27 思い出すな
写されている場所は、先日幸太郎たちと訪れたばかりのカフェだった。季節のお花やグリーンで飾られた壁をバックに、万理華ちゃんがピースサインを見せている。
てきとうに撮影したのか、少しぶれていた。これをお店の宣伝として使用するのは無理があるだろう。
「これってあんた?」
阿久津先輩が私に訊く。
「……?」
質問の意味がわからなかった。
万理華ちゃんと私の顔は全然似ていない。万理華ちゃんと比べて、私はひどく幼い顔立ちをしている。
しかも今、私は男装をし、マスクまでしているのだ。
けれど阿久津七音実が冗談を言っている様子は無い。
「ま、全くの別人だゼ、ですゼ」
「……あんたさあ、前もその喋り方してたけど、なんのつもり?」
「その写真は別人なんですゼ。どこからどうみても、ぼくじゃないですゼ」
「さっきからゼーゼーうるさいな。つーか、そっちのダサい服装のやつじゃなくて、下のやつのこと言ってんだけど」
「下のやつ、ですかだゼ……?」
もう一度画面をよく見る。写真の下のほうには、モデルのような万理華ちゃんの脚が写っている。
私は目を凝らした。すらっとした両脚の奥に、テーブルの下に潜り込んでいる自分の姿があった。男装ではない。ここぞとばかりのおしゃれをしてきた自分の姿だ。写真の中の私は、なるべく気配を消すために手袋をはめた手で口元を覆っている。
阿久津先輩は画面を自分のほうへ向け、マスクをした私の顔と写真をよく見比べた。
「やっぱり、めちゃくちゃ似てる! これ、あんたでしょ?」
「こ、これは、その」
どう言い訳しよう。
ギャルの洞察力ってすごいな、と思いながら思考をフル回転させる。この人に私の正体がバレることはだけは避けたかった。
「ぼく、女装して出かけるのが趣味、なのデ……」
両親やそれより上の世代の人たちが聞いたら驚くのかもしれないが、女の子っぽい恰好をして出かける男の子なんて、今どきそれほど珍しくない。
でも、幸太郎と一緒に出掛けていた理由はなんと説明したらいいだろう。
たまたま会った、なんて言い訳を思いつくけれど、そんなの不自然すぎる。
そもそもこの人は、私のことに気付いているのだろうか……?
「女装っていうか、……あんたって女だったりする?」
「……」
やっぱり、気付いてる……?
言葉を失った私に彼女が手を伸ばしてきた。
何をするのかと思いきや、彼女は断りも無く私のシャツの第一ボタンを外してしまった。
「いやっ……!」
抵抗する間もなく、私は押し倒された。屋上の床に後頭部がかつんとぶつかる。
「いったあ……」
打ってしまった頭を手で抱えている間に、彼女は私のマスクを剥がした。
シャツの裾を引きずり出し、ボタンも次々に外してしまう。シャツの前をがばっとはだけさせ、私が着ていたキャミソールを首元までめくり上げた。
「……やっぱりね。女だったんじゃん。それって胸を小さく見せるためのブラ? 色気無さすぎー」
彼女が指摘した通り、一番下に身に着けていたブラジャーには胸を小さく見せる効果がある。夏服を着るときにはこれが無いと胸が目立つ。女だということが周囲にばれてしまいそうで怖い。
阿久津先輩は私の下着をじろじろ観察して、いかにも意地悪そうに口元を歪める。
「やだっ……!」
私は思わず彼女を突き飛ばした。彼女は少しよろけたけど、勝ち誇ったように笑い続けている。
私は乱れた下着とシャツを震える手で直した。
――思い出すな……!
――思い出しちゃだめ……!
先輩は女だ。
でも彼女が今やったことは、あの日のことをフラッシュバックさせるには十分な効果があった。必死になって自分の頭から嫌な記憶を振り払う。
「あんたも岬の妹なのかと思ってたけど……、違うよね? 年子だったとしても、岬幸太郎って二月十日が誕生日で早生まれだから、同学年にはなれないはずだし」
彼女は独り言を言うみたいにぶつぶつと呟いている。
この人はどうして幸太郎の誕生日も知ってるんだろう……?
「あんた、岬幸太郎とはどういう関係なの? 普段は男装してるくせに、岬と出掛けるときだけ可愛いかっこする理由は?」
「……」
彼女の言葉に私は確信した。
この人は気付いていないんだ。
私について。
私と岬幸太郎の関係性について。
「された」ほうはいつまでも忘れられないのに、「した」ほうは簡単に忘れてしまう。
腹立たしいけれど、これは真実だ。
しかし、阿久津七音実の目的が見えてこない。この人は私と岬幸太郎の関係を知ってどうするつもりだろう。彼女がなにをしたいのかは知らないが、「幸太郎とはなんの関係も無い」と白を切り通すほうが賢明だろう。
「おい、口も利けないのかよ。……?」
彼女は屈んでなにかを拾い上げた。胸ポケットにつけていたはずの私の名札だ。さっきシャツを脱がされたときに落ちてしまったらしい。
彼女は私の名前が書かれたプラスチックの板をじっと睨んで考え込んでいる。
「あれ、待って。『広瀬』? ……ひろせ、ひろせ」
うわ言のように私の苗字を繰り返し、彼女ははっと顔を上げた。




