23 カフェ
「はああああ~! なにもかもが素敵なのです~っ!」
やっとたどり着いたカフェのアーチ型のドアを開けると、むせ返るような花の匂いが鼻をくすぐった。店内にはシックな丸テーブルと椅子が並び、壁にもテーブルの上にも生花がふんだんに飾られている。
「へえ、すげえな」
カフェ自体には興味無く、妹やいぶきの接待のつもりで来店した俺も思わず感嘆する。
「お花屋さんがやってるカフェなんだって。一度来てみたかったの!」
いぶきもスマホを取り出し、うきうきとしながら店内の写真を撮っている。
「お兄ちゃんに写真を撮ってもらうのです!」
妹にスマホを押し付けられた。店内をバックにして、いぶきと万理華の写真を撮ってやる。ダサい妹さえ写っていなければ、雑誌の表紙にでも使えそうだ。
案内された席に着きメニューを開いた。おしゃれなケーキの写真が並んでいる。一番下にガトーショコラを見つけた。甘いものはあまり得意ではないが、これなら食べられそうだ。
ケーキセット三人分を注文し待つこと十分。トレーを持った若い店員がやってきた。
「お待たせしました~」
給仕されたケーキの皿にも色とりどりの花が飾られている。いぶきが目を輝かせた。
「わあ、エディブルフラワーだあ。すごくおしゃれ~!」
「これが噂のデッ……エデ、……デルラワーなのですねー!」
「言えてねえから」
いぶきと万理華はテーブルの写真を撮ることに夢中でなかなか食べ始めようとしない。
しかし、楽しんでいるようでなにより。護衛してまでやって来た甲斐があったというものだ。俺は二人に構わず、フォークでガトーショコラを崩そうとした。
「あの、もしよろしければなんですがー」
給仕を終えた店員に声を掛けられ、俺たちは手を止める。
「お客様のお写真を撮らせていただきたいんです。お店のインスタに載せたくて……」
店員は俺や万理華には目もくれず、いぶきの目だけを見ながら言った。
「インスタに、ですか? それはちょっと……」
彼女は店員の申し出に難色を示す。
たしか、勝手に写真を撮られたこともある、なんて言っていた。
彼女は他人の目を避けるようにして生きてきたのだ。写真を全世界に公開したいと言われて渋るのも当然だった。
「ご協力いただければ、ドリンク代をサービスするんですがー」
「すみませんけど……」
助け舟を出そうとした俺を妹が遮った。
「じゃあ、万理華だけ撮ってほしいのです! 金欠だったので数百円でも浮くのは嬉しいのです!」
「あ、あのう、撮影したいのはワンピースのお客様なんですけど……」
「どんなポーズを取ればいいのです? 目線はあえて外すのですか? 指示を出してくだされなのです~」
「……さ、撮影の上手なスタッフを呼んできますので、少々お待ちください」
店員は涙目になって奥へ消えた。
どんなにカメラの腕前があろうとも、こんなにもダサい被写体で良い写真が撮れるとは思えない。従業員が気の毒になった。
「万理華ちゃん、いいの?」
「ドリンク代のためならお安い御用なのです~」
「本当に安いやつだな」
「お客様、この度はご協力いただきありがとうございます。私が撮影させていただきます」
店の奥からやってきた、丁寧で頼もしい口調の店員を見上げる。
「…………あっ!?」
「阿久津と申します。……あ」
カフェの制服を着た阿久津七音実がスマホを手に立っていた。
こいつがここでバイトしてただなんて、もし知っていたら来なかった。店内に満ちた花の香りが鼻の奥で異臭に変わっていく。
「お兄ちゃん、お店の人とお知り合いなのですか? さすが、顔が広いのです」
「……『お兄ちゃん』? 岬、妹たちとカフェ来てんの? なんかダサくね?」
阿久津がせせら笑う。いぶきのことも俺の妹だと思っているようだが、訂正する気力は無い。生花のためか店の冷房はガンガンに効いているのに額に汗が浮かんでくる。急に喉が渇き始め、冷水の注がれたグラスをつかんで一気に仰いだ。
「令涼で友だちできなかったからって、妹と遊ぶなよな」
阿久津がクスクス笑っている。
「お姉さんは、令涼の方なのですか?」
「そーだよ。令涼の二年。あんたのお兄ちゃん、先輩に向かって礼儀がなってないんだよね。妹たちからも何か言ってやってよ」
「そっちこそ、お客様に向かって失礼なのです。お兄ちゃんはお友だちがたくさんいるのです。それに、早く撮影してほしいのです! ケーキがカピカピになってしまうのです~」
万理華が頬を膨らませる。阿久津も眉間に皺を寄せた。
「……いや、やっぱ撮影はいいや。なんかムカついたし。この話は無かったってことで」
「いいのです~?」
妹は首を傾げつつ邪悪な笑みを浮かべた。
「お兄ちゃんの学校はアルバイト禁止なはずのです。校則も厳しいから、バレたら大変なことになるのです~」
「こ、この小娘が……っ。……!? しかもなんかめっちゃダサいし!」
今さらになって万理華の服装に気付いた阿久津が驚愕する。
「さっきからダサいダサいって、語彙力無さすぎてそっちのほうがダサいのです~」
「あー、岬の妹うっざ……! じゃあ撮ってやるから、テキトーにポーズ作ってよ」
「承知しましたなのです~」
万理華が両手でピースサインを作る。阿久津はスマホを構え、一枚だけさっと写真を撮ると、出来上がりを確かめもせずスマホをしまった。
使うつもりないだろ、その写真。




