に協力してあげることにしたの。岬には私を無理やり襲わせて、証拠動画を撮って退学にしてあげるって。これで広瀬はあんたと距離が置けるし、他に好きな男子がいるって言ってたから、その人とも……」

「ダウト」

「……へ?」


 隙をついて阿久津の手を振りはらい立ち上がる。


「俺に追い打ちを掛けたかったんだろうが、詰めが甘かったな。あいつには……広瀬いぶきには好きな男子なんかいない」

「な、なんで言い切れるの!?」


 いぶきは大の男嫌いだからだ。

 しかしそんなことまで阿久津に、この卑怯者にいちいち説明してやる義理は無い。


「勝手なこと妄想してんじゃねーよ、童貞のくせに! どうせ広瀬で抜いてんだろ! きもいんだよ!」

「黙れよ」


 拳を握りしめた。もう我慢がならなかった。

 俺が腕を振り上げると、さっきまで自信たっぷりだった阿久津が顔をひきつらせる。


「え……!? や、やだっ」


 彼女は小さく悲鳴を上げ、腕で自分の顔を覆う。

 けれどもう遅い。俺の(はらわた)は煮えくり返っていた。

 拳を振り下ろし思いきり殴りつけた。


「…………」


 殴られたベッドは、ダンッ! と音を立てフレームを軋ませた。俺の指にもじんと痛みが走る。

 阿久津は顔を隠したまま体をぶるぶると震わせている。俺は彼女の腕をつかみ、顔から剥がした。


「な、な、なにする気? た、退学以上の処分になるかもよ……っ?」


 顔を真っ青にさせながら彼女はまだ虚勢を張ろうとしている。


「退学にでもなんでもしてみろよ」


 自分でも驚くほどの低い声が出る。


「その代わり、俺がおまえになにするかわからねえぞ。おまえのほうが学校に行けなくなったりしてな」

「……」


 怯えるあまり口が利けなくなった阿久津の様子に、わずかな罪悪感が沸く。

 彼女の細い手首を、俺は簡単に押さえつけることができた。

 男女の力の差は明らかだった。男はやろうと思えば、容易に女をねじ伏せることができる。

 身をもって体感しながら、女を無理やりねじ伏せる男たちのことを、俺は心から軽蔑した。


 手を離し、彼女に背を向ける。

 薄暗い保健室がかすんで見えている。まぶたが腫れ始めたようだ。


「ね、ねえ。あんた大丈夫なの? 顔が……?」


 ベッドから起き上がった彼女はこの期に及んで俺の心配を始める。


「待ってて。工藤先生、呼んできてあげるから……」


 おまえのせいなんだよ、くそが。

 この体質になった原因は他でもない、阿久津七音実(どれみ)だ。その阿久津から心配されるなんて茶番でしかない。



「私ならここにいるが?」


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