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19 女子の制服

「幸太郎じゃないか」


 昨日のことがあって一瞬身構えてしまったが、阿久津七音実(どれみ)の姿は無い。


「それに、五組の広瀬くんも?」


 翔が爽やかな笑顔を見せこちらに近寄ってくる。彼の登場によりいぶきは泣き止んだが、はっと息をのみ、身を翻すと一目散に走り出してしまった。


「お、お先だゼー!」


 止める間もなかった。令涼はすぐそこだし、道には生徒たちが溢れかえっているから彼女一人でも問題は無いだろう。

 俺は、豆鉄砲をくらったような顔の翔と一緒に通学路を歩き始めた。


「や、やっぱり極度の人見知りなんだな、あいつは。それより、課題やってきたか? 量多くてきつかったよな!」

「昨日も広瀬くんと一緒にいたけど、二人はいつの間に仲良くなったんだい?」


 俺は必死になって別の話題を出したのだが、翔は乗ってくれなかった。


「べ、べつに、仲が良いわけじゃない。今日はたまたま一緒になっただけだし、昨日も……」


 しどろもどろになりながらも言い訳を考える。


「屋上に出てみようと思った俺を、広瀬がわざわざ注意しにきたんだ。うざいよな、あいつ。真面目かよ」

「へえ、屋上ってやっぱり出ちゃいけないんだ?」

「ああ、けち臭いよな。私立のくせに」

「なにかあったら責任問題になるからだろ」


 翔が笑う。なんとか誤魔化せたようだ。


「ところで、翔と阿久津七音実はなんで一緒にいたんだ? その……今までずっと仲が良かったのか?」

「まさか」


 有り得ないというふうに翔は首を横に振る。


「彼女が令涼に通っていることすら知らなかった。……幸太郎をいじめた人間と仲良くしようなんて思わないよ」


 彼の表情が少し翳る。


「ごめん。あの頃の話なんかして。気分が悪いだろう」


 塾でいじめを受けていたのは翔ではなく俺だ。それなのにこんな顔ができるなんて、昔からだが彼はやはり人が好い。


「いや……。でも、じゃあどうして阿久津と?」

「呼び出されたんだ。女の子から呼び出されるのは入学してからこれで十回目だ。ちょっと嫌になるよ」


 同じ男子一期生の照井が聞いたら憤怒しそうな発言だなと思いながら、俺は翔のため息を聞いた。



 いぶきと登下校をするようになってから、数日経った。大きなトラブルも無く、彼女も徐々に電車通学に慣れてきたようだ。


 この間に、「約束」の日程と行先が決まった。俺といぶきと妹の三人で出かけるのは、中間テストが終わった直後の日曜日。行先はいぶきの家から電車で四駅ほど離れた場所にあるカフェだ。


 俺は購買で総菜パンを買い、屋上の出入り口を目指す。昼休みに二人で待ち合わせようと取り決めたわけでない。しかしいつの間にか、あの場所で少し話をしてから各自の教室へ解散、というのが俺たちの日課になっていた。

 大概は彼女のほうが先に待っていてくれるのだが、今日は階段の上にも下にもその姿が無い。


 まあ、約束していたわけではないし。


 俺はパンを片手に一組へ戻ることにした。


「会いたかったな」


 俺はぽつりと呟き、慌てて周囲を見回した。廊下は無人だ。誰かに独り言を聞かれていたわけでもないのに、顔が赤くなっていくのがわかった。


――俺は今、なにを……?


「幸太郎?」


 一人で乙女のように恥ずかしがっていると、階段の上から俺を呼ぶ声がした。出入り口の横の踊場のスペースから、いぶきが少しだけ顔をのぞかせている。


「なんだ、いたのかよ」


 ほころびかけた顔を引き締め、階段を二段とばしで上った。


「幸太郎の周り、誰もいない?」

「いないけど、でもなんでそんなところに……」


 中段まで上ったところで、身を隠していた彼女がぴょんととび出てきた。


「……そ、その恰好は」


 いぶきの姿を見た途端、引き締めたはずの顔がまたゆるゆると弛緩していくのがわかった。

 彼女はマスクを外している。校内で彼女の素顔を見たのはこれが初めてだ。


 そしてなんと、朝は男装していたはずの彼女は今、女子の制服を着ているのだった。

 スカートから細く白い生足をのぞかせハイソックスをはいている。首元にはネクタイではなく、リボンがつけられていた。


「どう?」


 彼女は俺の前でくるんと一周してみせ、照れくさそうに笑う。

 普段ボーイッシュな恰好をしている彼女は今、どこからどう見ても「女の子」だった。

 整った顔立ちだな、とは思っていたが、こうして見ると校内で一番可愛いのではないだろうか。少なくとも俺は、彼女以上に目を引く女生徒を見かけたことがない。


「ほ、本当に女子だったんだな」


 照れ臭さが邪魔して言葉が見つからず、ついそんなことを口走った。彼女は俺の顔を覗き込んでアハハと笑う。白い歯が輝いていた。


「幸太郎、やっぱり驚いてる! よかった。前もって見せておいて……」

「どういうことだ?」

「今度、あのワンピースを着てお出かけするでしょ? だから、私の女の子っぽい恰好を見慣れておいたほうがいいんじゃないかなーと思って」

「な、なるほど、確かにな……?」


 実際に俺は今、かなりどぎまぎとしていた。

 よくよく考えてみると、彼女はマスクを外し、リボンをつけ、スカートにはき替えただけなのに。


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