表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/38

24 簡単なんかじゃない

 阿久津を見上げる。

 目が合ってしまった。彼女は汗だくの俺を見下ろし、ふんと鼻を鳴らす。


「なにその顔。……ゆっくりしていきなよ。私、キッチンの手伝いするから、今日はもうホールに来ないし」


 ギャル店員はそれだけ言い残すと、再び店の奥へ消えた。


「やっと行ってくれたか……」


 ほっと息をつくが、食欲が失せてしまい目の前のケーキに手をつける気になれない。


「あれ? いぶきは?」


 万理華の隣に座っていたはずのいぶきの姿が無かった。


「あの人、もう行った……?」

「うわっ」


 テーブルの下からいぶきが頭をのぞかせた。いつの間にか下に潜り込んでいたらしい。周囲を確かめて、彼女は椅子に座り直す。


「もうホールには来ないって言ってましたなのです」

「よかった。私、あの人昔から本当に苦手で」

「昔からって?」

「あっ、え、えっと」

「ああ、そうか。いぶきと阿久津は中等部から一緒なのか」

「そ、そうそう! 中等部のときから目立つ先輩だったから! さ、気を取り直して食べようヨ! ……わあ、すごくオイシイ~!」


 彼女はぱくぱくとケーキを口に運ぶ。

 なぜか、口調が宇宙人になりかけていた。

 




 西の空が赤い。帰路を辿りながら、いぶきも万理華もごきげんだった。


「今日は本当にありがとうね。思わぬ人と会ってドキドキしたけど……、でも本当に楽しかったよ」

「万理華も楽しかったのです。帰ったら撮ったお写真を送るのです~。いぶきさん、またおしゃれなカフェを探しておいてくださいなのです」

「また? でも、もうお礼は十分してもらったから……」

「お礼なんかじゃないのです。万理華はまた、いぶきさんとお出かけしたいのです。カフェでもカフェ以外でも、行きたいところがあったらどんどんリクエストするのです~」


 無邪気な万理華にいぶきが微笑む。


「わかった。探しておくね。投稿で見かけた古民家カフェとか、アフターヌーンティーとかも行ってみたくて。あ、あとは浴衣着て夏祭りとか、制服デートとかもすごく憧れ……」


 彼女ははっと振り返って俺を見上げた。


「あ、あの、制服デートって、幸太郎と制服着てデートしたいって意味じゃなくて一般論っていうか」


 みるみる赤くなっていく顔をいぶきは両手で隠してしまう。


「なんでなのです? お兄ちゃんと制服デートすればいいのです。万理華がお邪魔なら、万理華は潔きよく遠慮するのです~」

「お邪魔なわけないよー! 三人でお出かけしようよっ」


 いぶきは声を荒らげてから、こほんと一つ咳ばらいした。


「……また予定合わせようね、幸太郎」


 気を取り直した彼女が柔らかく口角を上げた。無防備な笑顔だ。俺の性別を忘れているのではないだろかと心配になる。


 こんな笑顔を向けられたら、誰だって。


「……俺は、邪魔じゃないのか?」

「邪魔? 幸太郎が? どうして?」


 出しぬけの問いに彼女はきょとんとしてしまう。


「幸太郎が一緒にいてくれたから、今日だって電車に乗ってお出かけできたんだよ?」

「俺は男なのに、おまえのそばにいていいのか?」

「……」


 ちょうどいぶきの自宅前に到着し、彼女は立ち止まる。ぱちぱちと瞬きをした後、きっぱりと言った。


「幸太郎は、信じられるから」


 よどみなく、彼女はそんなことを言う。真っ直ぐ放たれた言葉に、こちらのほうが言葉に詰まってしまいそうだ。


「そ、そんなに簡単に他人を信じていいのかよ」

「簡単じゃないよ」


 彼女は静かに首を振る。


「簡単なんかじゃない。簡単なわけないよ。……男の人はすごく苦手。すごくすごく苦手。変な人ばかりじゃないってことはわかってる。でも、私に近寄って来る男の人は変な人ばかり。近寄られただけで、目が合っただけで、すごく怖い。……逃げ出したくなるほど怖いんだよ」

「じゃあ、なんで俺を信じられるんだよ」


 俺だって、本当はわかっている。女がみんな悪人であるわけがない。阿久津みたいな救いようのない性悪のほうが少数なのだ。

 それなのに俺は、女という生き物が信じられない。

 女が怖くてたまらない。

 蕁麻疹ができるほどに。


 彼女は男が嫌いでありながら、なぜ俺のことを信じられるのだろう。


「……幸太郎は私を助けてくれたから」

「助けたって……」


 耳の奥で、トラックのクラクションが鳴った。


「目の前に轢かれそうなやつがいたら、誰だって助けるだろ」

「それもそうだけど……、でも」

「でも?」

「……やっぱり、覚えてないんだね」


 いぶきはぽつりと言った。

 彼女が浮かべる表情は、なんとも形容しがたい複雑なものだった。

 落胆、喜び、安堵、諦め。

 それら全てが入り混じっているように見えた。


「お、覚えてないってなにを?」

「ううん、なんでもない。……じゃあ、また明日。今日は本当にありがとう」


 彼女は自宅の門扉を開け中に入っていく。水色のワンピースの裾が翻った。


「……また明日」


 閉まったドアに声を掛ける。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ