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10 なんで男の恰好なんて

 今日、いぶきは用事があってこの駅の構内に訪れていた。

 目的地に向かう途中、改札の前を歩いていると、スタイルのいい女の子が歩いていることに気付いた。 

 それが俺の妹、万理華(まりか)だ。

 隣には二十代くらいの男がいて、彼女の腕をぐいぐいと引っ張っていた。


 痴話げんかだろう。そう思って横を通り過ぎようとしたが、なんとなく耳をそばだてると様子がおかしい。女の子のほうは敬語で、男のほうは名前や連絡先をしつこく聞き出そうとしている。

 いぶきは勇気を出して二人に声を掛けた。しかし男は一歩も引かないどころか、「関係無いやつは話し掛けてくるな」と怒鳴ってきたらしい。

 いぶきが大声で駅員を呼んだところ、男はやっと逃げて行ったのだという。


「ぼくが幸太郎(こうたろう)くらいの身長だったら、すぐに追い払えてたかもしれないけど……。ごめんね。非力で」


 謝るいぶきに、万理華がにこっと笑い掛けた。


「気にすることはないのです。いぶきさんが声を掛けてくれなかったら、万理華は今頃どうなっていたか……。それに、女の子でお兄ちゃんくらい身長がある人なんて滅多にいないのです。エリザベス・デビッキ様くらいなのです~」

「あはは、確かに。あんなにスタイルの良い人なんてなかなか……」


 いぶきも笑おうとしたが、すぐにやめてしまった。


「って、……お、おおおおおおおおおお、女の子っ!?」


 マスクをつけていてもわかるほど彼女は動揺している。


「ど、どうしてそれを!? 幸太郎! 誰にも喋らないって言ったのに!」


 彼女は俺をキッと睨んだ。


「落ち着け。誰にも喋ってないぞ。家族にもだ」

「じゃあ、なんで……っ!」

「? いぶきさんはどこからどう見ても女の子なのです」


 万理華がズバッと言い放つ。いぶきは言葉を失い、がっくりと項垂れた。


「そ、そんな……。完ぺきに男装してるつもりなのに」

「で、でも距離を置けば中学生の男子くらいには錯覚するぞ」

「中学生……!?」


 フォローしたつもりだったが、むしろ傷口に塩を塗ってしまったようである。


「万理華は小学生だと思っていたのです~!」

「おいっ、追い打ちをかけるな!」


 いぶきは虚ろな目をしながら、「女の子」、「小学生」とぶつぶつ繰り返している。


「と、とにかく。妹を助けてくれてありがとうな」

「なにかお礼をさせてほしいのです!」

「お、そうだな。お礼になにか奢らせてくれ。ケーキでもパフェでも、なんでも」


 幸い、この駅には大きな商業ビルが直結している。俺は行ったことはないが、女子の好きそうな飲食店も何軒かあるはずだ。

 しかし、いぶきは死んだ目をしながら首を横に振る。


「お礼なんていいよ。私、行くところがあるし……」

「どちらまで行くのです?」


 万理華が尋ねると、彼女は「えっ」と口をもごつかせ、急に顔を赤く染めた。


「こ、この近くだけど?」

「よければお兄ちゃんと送らせてください。いぶきさんを悪い虫から守るための護衛なのです」

「だ、だだだ、大丈夫だよっ?」

「いぶきさんのような小さい女の子が一人で歩いていたら危険なのです!」

「本当に大丈夫だってば! じゃ、じゃあねっ」


 彼女は人ごみをかき分けるように走り去ってしまった。


「薄い本でも買いに行くつもりだったのでしょうか?」


 いぶきの背を見送りながら万理華が首を傾げる。


「それは確かに見られたくないかもな。……って、おまえと一緒にするなよ。つーか、おまえの服ダサッ!」


 ごたごたしていたせいで、今になってやっと妹の服装に気付く。

 焼き芋のイラストが描かれた紫のシャツに、下はダボっとしたカーゴパンツ、ピンクのスニーカー。いぶきもサイズの合わない服を着ていたが、彼女は色味を統一させていたのでここまでダサく感じなかった。

 俺の妹はモデルのような身長と体型をしているし、顔だってキリッとしていて大人っぽい。そのくせに服に頓着しないなんて、宝の持ち腐れだ。

 俺は妹に話し掛けてきたという男の感性が心配になった。


「で、おまえはこれからどうするんだ? 今日はもう帰るのか、このまま絵画教室に行くのか」

「大遅刻ですが、教室には行くのです。今日は先生にプロットを見てもらえる貴重な日なのです」

「絵画教室になにをしに行ってるんだ?」


 俺は万理華に付き添い、コンコースを抜けて駅ビルの中に入った。ビルの六階に彼女が通う絵画教室のテナントがあるのだ。

 付きまとい男がまだどこかにいるかもしれないと思うと、妹を一人にさせるのは不安だった。べつに過保護でもシスコンでもない。


 絵画教室の前で妹と一度別れた。エスカレーターで下の階に下りていく。レッスンが終わるまで、一階のマックで待つことにした。

 エスカレーターに乗りながら五階を見下ろすと、ある人物の姿が前に留まった。


 カーキ色のキャップに、大きめのパーカー、ジーンズ、スニーカー。

 さっき会って別れたばかりの広瀬いぶきがいた。


 五階は若い女性向けの服屋が並ぶフロアで、行き交う客たちも女の子らしい装いをしている。いぶきのボーイッシュなコーディネートは浮いてしまっていた。しかも彼女、フロアの角にある服屋をのぞきながら、通路を行ったり来たりしているのだ。

 俺は目的地を変更し、五階に降り立つ。


「用事って、不審者になることだったのか?」

「こ、幸太郎っ!?」


 いぶきが叫んでとび上がった。


「もう~っ、驚かせないでよ」


 彼女がのぞいていた服屋を眺める。フリルやリボンやレースのついた服や靴が並ぶ店だ。妹やいぶきくらいの年齢の少女たちがいかにも憧れそうなデザインばかりだった。


「入らないのか?」

「だってこの格好だし、買っても着ていくところなんてないし……」


 彼女は言い訳をするようにごにょごにょと喋っている。


「本当はああいうのが着たいのか?」


 俺はきらびやかな店内を指した。


「……着たいよ。すごく。でも、だめなの」

「どうして? ああいうのが着たいのに、なんで男の恰好なんてしてるんだよ」


 つい、訊いてしまった。

 尋ねたところで俺に理由なんて話すわけない。


 そう思ったのだが、彼女は「痴漢」と一言だけ呟いた。


「……ち、痴漢?」


 訊き返すと、いぶきは体の痛みに耐えるかのようにぎゅっと目をつむる。


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