12 マスク
「万理華と同じくらいのサイズのおっぱいなのではないでしょうか? 形もきれいなのです~」
「お、おっぱいなんて大きな声で言わないでっ。恥ずかしいよっ」
試着室はカーテンで仕切られているだけなので、二人の声はもちろん丸聞こえだ。
「……」
妹の発した単語のせいか、先日いぶきを抱えたときの感触が腕によみがえってくる。
女は苦手だが、俺の性別は男だ。己の中のオスを制するため、腕を組み深呼吸を繰り返す。
「ちなみに何カップあるのです?」
「基本的にDなんだけど、ブラによってはCにしてアンダーで調節してる。でも太るとEカップになっちゃうんだよね……」
「その下着もフリフリで可愛いのです~。万理華も下着はピンクと決めているのです」
「あ、これ? 可愛いでしょ。私、フリルとかリボンとかがついてるデザインが好きなんだ」
「ショーツもお揃いなのですね。万理華も可愛いデザインは好きなのですが、手ざわり重視派なのです」
二人はきゃっきゃ言いながら試着を楽しんでいるようだった。
「いらっしゃいませえ」
店に新規の客が訪れた。万理華と同年齢くらいの女の子だった。しかし彼女は俺と目が合うなり顔を引きつらせ逃げ去ってしまう。営業妨害をしてしまった。接客してくれた店員に申し訳なくなる。
「んんっ、いたた。痛いのです……」
「あ、ボタンに髪が絡まってるよ。じっとしててね。とってあげる」
「ありがとうございますなのです。えへへ、いぶきさんは優しいのです。万理華のお姉ちゃんみたいなのです」
「とれたよ。わあ、万理華ちゃんの髪、さらさらだね。それにとってもいい匂い。ヘアパック使ってる?」
「ヘアミストの香りなのです~。ドラストでママに買ってもらったのです」
女子トークを楽しんでいるところを悪いのだが、早く試着室から出てきてもらいたい。一人で居たら警備員が来てしょっぴかれるのではないかと冷や冷やしてしまう。
「お待たせしましたなのです!」
やっとカーテンが開いた。
「いかがでした~?」
試着室を案内した店員も戻ってくる。俺は赤いチェックのワンピースを着た万理華の姿を見て、思わず眉根を寄せてしまった。
「なんか、バランス悪くないか?」
妹は細いのだが、骨格がしっかりしている。それに高身長だ。そのためにワンピースの裾は中途半端に太ももに掛っているし、肩も窮屈そうだった。
「あは~、万理華もそんな気がしたのです。万理華にはこういう可愛いワンピースは着こなせないようなのです」
妹は落ち込むそぶりも見せずへらへらと笑う。
「そ、そんなことないよ。服のデザインが万理華ちゃんに負けてるだけだよっ」
万理華の影でいぶきが下手なフォローをした。
「いぶきさんはとーってもお似合いなのです。ヒール付きのパンプスでも履けば、もっと完ぺきなのです」
万理華が狭い試着室の端に寄る。
俺は初めて、ワンピースを着たいぶきの姿を目で捉えた。
黒いマスクの下の頬を赤く染めた彼女の体に、女の子らしいワンピースはよく似合っていた。緑色のチェックの布地にあしらわれている白いフリルが上品な印象を与えている。
「まあっ。とてもお似合いですね」
俺の隣で店員も微笑む。
万理華に反して、スカート丈が少々長い気もするが、確かにヒール付きの靴でバランスが調整できるかもしれない。
店員はいぶきを見回して、「お胸は苦しくありませんか」と尋ねる。
「あ、はい。なんとか」
彼女は恥ずかしそうに答えた。
ワンピースはウエストのあたりがきゅっと細くなっているデザインだった。だから、どうしてもバストが強調される。試着室の中で妹が評していた通り、彼女の胸は大きめのようだ。普段はだぼだぼの服を着ているからわからなかった。
「でも、その黒いマスクは減点ポイントなのです。全っ然、服に合っていないのです。いぶきさん、マスクを外すのです!」
「マスクを? でも……」
いぶきはちらりと俺に目線を送った。
「あー、俺は外にいるから」
男である俺がこの場にいるのだ。素顔を見せるのを躊躇うのは当然だ。
くるりと方向転換しようとした俺を引きとめたのは店員だった。
「なにを言ってるんです! 彼氏さんにジャッジしてもらわないと!」
「そうなのです! お兄ちゃん、今こそ役目を果たすのです!」
妹が言っていた「役目」とは、このことだったのか。
「でもどうせ、『男の意見なんか参考にならな~い』とかなんとか言うんだろ?」
俺はあきれながら振り返った。
いぶきが耳に手をかけていた。顔の半分を覆っている黒いマスクの紐がゆっくりと外されていく。
「……どう、かな?」
彼女はマスクを外した手を下ろす。俺はつばを飲み込んだ。
「……」
改めて見る彼女の顔は、やはり整っていた。
「め、めちゃくちゃ良い……」
思わず呟いた。彼女には悪いが、もはや着ている服なんて眼中に入っていなかった。
いぶきは俺の感想を聞くと、さらに頬を赤く染め、再びマスクをしてしまう。
「これ、ください」
彼女は店員にそう告げた。
マスクをつける瞬間のはにかんだような表情は、撮影してスマホに保存しておきたいほど愛らしかった。




