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20 カオス

「あれ、でも他の女子の制服とはデザインが違うんじゃないか?」


 俺は女生徒の制服を思い起こす。クラスメイトたちはチェック柄のスカートを着ていたはずだが、彼女の着用しているスカートは無地だった。


「そうそう。これは中等部のときの制服なの。高等部に上がったら教室内で可愛い制服が着られるって期待してたんだけど、……でも、校内でも男装しなくちゃいけなくなったから」


 理由は単純だ。共学化して、学園内に男子がうろつくようになったからだ。


「悪いな、俺らのせいで」


 俺は男子一期生を代表して謝った。


「幸太郎のせいではないでしょ」


 いぶきは眉を八の字にさせてまた笑った。


「共学になって、なにか困っていることはないのか?」

「うーん。心配していたよりは……。というか、今のところ全然不便は無いかな。男子の制服を着て女子トイレ入るときはちょっと気を遣うけど。のぞきとか盗撮とかは心配無さそうだし」

「そんなことするやつ、なかなかいないだろ」


 男に対するとんだ偏見だ。少しあきれてしまった。


「そうだよね。幸太郎なんて、絶対やらないだろうし」

「考えたこともねえよ」

「世の中の男の人たちがみんな、幸太郎みたいだったらいいのになあ」


 彼女は恐ろしいことを言いながらため息をつく。

 街中が俺だらけ、というシュールな光景を思い浮かべる。


「カオスだろ」

「そうかなあ。幸太郎みたいにいい人ばかりだったら、好きな服を着て外に行けるし、電車にだって乗れるのにな……」


 世の中に変なやつが存在しなければ、彼女は女子の制服を着られるし、マスクをする必要も無い。

それはそれで、嫌だな、というのが率直な俺の感想だった。

 ……いや、それがいぶきの望む生活様式なんだろうけど。

 しかし彼女がこのまま廊下を歩けば確実に男子たちの噂の的になってしまう。とくに照井あたりが黙ってはいないだろう。


「……」


 俺は胸をもやもやさせる自分自身に戸惑っていた。いぶきが他の男子に注目されることを、どうして嫌だと思うのだろう。


「いいか」


 自分勝手な考えを消し払うように俺は咳払いをした。


「世の中には確かに変な男だって存在する。でも、まともなやつだってそれ以上にいるんだよ。神宮寺翔とかはかなりまともだし」


 ここであえて名前は出さないが、同じ男子一期生の照井だってデリカシーが無いだけで危険人物ではない。


「そうだよね……。でも」


 真面目な顔をしていた彼女が急に微笑んだ。


「この格好を見せられるのは、今はまだ、幸太郎だけかな」


 その笑顔を、早くマスクで隠してほしかった。全身がこそばゆくなるからだ。





 中間テストが終わり、日曜日がやってきた。


「はあ~。楽しみなのです~!」


 俺と万理華は広瀬家に向かっていた。にこにこ歩く妹の服装は今日もダサい。

 麦わら帽子、もはや風合いとは呼べないほど皺をつけた麻のシャツ、五分丈の色褪せたジーンズにつっかけサンダル。

 極めつけが、手にはめている白いレースの手袋だ。

 俺はもちろん全力で止めた。しかし彼女は「いぶきさんにもらったこの手袋を絶対につけていくのです~!」と言って耳を貸さなかった。隣を歩かなければならないこちらの身にもなってほしい。


「どこかに引っかけて破かないようにしろよ」

「気を付けるのです~」


 手袋は肌が透けるほど薄いレースでできていた。ノベルティだから仕方ないのだが、言ってしまえば少々ちゃちだ。肌が露出する面積も広く、これでは日差しも寒さも防ぐことはできそうにない。


「わあーっ、大きなお家なのです~」


 到着した広瀬の家を見上げて万理華が目を輝かせる。


「いぶきさんはお嬢様なのですね~」


 万理華が張り切ってインターフォンを押す。


『……はーい! 今出ます』


 スピーカーからいぶきの返事が聞こえ、玄関のドアが開いた。


「お待たせしました」


 登場したいぶきの姿に、俺は息をのんだ。

 黒いマスクはしていない。体型を隠すためのだぼだぼな服も着ていない。

 彼女の髪の毛はなぜか長く伸びフワッとしていて、後ろのほうでまとめられている。いつもなら隠されている唇は色づき、艶めいていた。

 そんな彼女が身に着けているのは、水色のチェックのワンピース。ゴールデンウィークに店で試着した服の色違いだ。服も、ストラップ付の靴も、レザーのポシェットも、白い手袋も、彼女のために作られたかのように似合っていた。

 普段のいぶきからは想像もできないような、女の子らしい姿だ。


「……変かな?」

「い、いや」


 俺は言葉を絞り出す。


「……変じゃない」


 蕁麻疹の前兆のように自分の顔が熱くなっていくのがわかった。自分の左胸に手を当てる。薬がちゃんとTシャツの胸ポケットに入っているかどうかを確かめた。

 ワンピース姿を拝む前に、女子の制服で目を慣らしておいてよかったと心底思う。


「ほんと? よかった」


 俺の反応にいぶきも微笑んだ。彼女の頬もより赤くなっていく。


「なーにが『……変じゃない』(低い声)なのですー!?」


 俺の隣で妹が吠える。


「変じゃないどころか、すーっごく可愛いのです! いぶきさんはお姫様みたいなのです! そのシニヨンヘアは一体どうやっているのです!?」


 万理華はいぶきを観察するために、彼女の前で反復横跳びのような動きを始めた。


「あ、これはウィッグなんだ」

「近くで見ても自然なのです~!」

「でしょ? 美容師さんにカットとセットをお願いしたの」

「白い手袋もしてるのですね! おそろいなのです!」

「本当だ。使ってくれてありがとうね、万理華ちゃん」


 いぶきは妹のトータルコーディネートにはとくに突っ込みを入れず、お揃いの手袋を喜んだ。


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